チャカ・ディマス&プライアーズから生まれたダンスホールアンセム「Murder She Wrote」の物語
1992年、ジャマイカの二人組 チャカ・ディマス&プライアーズ(Chaka Demus & Pliers)は、スライ&ロビーとともにダンスホールでもっとも息の長いアンセムを生み出した。その生まれた背景を語ろう。
1970年代後半に誕生して以来、ダンスホール・ミュージックはアメリカで何度か流行の波を巻き起こした。2000年代初頭には、ショーン・ポールとエレファント・マン、シャギーが一世を風靡し、2010年代はリアーナやドレイク、ダディ・ヤンキーがダンスホールを自分の音楽に取り入れた。しかし、1990年代初頭は、ルーツ・レゲエの伝統主義者たちが、この精力的な新しい音楽をどうにか理解しようと頭を悩ませていたのだ。
シャバ・ランクス、ビーニー・マン、ブジュ・バントンといったアーティストが、露骨な歌詞によってダンスホールの荒々しい面をパッケージ化したが、このジャンルをカリブ海域から一気に広めたのは、ある二人組だった。それはソロとしても活躍していたチャカ・ディマス(本名ジョン・テイラー)とプライアーズ(本名エヴァートン・バナー)が1991年に結成したチャカ・ディマス&プライアーズである。
彼らが海外でも注目されたのは、それぞれが音楽業界で培った経験と、ポップなレゲエとダンスホールを混ぜようという試みのおかげである。1992年にジャマイカのローカル・レーベルから数枚のアルバムをリリースすると、チャカ・ディマス&プライアーズは、アイランド・レコーズの配給下にあったマンゴ・レコーズと契約を果たす。
翌年、彼らはアメリカでは『All She Wrote』のタイトルで知られるアルバム『Tease Me』を発売。ジャマイカのアイコンであるプロデューサー・チーム、スライ&ロビーによって全曲が制作されたこのアルバムからは、6曲もUKのトップ40に入るヒットが生まれた。恋の戯れを歌った「Tease Me」やカーティス・メイフィールドによる1981年のヒットのソウルフルなカヴァー「She Don’t Let Nobody」、「Gal Wine」、1962年のアイズレー・ブラザーズによる名曲のカヴァー「Twist and Shout」、R&B寄りの「I Wanna Be Your Man」と「Murder She Wrote」である。
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チャカ・ディマス&プライアーズの代表曲である「Murder She Wrote」が生まれた背景は、辛抱強く取り組む大切さを教えてくれる。ふたりは、1987年にジャマイカのレーベル、ハリー・Jレコーズで録音した曲を、5年をかけて完璧な音にしたのだ。ジャック・スコーピオやスペシャリストを含むジャマイカの重鎮プロデューサー達とレコーディングをくり返した後、1992年に改めてスライ&ロビーとレコーディングした。この時、トゥーツ&ザ・メイタルズの1966年の「Bam Bam」を引用して真新しいプロダクションに作り変えた。
それ以前のスライ&ロビーは、よりゆったりしたレゲエとダブで知られていたが、ついに新しいデジタル・サウンドを世に送り出したのである。70年代のルーツ・レゲエの時代のように楽器の音に頼らず、彼らは新しいテクノロジーを取り入れ、電子ドラムを土台にしてリディムを構築した。彼らが新たに作った、ブンブンうなるようなバンバン・リディムは1990年代初頭のもっとも流行ったリディムのひとつとなり、カティ・ランクスやアドミラル・ベイリー、ナード・ランクスといったダンスホールの偉人達が、このリディムで曲を送り出した。
「Murder She Wrote」はまた、新しい曲の構成を世に送り出した曲でもあった。ラップとR&Bのコラボレーションのように、ディマスの荒っぽいトースティング(ラップにつながる語るような歌い方)に、プライアーズのメロディアスな歌声によるフックを配置して大ヒットしたのである。ストリートっぽいヴァースと甘く歌いやすいフックを掛け合わせは、それまでは耳にしたことのなかったため、ダンスホールで流行の火がついた。シャバ・ランクスとマキシ・プリーストの「Housecall」、シャギーとリック・ロックの「It Wasn’t Me」、ミスター・ヴェガスとショーン・ポールの「Hot Gal Today」などは、この構成をなっている。
海外のオーディエンスもこの新しいサウンドの試みを気に入り、「Murder She Wrote」は、ビルボードのホット・ラップ・ソング・チャートの5位、ホット・R&Bヒップホップ・チャートの39位、ホット100の57位まで上がった。それ以外の国でも好評で、UKのシングル・チャートでは27位まで上がった。
だが、チャートの順位だけでは、衰え知らずのこの曲の影響力は正しく伝えられない。「Murder She Wrote」は、いまだに結婚式や裏庭でのバーベキュー、クラブで人々がダンスフロアーにくり出したくなる大人気の曲だ。レゲエ以外のジャンルでも引きは多く、新世紀のアーティスト達が新しい息吹を吹き込んでいる。「Murder She Wrote」とバンバン・リディムは、様々なアーティストによって、50回以上もサンプリングや引用をされているのだ。
目立ったところでは、フレンチ・モンタナの2013年「Freaks」、オマリオンの2014年「Post To Be」、ピットブルの2016年「El Taxi」、2019年はダディ・ヤンキーの「Que Tire Pa’ ‘Lante」、ジェイソン・デルーロの「Too Hot」、IDKの「December」があり、2020年だとフッドセレブリティの「Run Di Road」がある。
この曲は、さらに引用した大元まで届いた。1980年代中盤から放送され大ヒットとなったテレビドラマ『ジェシカおばさんの事件簿(原題:Murder, She Wrote)』の主役を演じたアンジェラ・ランスベリーが2019年に初めてこの曲を耳にした際、「あら、レゲエなの。私がレゲエの一部になんて本当に嬉しいです、もちろん」と、コメントしたのだ。
「Murder She Wrote」でチャカ・ディマス&プライアーズは国際的に知名度を上げ、アルバム『Tease Me』もまた大ヒットして、UKのアルバム・チャートでは2週間も1位を獲得した。今日、ダンスホールは世界のポピュラー音楽のひとつとして広く知られるが、そこまでたどり着く道のりにはチャカ・ディマス&プライアーズのようなアーティスト達の歩みがあったのだ。ダンスホールが、お姉さん的な存在であるレゲエほど国際的には成功しないだろうと思われていた時代に、「Murder She Wrote」はジャマイカの音楽がカリブ海域以上に届くことを証明したのである。
Written By Bianca Gracie
uDiscoverミュージックで連載している「ブラック・ミュージック・リフレイムド(ブラック・ミュージックの再編成)」は、黒人音楽をいままでとは違うレンズ、もっと広く新しいレンズ−−ジャンルやレーベルではなく、クリエイターからの目線で振り返ってみよう、という企画だ。売り上げやチャート、初出や希少性はもちろん大切だ。だが、その文化を形作るアーティストや音楽、大事な瞬間は、必ずしもベストセラーやチャートの1位、即席の大成功から生まれているとは限らない。このシリーズでは、いままで見過ごされたか正しい文脈で語られてこなかったブラック・ミュージックに、黒人の書き手が焦点を当てる。
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