ビー・ジーズ『Odessa』解説:ギブ三兄弟版の『Sgt Pepper』ができるまで

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Photo: Michael Ochs Archives/Getty Images

ビー・ジーズ(The Bee Gees)の驚くべきコンセプト・アルバム『Odessa』は、兄のバリー、双子のロビン&モーリスのギブ三兄弟がディスコの帝王として生まれ変わったあとは、往々にして見過ごされがちだった。しかしながら1969年3月30日にリリースされたこの非常に野心的な2枚組アルバムは、現在では高い評価を確立している。

全17曲で構成されたこのコンセプト・アルバムは、さまざまなスタイルの音楽を混ぜ合わせた点に特徴がある。リリースされた当初は一部のファンを困惑させたが、その後『Odessa』は、ロック、ポップス、カントリー、バロック、オペラ、クラシック音楽を大胆にブレンドした傑作として賞賛されるようになった。

バリー・ギブによれば、彼らはこの名作を「ロック・オペラ」として構想していたという(このアルバムは当初『An American Opera』というタイトルになる予定だった)。このアルバムは、ザ・フーのロック・オペラ作品『Tommy』よりも2ヶ月早くリリースされている。

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「信じられないほどの素晴らしい想像力」

1970年代にビー・ジーズは文化面で一大センセーションを巻き起こす。その陰の立役者となったマネージャーのロバート・スティグウッドは、このアルバム『Odessa』ではプロデューサーを務めていた。スティグウッドは、アルバムのオープニング・トラック「Odessa (City On The Black Sea)」を「ビー・ジーズの中で最も好きな曲のひとつ」だと語っている。

これは1968年にギブ3兄弟が作った曲で、バルト海の氷山に乗って漂う架空の英国船ヴェロニカの生存者を描いている。ポリドールからアルバムが発売された当時、スティグウッドは次のように語っている。

「バリーは信じられないほどの素晴らしい想像力を持っている。それは彼が作ったあの“Odessa”の歌詞にも表れている。この曲は、これまでに書かれたポップ・ソングの中でも最も優れたもののひとつだ」

この曲では、モーリス・ギブのフラメンコ・ギターとグラミー賞受賞作曲家であるポール・バックマスターのチェロという珍しい顔合わせの演奏を聴くことができる。ビー・ジーズはバックマスターと前年のドイツ・ツアーで共演しており、彼がこの曲にぴったりだと考えたのである。バックマスターはのちにエルトン・ジョンのアレンジャーになった。

このアルバムをニューヨークのアトランティック・スタジオ、ロンドンのトライデント・スタジオとIBCスタジオでレコーディング、この時、双子のロビンとモーリスはまだ10代だった。ふたりは、それまでの2年間に「New York Mining Disaster 1941 (ニューヨーク炭鉱の悲劇)」、「Massachusetts」、「I’ve Just Got To Get A Message To You (獄中の手紙)」などがヒットしたあと、その成功によってもたらされた名声に対処するのに苦労していた。

 

「常軌を逸したさまざまなものから影響を受けてきた」

英国王室属領マン島生まれのギブ三兄弟は、バンド・リーダーの父から子役スターになることを勧められ、その後、父の仕事の都合で引っ越したオーストラリアの寂れた町で育った。3人はラジオでエヴァリー・ブラザーズ、ロニー・ドネガン、ザ・グーンズらの音楽に親しみ、多くの影響を受けており、2009年、バリー・ギブは以下のように語っている。

「オーストラリアで育った僕たちは常軌を逸したさまざまなものから影響を受けてきた。そのせいで僕らが作る曲はひどく雑然としたものになったんだ。『Odessa』では、立派な狙いがあった。何かステージで上演できそうなものを作りたかったんだ。テーマらしきものを入れるはずだったんだけれども、それはちょっとどこかに行ってしまったんだ」

心が疼くようなバリーのリード・ヴォーカルを聴くことができる「First Of May (若葉のころ)」は、シングルとしてリリースされた。ここではビル・シェパードの荘厳なオーケストラ・アレンジが印象的だ。

抜群の出来になった曲は他にもあり、その例としては「Black Diamond (黒いダイヤ)」、「Melody Fair」、そしてまるでザ・バンドのような「Marley Purt Drive (日曜日のドライヴ)」などが挙げられる。この「Marley Purt Drive」ではヴィンス・メロニーがリード・ギターを弾いており、この曲はメロニーにとってビー・ジーズとの最後のコラボレーションとなった。

また、このアルバムではコリン・ピーターソンがドラムを担当し、ビル・キース (バンジョー) とテックス・ローガン (フィドル) がカントリー・ミュージックの「スクエアダンスに捧げるトリビュート」である「Give Your Best」に参加している。

のちにビー・ジーズは、『Odessa』が出るころには「消耗し切っていた」と公言。このアルバムのリリース後、彼らは一時的に活動を休止した。「精神的な面でも感情的な面でも、僕らは疲れ切っていた」と、バリーは振り返っている。

それからの数年間は厄介な時期が続き、活動再開後も1970年代前半はライヴをすることさえ難しい状態だった。しかしその先には明るい未来が待っていた。特に映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のサウンドトラック・アルバムは大きな成功を収め、実に4500万枚を売り上げることになったのだ。

『Odessa』の素晴らしさについて、モーリスは公平な見方をしていた。

「このアルバムには、実にさまざまな側面がある。ところどころにムラはあるけれど、多くの人はこの作品をビー・ジーズ版の『Sgt Pepper’s Lonely Hearts Club Band』だと考えているんだ」

Written By Martin Chilton



ビー・ジーズ『Odessa』
1969年3月30日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music


ビー・ジーズ オリジナル・アルバム20タイトル
2022年11月23日再発
CD購入

アルバム・タイトル

①『Bee Gees’ 1st』(1967)
②『Horizontal』(1968)
③『Idea』(1968)
④『Odessa』(1969)
⑤『Cucumber Castle』(1970)
⑥『2 Years On』(1971)
⑦『Trafalgar』(1971)
⑧『To Whom It May Concern』(1972)
⑨『Life In A Tin Can』(1973)
⑩『Mr. Natural』(1974)
⑪『Main Course』(1975)
⑫『Children Of The World』(1976)
⑬『Spirits Having Flown』(1979)
⑭『Living Eyes』(1981)
⑮『E.S.P.』(1987)
⑯『One』(1989)
⑰『High Civilization』(1991)
⑱『Size Isn’t Everything』(1993)
⑲『Still Waters』(1997)
⑳『This Is Where I Came In』(2001)


ビー・ジーズ初の公式ドキュメンタリー
『ビー・ジーズ 栄光の軌跡』

2022年11月25日より
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館他にて公開

公式サイト




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