リチャード自ら「長年の夢が実現した」と発言した最新作『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』の魅力とは?
アビー・ロード・スタジオでリチャード・カーペンター自らがプロデュースしたオーケストラ・アルバムによって、カーペンターズの名曲の数々がより豊かな音色で蘇った。
リチャード・カーペンターは新たなアレンジでカーペンターズのオーケストラ・アルバムを録音。ここに今は亡き妹、カレンの素晴らしいヴォーカルを加えた。彼はこのアルバムを制作しているあいだに「思わず微笑みがこぼれた」と語る。また、イギリスのロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とのレコーディングについて、「長年の夢が実現した」とも述べている。
「Ticket To Ride(涙の乗車券)」のニュー・ヴァージョンをレコーディングするロケーションに、ロンドンのアビー・ロード・スタジオの由緒あるスタジオ2以上にふさわしい場所などあるだろうか?ここはザ・ビートルズが1965年に「Ticket To Ride」のオリジナル・ヴァージョンをレコーディングする際に使用したスタジオ。カーペンターズがこの曲を初めてカヴァーしたのは、それから5年後のことだった。
カレンが32歳で悲劇的な死を遂げてから、既に四半世紀が過ぎた。しかしリチャードは、今も妹の声に畏敬の念を抱いている。「カレンはとてつもない歌手だった。史上まれに見る偉大な歌手のひとりだ」。ピアニスト/プロデューサー/アレンジャーであるリチャードは、妹カレンとのデュオで大ヒットを連発し、世界中で1億5,000万枚以上のレコードを売り上げてきた。
A&M/UMeからリリースされたアルバム『Carpenters With The Royal Philharmonic Orchestra』には、このデュオの名曲のニュー・ヴァージョンが17曲収録されている。そのひとつ「(They Long To Be) Close to You(遥かなる影)」はバート・バカラックとハル・デヴィッドの共作で、1970年にカーペンターズがカバーして出世作となり、グラミー賞を獲得している。リチャードは自分たちのオリジナル録音を「完璧なレコード」だと認めている。そして今回のアルバムは、あの名曲の数々を総勢約80名のオーケストラでより大きなスケールで再録音するチャンスとなった。
「これは彼の曲であり、彼がよく知っている曲だ」
2018年8月にアビー・ロードに到着したリチャードは、既にホテルでアレンジを仕上げており、さっそくストリングスのサウンドの調整に取りかかった。彼は「(They Long To Be) Close to You」のオリジナル・ヴァージョンでもオーケストラ・アレンジを手がけていた。そちらにもストリングスが入っていたが、ヴァイオリンの数は10本程度だった。リチャード自身も「やや薄く聞こえる」と思っていたという。今回のオーケストラ・ヴァージョンでは、ヴァイオリンの数をその4倍に増やすことができた。「同じ旋律だけど、以前より分厚くなってる。演奏する人数がずっと多いからね」。この曲には、世界有数のオーケストラを起用したメリットが存分に表れている。ここでのロイヤル・フィルの演奏は、カレンのまばゆいヴォーカルをしっかりと支え、際立たせている。
これまでもロイヤル・フィルは、エルヴィス・プレスリー、ビーチ・ボーイズ、アレサ・フランクリン、ロイ・オービソンなどのオーケストラ・アルバムを録音し、大きな成功を収めてきた。しかし今回の『Carpenters With The Royal Philharmonic Orchestra』のレコーディングでは、アーティスト自身がレコーディングで中心的な役割を果たしており、その点で過去に例のない作品だと言っていいだろう。ここでリチャード・カーペンターは、プロデュースとアレンジに加え、オーケストラの指揮者も兼務している。「リチャードは最初から関わっていたから、今までのアーティスト以外の誰かがアレンジするというのとは違うものになったよ。通常は、そういうやりかたになりがちなんだがね」。オーケストラ・マネージャーのイアン・マクレイが語る。「その点で、今回のアルバムは特別なものになっていると思う。つまり、これはリチャードの曲であり、彼がよく知っている曲だからね」。
このオーケストラ・アルバムは堂々たる序曲で幕を開け、カーペンターズの大ヒット曲が華麗なニュー・アレンジで次々と演奏されていく。たとえばチャートの首位を獲得した「Top Of The World」 (1973年)、さらには「We’ve Only Just Begun(愛のプレリュード)」 (1970年)、「Superstar」 (1971年)、「Rainy Days And Mondays(雨の日と日曜日は)」 (1971年)、「Hurting Each Other」(1972年)、「Yesterday Once More」(1973年)といった具合だ。
とはいえ、特に印象的なヴァージョンの中には、知名度が低い曲も含まれている。たとえばレオン・ラッセル作の「This Masquerade」は、もともと1973年のアルバム『Now & Then』に収められていた曲だ。こうした素晴らしいバック・カタログを再び採り上げる場合、「やり過ぎないようにしながらオリジナルを膨らますことに成功すると興奮する」とリチャードは言う。彼は、そんな方針でさまざまな曲を再アレンジしている。その例としては、スパニッシュ・ギターと木管楽器で幕を開け、ヴォーカル・パートへと続く「For All We Know(ふたりの誓い)」やセンチメンタルな「Merry Christmas, Darling」が挙げられる。
リチャードは、土台を形づくる中心ミュージシャン(ボブ・メッセンジャーやトニー・ペルーソなど)や有名なゲスト・ミュージシャンのサウンドを、ロイヤル・フィルのオーケストラ・サウンドと巧みにブレンドさせている。今回ゲスト参加したのは、ジョー・オズボーン(ベース)、ハル・ブレイン(ドラムス)、チャック・フィンドリー(トランペット)、アール・ダムラー(オーボエ)、トミー・モーガン(ハーモニカ)、バディ・エモンズ(ペダル・スティール)、トム・スコット(サックス)、ダグ・ストローン(サックス)といった顔ぶれだ。
うちとけた雰囲気と愛情があふれた作品
こうしたさまざまな要素がすべて融合しているのが、名曲「I Just Fall In Love Again(想い出にさよならを)」(1977年)である。この曲は、カーペンターズのほか、アン・マリーやダスティ・スプリングフィールドらもレコーディングしており、いずれのヴァージョンもヒットを記録している。また、「Ticket To Ride」の印象的なバラード・ヴァージョンもさることながら、「Yesterday Once More」も。ここでこの上なく喜びに満ちたトラックに仕上がっている。「Yesterday Once More」は、今もリチャードお気に入りの1曲である。
アルバムのアソシエイト・プロデューサーを務めたニック・パトリックは、これまでもロイヤル・フィルのオーケストラ・アルバムで重要な役割を担ってきた。ニックは、これまでにハンス・ジマー、プラシド・ドミンゴ、ルル、ジェリー・ラファティーといったさまざまなミュージシャンの作品を手がけているが、そんな彼の目から見ても、今回のアルバムのアレンジはすばらしいものだった。「リチャード・カーペンターのようなソングライター/プロデューサー/アレンジャーと組むチャンスに恵まれたのは、まさに夢が現実になったような経験だった。レコーディングした曲はどれも実にすばらしいものばかりだしね。今回のアルバムで、カーペンターズはまた新しいファンを獲得することになるだろう」。
アメリカに戻ったリチャードは、アルバムのミックスダウンを終えるためにロサンゼルスのキャピトル・スタジオに入った。このスタジオに、彼は自身のスタインウェイのピアノを持ち込み、さらに音を重ねている。それは「くつろいだ雰囲気を演出するため」の作業だった。今回のアルバムでは、全篇からそんなうちとけたムードが存分に感じられる。これは明らかに、愛情あふれる作品だった。
カーペンターズは、1970年代にメロディアスなポップスの新たな基準を打ち立てた。そして今回のアルバムでふたりのレパートリーには新鮮なアレンジが施された結果、カレンのヴォーカルもまた新たなかたちで生まれ変わることになった。そのカレンの歌唱を引き立てることこそ、リチャードが「今回の企画を引き受けることにした一番の理由」だったという。果たして彼は、そんな目標を見事に達成したのだった。
Written By Martin Chilton
『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』