カーリー・レイ・ジェプセン『EMOTION』解説:“一発屋”ではないことを証明した3rdアルバム

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通常、熱狂的なファンはヒット・シングルで大ブレイクを果たす前につくものである。しかしながら、カーリー・レイ・ジェプセン(Carly Rae Jepsen)の場合は違っていた。2015年の傑作アルバム『EMOTION』のリリースによって、彼女の人気の在り方は大きく変化したのだ。

彼女はその4年前となる2011年にリリースした「Call Me Maybe」を全米シングルチャートの首位に送り込むことで、誰もが知る人気アーティストになっていた。そして「Call Me Maybe」を収録したセカンド・アルバム『Kiss』を2012年に発表し、同作を世界中で100万枚以上売る大ヒット作にしていた。

そんな好調ぶりからは、カーリーは将来的にテイラー・スウィフトやアデルのようなポップ界の大物に成長していくだろうと思われていた。しかし実際には、次なるアルバムの完成までに3年の歳月を費やした時点で、彼女は“一発屋”というレッテルを貼られかねない状況に陥っていた。しかし、2015年8月21日にリリースされた『EMOTION』(アルバム・タイトルの正確な表記は『E•MO•TION』) によって、彼女は批評家からの賞賛を浴びるとともに、熱心なファン層を新たに獲得したのであった。

アルバム『Kiss』は大ヒットを記録していたものの、カーリーはその当時から既に、世間の注目が長続きしないかもしれないということを悟っていたようだった。それには理由があった。『Kiss』からはさらに3曲がシングル・カットされたが、いずれも「Call Me Maybe」ほどの成績を収められなかったのだ。

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大ヒットという重荷を振り払う作曲アプローチ

カーリーは結果として自らのヒット曲を重荷に感じるようになり、それと同時に『Kiss』の制作に自分の意向を反映させられなかったことにも少々苛立ちを募らせていた。そんな彼女は音楽活動をしばらくのあいだ休止して、数ヶ月に亘ってロジャース&ハマースタインのブロードウェイ・ミュージカル『シンデレラ』に主役として出演。

それに加え、プリンス、マドンナなど1980年代を代表するアーティストや、ソランジュ、スカイ・フェレイラといった現代のポップ・アーティストたちの音楽を聴き込んで過ごしていた。彼女は歌いたいメッセージや目指したい表現方法が見つかるまで、そんな風にしてじっくりと自分自身と向き合い続けたのだった。

その後、カーリーはソングライターやプロデューサーによるドリーム・チームの招集に着手。まずはブラッド・オレンジの名でも知られるデヴ・ハインズや、アリエル・レヒトシェイド、かつてヴァンパイア・ウィークエンドに在籍したロスタム・バトマングリといった彼女自身が敬愛する有名なインディー・アーティストに声を掛けている。他方、彼女はシーアや、最高のプロデューサーの一人に数えられるであろうグレッグ・カースティンら、メインストリームで活躍する大物たちにもアプローチしている。

そして、1ヶ月間を過ごしたスウェーデンでは、マットマン&ロビン、ラミ・ヤコブ、カール・ファルク、シェルバック、ピーター・スヴェンソンといった彼の国のポップ・ミュージック・シーンを代表するプロデューサーたちとともに仕事をしている。そうしてジェプセンがコラボレーターたちと作り上げた楽曲は、実に250曲にも及んでいた。

その中からたった12曲だけが、最終的なアルバムに収録されたのである(実際には5曲がボーナス・トラックに加えられたほか、8曲の未発表トラックが『EMOTION: Side B』にまとめられ、翌年に日の目を見ている)。

 

彩りと個性に満ちた作品

『EMOTION』の制作に実に多くの人たちが関わり、また同作のために相当な数の楽曲が作られたことを思えばこのアルバムは凝りすぎた作風になっていたとしても不思議はなかった。しかしながら彩りや個性に満ちた『EMOTION』は、あらゆる点で優れた秀逸なアルバムに仕上がっている。同作においては、すべての曲で新たなスタイルと新たなコラボレーターを試す野心的な作風にもかかわらず、サウンドの多彩さと纏まりが絶妙なバランスで両立しているのだ。

そんな『EMOTION』は、強力なパワー・バラード「Run Away With Me」で幕を開ける。楽曲のエネルギーが一気に爆発するコーラス・パートでは、パワフルなドラムや、それに劣らぬ存在感を放つシンセサイザーのビート、そして何よりサックスが奏でる堂々たるリフレインがトラックを盛り立てている。

また、美しい「All That」では、ブラッド・オレンジの楽曲さながらのシャープなベースや煌めくようなシンセサイザーの音色が強烈な印象を残す。

他方「Your Type」や「Warm Blood」といった曲からは、ジェプセンが、現代風の賑やかなポップ・サウンド ―― それは、スカイ・フェレイラやチャーリー・XCXなどが当時得意としていたジャンルでもあった ―― をも軽々とものにすることのできるアーティストであることがよく分かる。

 

内省的な歌詞

そんな『EMOTION』の中核をなしているのはほかならぬカーリー自身であり、その個性は決してサウンドに埋れてはいない。『EMOTION』におけるジェプセンの在り方は、たとえば『1989』のころのテイラー・スウィフトのようにクールで落ち着き払った女性像とは違う。かといって、彼女はアデルのように壮大なドラマを描いているわけでもない。そこにあるのは、弱ささえも感じさせる、誰もが共感できるカーリーの姿だ。

彼女は、いつか苦しい別れが訪れるとしても、恋に突き進んでいくべきだということを知っている。そして何度も心に傷を負ったとしても、必ずまた立ち直れるということを理解しているのである。

同作で聴けるジェプセンの歌詞は、鮮やかで想像を掻き立てる仕上がりだ。たとえば「Run Away With Me」では「街の灯りの中で、あなたの唇を見つける / I’ll find your lips in the streetlights」と歌い、表題曲では「私は巨人のようにどんどん大きくなる あなたの頭の中で、まだまだ大きくなってやるから / I am growing ten feet, ten feet tall, In your head and I won’t stop」と歌っている。

『EMOTION』のリード・シングルである「I Really Like You」は、彼女の最大のヒット曲に優る成績こそ収められなかったものの、それ相応のヒットを記録している。一度聴くと耳から離れないこのポップ・ナンバーは「Call Me Maybe」に些かも引けを取らないキャッチーなトラックである。しかし何よりも興味深いのは、『EMOTION』が新たなファンに受け入れられ、ジェプセンが新たな聴き手からの支持を獲得したという事実だ。

メインストリームのポップ・ミュージックに厳しい目を向けるインディー志向の音楽ファンたちが、それらの楽曲の裏にある細かな心遣いや技巧、そしてジェプセン自身の誠実さを評価し、彼女のファンになったのだった。

このアルバムは“2010年代の名作ランキング”に軒並み選ばれたほか、LGBTQ+コミュニティからも絶大な支持を受けた。また、商業的な成績が前作ほどずば抜けたものではなかったことで、かえってこのアルバムに惹かれたという新規ファンもいたようだ。

どちらかといえば特定のリスナーから熱狂的な支持を得た感のある『EMOTION』だが、これは普遍性の高い作品でもある。カーリー・レイ・ジェプセンはすべての人に向けてこのアルバムを作り上げた。リリースから時が経過した今でも、同作の力強さは少しも衰えていない。このアルバムは、私たちが言うのをためらってしまうことを代弁するポップ・ミュージックの力を再認識させてくれるのだ。

Written by Jacob Nierenberg



カーリー・レイ・ジェプセン『EMOTION』
2015年6月24日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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