ノラ・ジョーンズが14年かけてたどり着いた『Day Breaks』というジャズ・スタイルの原点
2002年の音楽におけるハイライトのひとつは間違いなく、メロウなジャズ調のポップスに、カントリーのトワングが声をのせるテキサス出身若い女性歌手の到来だった。彼女の名はノラ・ジョーンズ、そしてブルーノートからリリースされたデビュー・アルバム『Come Away With Me』は見事な作品だった。
彼女は、のちに著名なインド人のミュージシャン、ラヴィ・シャンカールの娘と明かされた。デビュー作は才能に恵まれた若きシンガー/ピアニストの魅力的なパフォーマンスのコレクションだっただけでなく、最初はシングル「Don’t Know Why」の魅力に支えられ、世界中の人々の心を惹きつけ、のちにゴールド、プラチナ、そしてダイヤモンドと認定されるほどの売上を達成した。
また忘れてならないのは『Come Away With Me』はノラ・ジョーンズに最優秀アルバムを含む4つのグラミー賞をもたらしたことだ。その後ノラ・ジョーンズがカントリー、ブルース、インディ、フォーク・ロックを含む多岐にわたるキャリアをスタートするきっかけとなるわけだが、2016年のアルバム『Day Breaks』では古巣のジャズに戻っている。今回2枚組として新たに発売された『Day Breaks』のデラックス・エディションにはライヴ音源も含まれ、彼女がいかに魅力的なパフォーマーであるかを思い出させてくれる。
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穏やかな声と親密で控えめなスタイルで、ノラ・ジョーンズは『Come Away With Me』の発表後に世界的なセンセーションとなった。また、2004年のセカンド・アルバム『Feels Like Home』、そして3年後にリリースされた3枚目の『Not Too Late』も大成功となり、ファースト・アルバムが一時的な成功ではないことを証明してみせた。そして彼女は立ち止まることをせずに実験を試み、自立したソングライターとして音楽の境界線を広げていくことを望み、ギター持ちの吟遊詩人として自身の改革を進めた。まるでMORの歌姫と言う固定概念に満足できず、羽を広げて新しい音の景色を探求しているようだった。その結果、2枚の非常に異なるアルバムが完成した。2009年の『The Fall』と2012年の『Little Broken Hearts』だ。勇敢で画期的なアルバムで、ノラ・ジョーンズは、前作よりもエッジーでダークであり、リスクを背負うことを恐れない成熟したアーティストに成長した彼女を見せたのだ。
最近のアルバムの野心溢れる方向性を考えれば、『Day Breaks』でリリース当時37歳のノラ・ジョーンズがまたピアノの前に座り、ジャズ・スタイルを歌ったのは驚きだった。しかし、『Day Breaks』は『Come Away With Me』を特徴づけた、聴きやすく、内省的なアプローチではなく、むしろ以前のどの作品よりもジャズにより深く傾倒しており、評判の高いミュージシャン、ジョン・パティトゥッチ(ベース)とブライアン・ブレイド(ドラム)からなる中核のリズム・セクションを誇り、真のジャズ・レジェンドも参加しているものとなった(特筆すべきはウェイン・ショーターとドクター・ロニー・スミスだ)。
また、『Day Breaks』のより明確なジャズ・スタイルで以前と違うのは、ノラ・ジョーンズが年を重ね、2002年の目を見開いて歌う純情な少女ではないということだ。デビュー・アルバムから14年が経ち、彼女のヴォーカルは世界を見てきた賢さが備わり、時には世界に疲れた感覚さえ覚える。彼女がこれまで積み重ねてきた人生経験が、ノラ・ジョーンズの声にも音楽の感性にも、より深く、暗い色みをもたらしたようだ。
ノラ・ジョーンズがシンガーとして、そしてソングライターとして開花し、成熟していることは『Day Break』の心をとらえる映画のようなオープニング曲「Burn」で明らかだ。才能あふれるリズム・セクションのジョン・パティトゥッチとブライアン・ブレイドはまるで催眠術をかけるような演奏だ(この二人は、2014年ワシントンDCで開催されたブルーノート・レコードの75周年の記念コンサートでノラ・ジョーンズと共演し、このプロジェクトに起用された)。共演するのはジャズの神、ウェイン・ショーターで、この世のものとは思えないソプラノ・サクソフォンを演奏して貢献しており、他にもタイトル曲と「Fleurette Africaine」(タイトルは“アフリカの花”という意味)の2曲に参加している。
その対極にあるのがゴスペル色の強いスローなバラード「Carry On」で、レイ・チャールズの魂を受け継ぎ、ジャズのヴェテランでハモンド・オルガンのマエストロ、ドクター・ロニー・スミスをフィーチャリングし、緊張感があり突き進む楽曲「Flipside」は、張り詰めた関係と攻撃・逃避反応の状況を語っている。また異なるが美しい「And Then There Was You」、夢のような夜の空想でノラ・ジョーンズの声が上品で堂々としたストリングスのカルテットに囲まれている。
また、オリジナルの楽曲の他にもニール・ヤングの「Don’t Be Denied」(1973年のアルバム『Time Fades Away』に収録)をカヴァーし、オリジナルの心を保ちながら、独自のスタイルを染み込ませている。また、ホレス・シルヴァーの名作ジャズ・ナンバー「Peace」にも自身のスタイルを刻んでおり、これは圧倒されるようなライヴ・パフォーマンスで『Day Breaks』のデラックス・エディションのライヴのセクションをスタートする。優雅なアコースティック・ピアノを演奏し、デューク・エリントンのメランコリーな「Fleurette Africaine」に言葉のないヴォーカルを与えた。
オリジナルのアルバム・リリースから1年を経て、『Day Breaks』のデラックス・エディションはCD2枚組のセットとしてリリースされた(レコード盤の音の方が好みであれば2枚組LP盤がシルヴァーのフォイル・カヴァーでも発表されている)。2枚目のライヴ音源は、『Day Breaks』のリリースと重なった昨年の10月にニューヨークのシーン・センター・フォー・ソート&カルチャーのロレト・シアターで行われたライヴで収録されたものである。
この作品でノラ・ジョーンズは、ドラマーのブライアン・ブレイド、ベーシストのクリス・トーマスとハモンドB-3のスペシャリスト、ピート・レムの伴奏とともにピアノを弾き、燻ぶりながらも魅惑的に歌うノラ・ジョーンズは魅力的だ。『Day Breaks』に収録されている5曲のライヴ音源を含み(「Peace」、「Flipside」の刺激的なテイク、官能的な「Fleurette Africaine」)、アルバム『Little Broken Hearts』に収録されている「Out On The Road」も含まれる。また、2枚目のLP『Feels Like Home』から「Sunrise」、そしてもちろん、デビュー・アルバムからの楽曲を演奏しなければノラ・ジョーンズのライヴは完全と言えないであろう、ともにジェシー・ハリスが書いた「I’ve Got To See You Again」と最大のヒット「Don’t Know Why」も収録されている。
新旧の楽曲を織り交ぜながら、新たに加えられた9曲のライヴ音源とメインとなるアルバムとともに、ノラ・ジョーンズは『Day Breaks』で原点に戻り、21世紀を牽引するヴォーカリストの一人であることを確かなものにした。
『Day Breaks』のデラックス・エディションのリリースに合わせ、ノラ・ジョーンズは10月28日放送のPBSの長寿番組「Austin City Limits」で4度目となる出演を果たし、必見のライヴ・パフォーマンスを行った。
Written by Charles Waring
ノラ・ジョーンズ『Day Breaks (Deluxe Edition)』
ノラ・ジョーンズ『Begin Again』
2019年4月12日発売
CD / アナログ / iTunes