ドキュメンタリー映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』についてドン・ウォズが語る
ソフィー・フーバー脚本・監督による『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』(原題:Blue Note Records: Beyond The Notes)、“初めて”ブルーノート・レコードの興味深いストーリーを伝えたドキュメンタリー映画ではない。遡ること1997年、『ブルーノート物語』(原題:A Story Of Modern Jazz )というタイトルの映画が存在した。しかしソフィー・フーバー監督による今回の作品は、今まで見てきたようなジャズの批評家や研究者たちなど外部の人達のコメントやインタビューによって構成されているのではなく、実際にレーベルと関わりのあったミュージシャンや人々の視点から物語が展開されていく。
映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』に登場するのは、ルー・ドナルドソンやウェイン・ショーター、ハービー・ハンコックといったブルーノートのベテラン勢から、ロバート・グラスパーやノラ・ジョーンズといった現役のスターと多岐にわたる。スイス生まれのフーバーは、この映像の制作に3年半を費やし、先日、アメリカのトライベッカ・フィルム・フェスティバルにてプレミア公開が行われた。そして、イギリスでは6月8日に開催されるシェフィールド国際ドキュメンタリー映画祭で初公開された。今回はブルーノートのトップ、ドン・ウォズにこの映画に対する想いを伺った。
「私はブルーノートに就任したばかりの2012年、彼女が制作したドキュメンタリー映像『Harry Dean Stanton [Partly Fiction]』のサウンドトラックの最後の仕上げを行っていたときに初めてソフィーに会いました」
スイスの都市ベルン出身の監督によるハリー・ディーンのドキュメンタリー映画は、俳優やミュージシャンの形式張らない描写が尊重されていたとウォズは言う。
「ソフィーとハリー・ディーンはとても仲の良い友人だったが、映像の中で、彼はかなり消極的で、捉えどころのないインタビューの対象者でした。なのでソフィーは、彼から事実や情報を得るのとは対照的に、ムードやヴァイヴを通じて彼のストーリーを伝える必要がありました。その手法が実に印象派で、最終的にハリー・ディーンの鮮明な描写になったと思います」
フーバーのストーリー・テリングのアプローチに強い印象を受けたウォズは、『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』の企画を持ってきた彼女に賛成したのだった。
「ブルーノートのドキュメンタリー映像を作るというアイデアを彼女が持ってきたときに、彼女こそ相応しい人物だと思いました。このレーベルが80年かけて残した音楽の雰囲気と合わせる必要があると思ったんです。ハリー・ディーンのドキュメンタリー映像の素晴らしい仕上がりのように、彼女なら出来ると感じました。そして彼女はやってのけたんです」
1939年、ヒトラーのナチス・ドイツから逃れ、アメリカで自由と新しい人生を求めて亡命中だったユダヤ系ドイツ人のアルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフによってニューヨークで設立されたブルーノートは、設立者2人の音楽の好みを反映したレコード会社だった。当初は、ブギウギやスウィング系のレコードを出していた彼らだが、40年代後半には、革新的な新しいジャズのサウンド、ビバップの台頭を記録するようになっていた。
50年代中盤までに、LP(アルバム)時代が本格化していたときにブルーノートは、ブルースやゴスペル音楽からインスピレーションを受けたビバップの分派であるハード・バップといったモダン・ジャズの主唱者となっていた。レーベルに所属するほとんどのアーティストは、ニュージャージー州のハッケンサックにあるオーディオ・エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオにてレコーディングを行った。
レーベルはすぐにユニークで特徴的なサウンドを確立し、フランシス・ウルフによるアルバム・ジャケット写真やリード・マイルスによる人目をひくジャケット・デザインと組み合わさったことで、強いアイデンティティをレーベルにもたらした。ブルーノートのような音やジャケットのレコードは他になかったのだ。
デトロイトで育った10代の頃から、レーベルとその音楽の熱狂的なファンだったドン・ウォズは、フーバーの映画の明瞭さを気に入っている。
「このレコード会社がどのように進化したのかの明確なイメージがはっきりと得られると思います。音楽が与える影響、そしてグラフィック・デザインや写真といった音楽を取り囲むものが、世界中でどれほど影響力があったのか、メインストリームの文化にどのように取り入れられてきたかが分かるでしょう」
人目をひかせるオーディオ・ビジュアル体験を作り出すために、フーバーは映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』の中で、ブルーノートの音楽をそのイメージ画像と上手く結びつけた。ウォズを感動させたのは、レーベルのグラフィック・デザイナー、リード・マイルスのオリジナリティだった。
「映画の中で、リード・マイルスのアルバム・ジャケットが沢山登場するんですが、彼がデザインしたジャケットのアートワークというのは、他に真似ができないものオリジナルなものだったということに気付くと思います。非常にオリジナル性の高いものを彼は作っていて、さらに、今になって考えると、彼のスタイルがメイン・ストリームのグラフィック・デザイナーたちのボキャブラリの一部になっていった経緯が分かるんです」
ウォズはまた、映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』の中でジャズとヒップホップの関係や、サンプリングによってどれほどブルーノートの音楽が助けられ、若い世代を取り込む手助けをしてきたか説明していることにも魅せられていた。
「ヒップホップとジャズの関係性について明確に分かってはいるものの、こんなにも簡潔に説明されているのは初めて見ました。こんなにもはっきりと論証した人はこれまでにいなかったと思います。彼女は、60年代後半と70年代初期、そしてア・トライブ・コールド・クエストに至るまでレーベルから生まれたグルーヴ・ミュージックからはっきりした線を引いたんです。二つのジャンルの関係性が雄弁に説明されていると思います」
ブルーノートの社長のドン・ウォズは、ジャズは多くの場合、あまり馴染みのないリスナーたちを敬遠させてしまいがちだと話した。結果として、知識人、もしくはジャズを熱心に勉強した者のみジャズの良さが分かるという誤解も生じている。
「沢山の人がジャズの概念に気後れし、グラント・グリーンのレコードを聞く前には、音楽理論の授業を5学期分ぐらい取らなければいけないとでも思っているのではないかと思います」
けれども、それがウォズの同意した視点ではない。
「そんな考えは全く間違った考えだと思います。いろいろな意味で、誰でもブルーノートの音楽を聴くことはできます。それは本当に言葉のないただの会話のようなものなんです。そこから何かを感じるか、何も感じないか。もし分析したくなったら、より深いところに探りに行き、そこに深いものがあることを見つけることが出来るでしょう」
ブーバーの映画で斬新なのは、ジャズ・マニアでなくても、音楽史にどっぷりと使った大学教授でなくても、この映画の良さが分かるということだ。ドン・ウォズもそこに同意する。
「世間に認められた(ジャズの)信念を忠実に守るほど彼女は熱狂的ファンではありません。だから彼女は完全にオープンマインドで挑んだのだと思います。その結果、全体的に新鮮な視点を生み出されたのでしょう。大好きな映画です。素晴らしい作品を彼女は作ったと思います」
Written By Charles Waring
ドキュメンタリー映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』
2019年9月6日(金)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
日本公式サイト
監督:ソフィー・フーバー
出演:ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ルー・ドナルドソン、ノラ・ジョーンズ、ロバート・グラスパー、アンブローズ・アキンムシーレ、ケンドリック・スコット、ドン・ウォズ、アリ・シャヒード・ムハマド(ア・トライブ・コールド・クエスト)、テラス・マーティン、ケンドリック・ラマー(声の出演) etc.
字幕翻訳:行方 均 配給:ポリドール映像販売 協力:スターキャット 2018年 スイス/米/英合作 85分
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