ミュージシャンの伝記映画ベスト30:音楽ファンを夢中にする映像体験(予告編付)
クイーンのあゆみを振り返った映画『ボヘミアン・ラプソディ』が実証している通り、ミュージシャンを主役にした優れた伝記映画には、熱心なファンを夢中にするのみならず、広く文化的なインパクトを与え得る力がある。そうした作品の中でも必見の30作品を紹介しよう。
21世紀が到来し、テクノロジーの発展によって音楽の消費形態は変わったかもしれないが、映画に対する私たちの情熱は失われてはいない。優れた音楽伝記映画が高いヒット性を秘めていることは、先ごろ世界規模で商業的な成功を収めた『ボヘミアン・ラプソディ』や『ストレイト・アウタ・コンプトン』が明らかにしている通りだ。
エルトン・ジョンの伝記映画『ロケットマン』も大成功を収めた今、部屋の灯りを落とし、ポップコーンでもつまみながら、これからご紹介する音楽映画30選をみなさんの大小のスクリーンで楽しんでいただきたい。もしもわたしたちの選んだリストから、あなたのお気に入り作品が外れていたなら、コメント欄を通じ、おしらせいただければ幸いだ。
30: フォー・シーズンズ『ジャージー・ボーイズ』
クリント・イーストウッドが監督を務めた『ジャージー・ボーイズ』は、トニー賞を受賞した2005年初演の同名ミュージカルを基にした映画で、ミュージカル、映画ともニュージャージー出身のロック/ポップ・グループ、ザ・フォー・シーズンズを題材にしている。
グループのオリジナル・メンバーであるフランキー・ヴァリとボブ・ゴーディオがエグゼクティブ・プロデューサーとして携わっており、ゴーディオは映画の音楽も担当している。2014年で最も記憶に残るこの作品は、貧しい地域に生まれ育った4人の若者たちの物語で、薬物絡みの問題や放埒な素行、反社会勢力との日常的ないざこざどが描かれている。
29: マイルス・デイヴィス『マイルス・デイヴィス 空白の5年間』
2017年に最初に公開された『マイルス・デイヴィス 空白の5年間』はドン・チードルの血と汗の結晶とでも言うべき作品である。彼はこの作品で初めて映画監督を務めただけでなく、脚本及びプロデュースも共同で担当。さらにジャズ界伝説の巨人、マイルス・デイヴィスを自ら演じている。
その努力も空しく、一部の批評家からは不評を買ったものの、ドラッグの影響で混乱をきわめていくマイルス・デイヴィスの精神状態やその姿勢、そしてあの有名な射るように鋭い目つきなどを見事に再現し、その演技力を印象付ける。観る者の目を釘付けにする情熱溢れる伝記作品だ。
28: ジョン・レノン『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』
2009年にイギリスで公開。アメリカではジョン・レノン生誕70年の節目に当たる2010年10月9日に公開された『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』は、やがてザ・ビートルズと名乗ることになるバンド、ザ・クォリーメンを自ら結成してバンドを率いた若者のリバプール時代を振り返る伝記映画だ。
『バックビート』でジョン・レノンを演じたイアン・ハートとは異なり、アーロン・テイラー=ジョンソンの容貌は当時のレノンとさほど似ていないが、思春期の只中にある”未来のビートルズ”のウィットを的確に捉えている。レノンの母親ジュリア役を演じるアンヌ=マリー・ダフや、厳しく、同時に頼りになる叔母のミミ役のクリスティン・スコット・トーマスなど、脇を固める強力な出演者たちも同作の魅力を高めている。
27:ジェームス・ブラウン『ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男』
テイト・テイラーが監督を務めたジェームス・ブラウンの伝記作品『ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男』は、ジェームスの歩みを年代順に追うのではなく、テーマごとに紹介している。80年代、60年代、30年代と次々と場面が切り替わっていくジェットコースターのような作品だが、その勢いについていける方にとっては、楽しめること請け合いの作品だ。
ジェームスを演じる主役のチャドウィック・ボーズマンの演技は特筆すべきすばらしさで、黄金期のジェームスの自信に満ち溢れた様子を見事に再現している。不思議なことに、映画の興行収益は芳しいものではなかったが、批評家の評価は高く、アメリカの著名な評論家ロバート・クリストガウは「私が大変気に入っている『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』や『Ray/レイ』よりも、遥かに優れた作品だ」と述べており、作品自体の再評価が待たれる。
26: ジェリー・リー・ルイス 『グレート・ボールズ・オブ・ファイヤー』
1935年生まれのジェリー・リー・ルイスといえば、ロックン・ロール界きっての破天荒な人物の一人としてというのがもっぱらの定説だろう。しかし、ジム・マクブライド監督による1989年公開のこの伝記映画は、ロックン・ロールのスターダムを一直線に駆け上がっていく”ザ・キラー”ことジェリー・リー・ルイスの姿をきわめてポジティブに描き出している。
ルイスは、当時まだ13歳だった従姉妹のマイラ・ゲイル・ブラウンと結婚したことで物議を醸し、失速を強いられたが、その一件さえなければ、エルヴィス・プレスリーの人気をも凌いでいたかもしれない。ちなみにこの映画は一部、その従妹のマイラの著書を参考に作られている。『グレート・ボールズ・オブ・ファイヤー』に批判的な評論家もいるものの、ルイスの従兄弟で悪名高い牧師、ジミー・スワガート役を演じるアレック・ボールドウィンの落ち着きのある演技、ルイス本人から称賛されたという主役のデニス・クウェイドのそれのすばらしさは否定できまい。
25: ドアーズ『ドアーズ』
映画『ドアーズ』は、『ジム・モリソン』というタイトルで公開されるべきだったかもしれない。多額の予算を惜しみなく投入して制作され、1991年に公開されたこの作品で、監督のオリバー・ストーンは、バンドのフロントマンであるジム・モリソンに終始フォーカスを当てており、その他のメンバー達を完全に脇役として扱っているからだ。実際、ザ・ドアーズの熱烈なファンと当事者であるメンバーはこの作品に対して否定的だったが、ローリング・ストーン誌では4つ星を得るなど、メディアや批評家筋からは概ね高く評価された。
純粋な伝記映画ではなく、オリバー・ストーン監督が実話を基にして大いに創造力を発揮した作品として楽しむというのが、この映画に接する正しい姿勢だろう。ともあれ、モリソンを演じたヴァル・キルマーの芝居には目が釘付けになる。ハリウッド映画の常套句になってしまうが、一見の価値ありの作品だ。
24: ファクトリー・レコード社長トニー・ウィルソン『24アワー・パティー・ピープル』
マイケル・ウィンターボトムが監督を務めた『24アワー・パーティー・ピープル』は、ファクトリー・レコードの社長トニー・ウィルソンの数十年に亘る起伏に富んだキャリアを、その予震期や最盛期を含め、あますところなく伝える作品だ。劇中、ジョイ・ディヴィジョンとの関わりにも触れられており、俳優スティーヴ・クーガンによってドライなユーモア・センスを巧みに表現されているトニー・ウィルソンが自分の血で彼らとのレコーディング契約にサインする印象深いシーンや、あのハシエンダ・ナイトクラブのオープンなども描かれている。
事実を茶化したようなフィクションもある一方、マンチェスターにあるレッサー・フリー・トレード・ホールにおけるセックス・ピストルズの伝説的なギグの実写映像も挿入。何にせよ、1980年代後半の”マッドチェスター”とイギリス屈指のインデペンデント・レーベルに対しての愛情と情熱に溢れた作品になっている。
23: ランナウェイズ『ランナウェイズ』
ランナウェイズのリードシンガーだったシェリー・カーリーによる回顧録『Neon Angel: A Memoir Of A Runaway』を基にした2010年公開の伝記映画。1970年代当時にガールズ・バンドという画期的なスタイルで一大センセーションを巻き起こしたザ・ラナウェイズの盛衰を描いている。
主にバンドの原動力となったカーリー (ダコタ・ファニングが演じている) とジョーン・ジェット (こちらはクリステン・スチュワートが演じる) の関係を中心にしたストーリーだが、怪しげな鬼才マネージャー兼プロデューサーのキム・フォーリーを演じるマイケル・シャノンの演技が実にすばらしく、ランナウェイズのメンバーたちが提供した興味深い裏話も、これをより魅力的にしている。当事者であるジョーン・ジェットもインタビュー誌の取材で、これを好意的に評価。1970年代半ばの、派手で勢いのあったロサンゼルスを見事に再現していると語っている。
22: ブライアン・ウィルソン『ラブ & マーシー 終わらないメロディー』
ビル・ポーラッドが監督、脚本をマイケル・アラン・ラーナーとオーレン・ムーヴァーマンが手がけた2015年の映画『ラブ & マーシー 終わらないメロディー』は、ザ・ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンの実像を赤裸々に伝えている。この偉大なるシンガー・ソングライターの物語はこの『ラブ & マーシー 終わらないメロディー』のために特別に書き下ろされたもので、傑作アルバム『Pet Sounds』を作り上げた1960年代半ばという、ウィルソンとグループを語る上で欠かすことのできない時代と、その後にウィルソンが直面することになった困難に焦点を合わせている。
活動時期の違いによってウィルソン役をポール・ダノとジョン・キューザックの2人が演じ分けているということも特筆すべき点だ。またザ・ビーチ・ボーイズのレコーディングの有り様を忠実に再現していることもこの映画の価値を高めている。
21: エミネム『8マイル』
エミネムが演じる”B・ラビット”ことジミー・スミスが架空の人物であるため、『8マイル』は本来の意味での伝記映画とは異なるとする向きもあるだろう。しかしながら、超大物ラッパーである彼がまだ駆け出しだったころの日常を通じ、デトロイトの新世代のヒップ・ホップ・シーンを深く知ることができるこの作品を観れば、おそらく誰もがこのジャンルの映画の傑作に挙げることに同意するに違いない。
エミネムの情熱的で一切飾り気のない演技も魅力的であり、ヒップ・ホップは映画『8マイル』によって世界中の人たちにより広く理解されることになった。同作のサウンドトラックから生まれたエミネムの「Lose Yourself」は大ヒットを記録し、オスカーも受賞。『8マイル』には4,000万ドル(約45億円)に及ぶ高額な予算投じられていたが、この「Lose Yourself」のヒットでこれは完全に回収。その興行収入は2億4000万ドルを突破したと言われている。
20: ザ・ビートルズ『バックビート』
イアン・ソフトリーが監督を務めた1994年の映画『バックビート』は、まだ無名だったザ・ビートルズのハンブルク時代を描いた映画だ。やがて”ファブ・フォー”と呼ばれることになる彼らだが、当時は不遇なベーシスト、スチュ・サトクリフを擁する”ファブ・ファイブ”だった。作中で使用されたザ・ビートルズの楽曲は、デイヴ・グロール、REMのマイク・ミルズ、ソニック・ユースのサーストン・ムーアらオルタナティヴ・ロック系のオール・スター・ラインナップから成るバンドによってレコーディングされた当時のビートルズのライブのレパートリーである。
物語はサトクリフとジョン・レノンとの友情を中心にしており、サトクリフ役のスティーヴン・ドーフとジョン役のイアン・ハートが説得力のある演技を見せている。ジョン・レノンの長男であるジュリアン・レノン、当時のグループのドラマー、ピート・ベストらもその仕上がりを称賛した『バックビート』は、その後、舞台化され、そちらも成功を収めている。
19: セリーナ・キンタニーヤ・ペレス『セレナ』
1997年公開の『セレナ』は、幼少期から才能を発揮し、瞬く間にアメリカと自身の故郷のメキシコの両方でスターの座へ駆け上がったものの、彼女のファンクラブの会長だったヨランダ・サルディバルにわずか23歳の時に殺害されてしまったセリーナ・キンタニーヤ・ペレスの物語だ。実話自体がセンセーショナルだが、もしもジェニファー・ロペスが主役を務めていなければ、カルト的な人気で終わっていた作品かもしれない。
セリーナを演じたジェニファーの控えめに言っても完璧な演技は激賞され、ゴールデングローブ賞にノミネートされたのも当然だった。同作には、セリーナの実父、エイブラハム・キンタニーヤ・ジュニアがプロデューサー兼コンサルタントとして関わっており、『セレナ』がハリウッドの悪しき伝統である過剰演出に陥らないよう尽力している。
18: ウディ・ガスリー『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』
1943年に出版された虚実入り交じった同名の自叙伝『Bound For Glory』を一応の下敷きとして制作された『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』は、容易には理解できない謎めいたウディ・ガスリーの実像を伝える美しいポートレートだ。ハル・アシュビー監督によって撮影されたこの作品は主役にデビッド・カラダインをフィーチャーし、大恐慌の最中に砂嵐ダストボウルに見舞われるオクラホマの故郷を捨てて「怒りの葡萄」さながらに約束の地カリフォルニアを目指すフォーク界スターの先駆的存在を描く。ガスリーを演じるカラダインの演技力は圧倒的で、『大統領の陰謀』『ロッキー』『タクシードライバー』などと同じ1976年に公開されていなければ、『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』がオスカーを受賞していたとしても何ら不思議はなかった。
17: リッチー・ヴァレンス『ラ☆バンバ』
1959年2月3日の飛行機事故でバディ・ホリーやザ・ビッグ・ボッパーと共に悲劇的な死を迎えてしまったリッチー・ヴァレンスの生涯は、「La Bamba」の大ヒットを見る前に閉ざされてしまった。しかし、1987年の、このルイス・ヴァルデス監督作品によって、メキシコ生まれのロックン・ロールの新旗手は改めて脚光を浴びることになった。
主役のルー・ダイアモンド・フィリップスが痺れるほどに光る演技を見せる感動作『ラ☆バンバ』は、概ね年代順にそのキャリアを振り返った作品になってはいるものの、単にヴァレンスの生涯を追うだけでは終わっていない。ヴァレンスのプロフェッショナルな成功が彼の異母兄弟であるボブ・モラレスや恋人のドナ・ルドウィッグ、そして家族の人生に及ぼした影響も詳らかにしていく。映画は大西洋の両岸で大ヒットし、タイトル曲「La Bamba」は再び注目を集め、英米両国のヒット・チャートで1位を記録している。
16: チャーリー・パーカー『バード』
ハリウッドのアイコン、クリント・イーストウッドがプロデュースと監督を兼務した『バード』(1988年)は華々しくも起伏に富んだ生涯を歩んだジャズ・サックス奏者、チャーリー・パーカーに焦点を当てた作品で、主役のパーカーはフォレスト・ウィテカーが演じている。
よく知られている通り、パーカーは、ジャズ界の巨人として揺るぎない名声を得るも、ドラッグ中毒や子供の死といった不幸に見舞われ、34歳で早世している。彼の人生のさまざまなシーンをモンタージ技法を駆使して描き出したこの作品で、イーストウッドはにゴールデングローブ賞の最優秀監督賞、ウィテカーはカンヌ映画祭の最優秀男優賞をそれぞれ受賞している。
15: シド・ヴィシャス『シド・アンド・ナンシー』
アレックス・コックス監督が、パンクを象徴する人物、シド・ヴィシャスと恋人のナンシー・スパンゲンの悲劇的な恋愛関係を描いた『シド・アンド・ナンシー』に対する評価は最初から二分されていた。セックス・ピストルズのフロントマンであったジョン・ライドンは後年、自身の回顧録の中でこの作品を酷評しているが(マルコム・マクラーレンの『The Great Rock ‘N’ Roll Swindle』がそうであったように)バンドの事実とは大きく異なる脚本だったことを思えばそれも無理のないところだろう。
こうした評価や、1986年の初公開当時は商業的な失敗にもかかわらず、その後『シド・アンド・ナンシー』はことあるごとに再評価の機会を得てきた。アメリカの著名な評論家ロジャー・エバートに「パンク・ロックのロミオとジュリエット」と評された同作は、既に故人となっているシドとナンシーを演じた今や『裏切りのサーカス』、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』等への出演で知られるゲイリー・オールドマンとクロエ・ウェッブの胸を締めつけるように情熱的な演技と相まって、カルト・クラシックとして名を残すことになったのだった。
14: ボブ・ディラン『アイム・ノット・ゼア』
『ラブ & マーシー 終わらないメロディー』のオーレン・ムーヴァーマンが脚本、『ベルベット・ゴールドマイン』のトッド・ヘインズが脚本と監督を担ったボブ・ディランの伝記映画『アイム・ノット・ゼア』(2007年)は、作品の主題であるディラン本人と同様に不可解な謎に満ちた作品だ。
そもそもどれほど控え目に言っても、ディランの人生でのそれぞれ異なる時期に応じてクリスチャン・ベール、ケイト・ブランシェット、マーカス・カール・フランクリン、リチャード・ギア、ベン・ウィショー、そして惜しくもこの世を去ってしまったヒース・レジャーという6名もの俳優を起用するというアイデア自体が度肝を抜く。その上で、ヘインズによる物語は美しく織り成され、キャスト全員が見事に演じきり、この映画を紛れもないボブ・ディランの伝記作品として成立させるのだ。ディランの熱心なファンならずとも、観ておく価値のある作品である。
13: リベラーチェ『恋するリベラーチェ』
ほぼ10年を費やし、スティーブン・ソダーバーグ(『セックスと嘘とビデオテープ』『エリン・ブロコビッチ』他)監督の下で制作されたリベラーチェの伝記作品『恋するリベラーチェ』(2013年)は、当初はテレビでの放送を前提にした作品だった。しかしながら、その後、劇場公開されるや、エミー賞やゴールデングローブ賞で数多くを受賞することになる。
リベラーチェ晩年の恋人であったスコット・ソーソンによる同名の回顧録をもとに華やかなピアニストの人生最後の10年を詳述しており、それぞれリベラーチェとソーソンを演じたマイケル・ダグラスとマット・デイモン両名の演技もすばらしい。猥褻かつ感動的で否応なく引き込まれてしまう作品。少しでも興味があればぜひともチェックしていただきたい。
12: エルヴィス・プレスリー『ザ・シンガー』
エルヴィス・プレスリーの1977年の早過ぎる死以来、何人もの監督が彼の変転する生涯を捉えようとしてきたが、やはりベンチマークとなるのはジョン・カーペンターのテレビ用作品『ザ・シンガー』(1979年)ということになるだろう。”ザ・キング”ことプレイスリーを演じた、当時ほとんど無名だったカート・ラッセルの強烈に記憶に残る演技は、エルヴィスの陰のあるカリスマ性をパロディに陥ることなく捉えており、同作はエミー賞にもノミネートされている。
劇中でラッセルは実際には歌ってはいなかった(有名なカントリー・シンガーのロニー・マクダウェルが録音したヴォーカルに合わせてリップシンクしていた)が、本物のエルヴィスの痺れるほどエキサイティングなステージングの魅力を蘇らせることに成功している。
11: イアン・カーティス『コントロール』
非常に高く評価された素晴らしい2枚のアルバムによってメインストリームの寵児となったマンチェスター出身のジョイ・ディヴィジョン。その渦中で起きたシンガーのイアン・カーティスの自殺は、彼に伝説をもたらし一部の熱狂的な信者を生んだ。アントン・コービンによる2007年の伝記映画『コントロール』はそうした”神話”や”言い伝え”を排除し、カーティスを一人の人間として暴いてみせる。若い娘と結婚する一方で不倫関係をついに解消できない、複雑で欠陥のある人間だ。
カーティスを演じるサム・ライリーとカーティスの妻デボラ役のサマンサ・モートンの演技はどちらも説得力十分。またモノクロに徹した映像も、流行の中心地としてクールな街に変貌を遂げる10年前のまだ貧しかったマンチェスターという街の雰囲気をうまく表現している。
10: ティナ・ターナー『TINA ティナ』
ティナ・ターナーとカート・ロジャーの共著『I, Tina』を基にしたこの人気映画『TINA ティナ』は、1993年の興行収入でアメリカだけで約4,000万ドルを記録したことで大きなニュースとなった。ブライアン・ギブソンの監督による、アイク&ティナ・ターナーの2人の激しい関係を扱った作品だ。
アイクとティナは、フィル・スペクターのプロデュースを得て一連の驚異的なヒット曲を放ったが、その驚くべき功績も、ティナが虐待癖のある夫アイクに苦しめられていたという事実は覆い隠せない。そしてティナは離婚を契機にソロ歌手として歩み出し、やがて世界的なスーパースターになっていく。この歌い手に心を寄せるようにティナを演じるゴールデングローブ賞受賞女優アンジェラ・バセットも、残虐で気まぐれなその元夫、アイクを演じるローレンス・フィッシュバーンも揃ってすばらしい演技を披露している。
9: エディット・ピアフ『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』
フランスの女優マリオン・コティヤールは、リドレー・スコットが監督を務めた『プロヴァンスの贈りもの』(同作ではラッセル・クロウと共演)といった有名作品への出演をきっかっけに2000年代に入ったころ、既に世界的な女優としての地位を確立しつつあった。しかしながら、オリヴィエ・ダアン監督が監督を務めた『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』で歌姫エディット・ピアフを演じたコティヤールの輝きには誰もが驚きを禁じ得なかったに違いない。
2007年に公開されたこの印象深い作品で、コティヤールは、どん底から這い上がり、やがてフランスの華麗な音楽ホールのステージに立つまでのピアフを好演。傷つきやすく移り気な「小さなスズメ」をこの上なく見事に演じて見せた。彼女はこの役によってアカデミー賞を受賞。これは、フランス語で役を演じた俳優としては初のオスカー受賞だった。
8: バディ・ホリー『バディ・ホリー・ストーリー』)
『バディ・ホリー・ストーリー』は、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズら、多くの有名ロック・バンド/ミュージシャンにも多大な影響を与えたバディ・ホリーの生涯を描いた伝記映画である。監督を務めたのはスティーヴ・ラッシュ、ラボック生まれのシンガー・ソングライターのバディ・ホリーはゲイリー・ビジーが務め、見事な演技を披露した。
1978年に公開された作品だが、今あらためて観てもその魅力は些かも色褪せておらず、テキサスでロックン・ロールに熱中した少年時代から、ザ・クリケッツを率い、世界的な人気を博した最盛期、ソロ・シンガーとしてコンサート・ツアーに明け暮れた晩年、そして1959年2月の飛行機事故による不慮の事故死まで、この夭逝したアーティストのあゆみを追っていく。主演のビジーはオスカーにノミネートされるなど、そのすばらしい演技を高く評価され、『バディ・ホリー・ストーリー』も史上最高の音楽伝記映画として揺るぎない人気と評価を確立している。
7: ロレッタ・リン『歌え!ロレッタ 愛のために』
ロレッタ・リン自身の希望を受けてキャスティングされたとも言われるシシー・スペイセクは、カントリー界のスター、ロレッタの波乱に満ちたキャリアを辿った映画『歌え!ロレッタ 愛のために』で、彼女のキャリアの中でも屈指の演技を披露した。ほかにトミー・リー・ジョーンズやザ・バンドのリヴォン・ヘルムらも出演したこの映画は、リンの自伝を基に制作されたもので、そこには、かの伝説的な歌い手の貧困をきわめた子供時代から、スーパースターになるまでの人生があますところなく記録されている。
『歌え!ロレッタ 愛のために』は1980年に公開されると高い評価を受け、主演のスペイセクはその神懸かり的な演技を認められ、アカデミー賞にを受賞。同作の副産物であるサウンドトラック・アルバムも50万セットを売り上げる好セールスを記録し、ゴールド・ディスクに認定されている。
6: モーツァルト『アマデウス』
1984年に公開された映画『アマデウス』は、18世紀の革新的な作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの人生に脚色を加えた物語である。監督は『カッコーの巣の上で』などで知られるミロス・フォアマン。制作に当たって多額の予算がを惜しみなく投じられたことでも知られる。
この映画の核心は、モーツァルト(この作曲家を演じるトム・ハルスの演技は圧巻)とヨーゼフ2世に仕えたイタリア人作曲家、アントニオ・サリエリ(演じるはF・マーリー・エイブラハム)の名高い確執で、稀代の傑作との評価を揺るぎないものにしている。大な叙事詩的長編作品という表現が相応しい同作は、アカデミー賞では作品賞のオスカーを含む8部門受賞という記録を残した。
5: ビリー・ホリデイ『ビリー・ホリデイ物語 奇妙な果実』)
1972年に公開された『ビリー・ホリデイ物語 奇妙な果実』は、歴史に名を残す伝説的な女性ジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイの役を、そのホリデイに劣らない影響力を有するソウル・ディーヴァ、ダイアナ・ロスが堂々と演じ切った作品だ。『国際諜報局』で広く知られているシドニー・J・フューリーが監督を務めたこの作品で描かれているのは、生涯消えることのない傷を心に負った少女が、名声を得てジャズ界のスターに登り詰めるまでの物語である。
ホリデイの内なる悪魔との葛藤は幾分控えめに描写されているものの、映画は、ニューヨークはカーネギー・ホールにおけるホリデイの輝かしい復活劇の再現で最高潮に達し、感動の中、エンディングを迎える。『Lady Sings The Blues』はアカデミー賞の5部門にノミネートされ、ホリデイ役のロスは演技者としても十分な評価を得た。そのあたりは、あの悪名高い米映画評論家、ロジャー・イーバートが「1972年の最もすばらしい演技のひとつ」と讃えたという事実からも明らかな通りである。
4: ジョニー・キャッシュ『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』
ジェームズ・マンゴールドが監督を務めた『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』はジョニー・キャッシュの生涯を追った待望の伝記映画だった。実際、期待を裏切らない作品になっており、2005年の最も成功した映画のひとつになった。
主役のキャッシュとジューン・カーターを、それぞれホアキン・フェニックスとリース・ウィザースプーンが演じたこの映画は、かの偉大なシンガー・ソングライターが残した2種の自伝に基づいたもので、キャッシュのミュージシャンとしてのキャリアはもちろん、ジューン・カーターとのロマンス、ドラッグやアルコールとの苦闘、そして1968年1月にフォーサム刑務所で披露されたあの伝説的なパフォーマンスまで、”The Man In Black / 黒ずくめの男”の人生の波乱万丈が描かれている。批評家筋からも広く好評を得た『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』はオスカーの5部門にノミネート。ウィザースプーンは最優秀女優賞に輝いた。
3: N.W.A.『ストレイト・アウタ・コンプトン』
F・ゲイリー・グレイが監督を務めたN.W.A.の伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』(2015年)には、あの強力なヒップホップ・グループの生き残りメンバーが全面的に協力。アイス・キューブとドクター・ドレーはプロデュースを担い、アイス・キューブ役はキューブの実子であるオーシェア・ジャクソン・Jr.が演じた。
完成した作品は、余分な演出を排し、(当事者たちの視点から見た) ありのままの事実を伝えることを優先した作品になった。一瞬たりともスクリーンから目が離せない『ストレイト・アウタ・コンプトン』は、オスカーの最優秀脚本賞を含む数々の賞を受賞。ドクター・ドレーは、この映画にインスピレーションを得たソロ・アルバム『Compton』を発表し、同作もまた高い評価を受けた。
2: レイ・チャールズ『Ray/レイ』
テイラー・ハックフォードが脚本/監督/制作を担った『Ray/レイ』(2004年)の主役はソウル・ミュージック/リズム&ブルースのパイオニア的存在だったレイ・チャールズで、ここでは、そのキャリアのうち、”チトリン・サーキット” (黒人の歌手や芸人の活躍の場だったクラブ等)を巡業していたそのキャリアの初期から、ジャンルの枠を超えた成功を収めたアトランティック時代、停滞を強いられた1970年代、そしてグラミー賞を受賞したチャカ・カーンとのコラボレーション「I’ll Be Good To You」で一線に返り咲く1980年代までの30余年に焦点が当てられている。
カリスマに富んだ演技で主役を演じたジェイミー・フォックスは、この作品で俳優としての評価を確立し、オスカー、英国アカデミー賞、ゴールデングローブを含む5つの賞を獲得している。
1: クイーン『ボヘミアン・ラプソディ』
クイーンのあゆみを追った『ボヘミアン・ラプソディ』は2018年の最大の話題作のひとつであり、商業作品として、同作が他の追随を許さない空前の成功を収めたことは既に周知の事実である。実際、ビルボード誌は2018年12月に、これまでに公開された伝記映画の中で最高の興行収益を上げた作品が『ボヘミアン・ラプソディ』であると報じ、2019年1月には世界各国における収益の総計が、伝記映画として例のない9億ドルを超えたとのニュースも届けられている。
世界的な成功を収め、さまざまな賞を受賞 (フレディ・マーキュリーを堂々と演じたラミ・マレックはアカデミー賞の最優秀主演男優賞を獲得した) を受賞したこの『ボヘミアン・ラプソディ』だが、これは単なる大ヒット映画ではない。ミュージシャンを主役にした優れた伝記映画の可能性を大きく押し広げたという点で、これはもはやひとつの現象と言えよう。
Written By Tim Peacock