エイミー・ワインハウス「Back To Black」:マーク・ロンソンとの出会いで生まれた2ndのタイトル曲
英アイランド・レコードが、エイミー・ワインハウス(Amy Winehouse)のセカンド・アルバム『Back To Black』のリリースを発表した時、この23歳のシンガーのキャリアをフォローしていた人々は熱っぽい期待に身を震わせた。
エイミーがその頭角をあらわしたのは、わずか3年前の2003年、ロンドンのカムデン・タウン地区出身の聴く者を惹きつけずにはおかないこのシンガーソングライターが、ジャズとソウルとファンクをスタイリッシュに融合させたデビュー・アルバム『Frank』をリリースして評論家の賞賛を集めたのがきっかけだった。
このアルバムでエイミーの名前が広く知れ渡ったわけではなかったが、本国イギリスでは30万枚の売上を記録し、4曲がシングルチャート入りした。しかも、このアルバムで彼女は権威あるマーキュリー音楽賞の最終選考リストに残り、ブリット・アワードにもノミネートされたのだった。
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エイミーが『Frank』で得た名声で、『Back To Black』に対する一般大衆の期待度は大きなものとなった。だが、そのサウンドとテーマにおいて、この新作アルバムがいかに前作と比較して過激に異なるものになるかを予想したものはいなかっただろう。彼女のデビュー・アルバムでの楽観的なヴァイブは、『Back To Black』では自分の生い立ちをテーマにしたよりダークなものに取って代わり、アルバム自体、彼女のボーイフレンドのブレイク・フィールダー・シヴィルとの破局後の感情的動揺を表現しようとしたものだった。
このアルバムからの最大のヒットは、一度聴いたら癖になる、エイミー自身の私生活でのアルコール中毒を扱った「Rehab」だったが、間違いなく最も重要な曲はそのタイトル曲「Back To Black」だった。この曲はエイミーと、『Back To Black』の11曲中6曲を手掛けた、ロンドン生まれのアメリカ人プロデューサーのマーク・ロンソンの共作で、悲しみをカタルシスに昇華した一大シンフォニーだ。
「黒(ブラック)」という言葉を絶望の底しれぬ淵の比喩に用いた「Back To Black」は、エイミーの元彼氏の浮気によって引き起こされた暗く悲しみに満ちた心の痛みを歌った歌だ。悲しげなストリングスと不吉な鐘の音が葬儀の雰囲気を醸しだし、それがダンサブルでレトロっぽい60年代ガール・グループ・ポップスと、フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンド風のサウンドにヒントを得たバックトラックとドラマティックに併存している。
マーク・ロンソンとの出会いと録音
「Back To Black」は、エイミーが彼女のセカンド・アルバムのために最初に書いてレコーディングした曲だ。この曲は2006年3月に、プロデューサーのマーク・ロンソンのグリニッジ・ヴィレッジのレコーディング・スタジオで、エイミーが説得されて彼と出会った時に生まれた。
エイミーはスタジオに着くと、マークのことをレコーディング・エンジニアと間違えたようで、彼女の父親のミッチが2012年に書いた本『Amy, My Daughter』によると、彼女は当日出会うプロデューサーのことを「大きなヒゲを生やした年配のユダヤ人の男」だと思っていたらしい。
それでも二人は語りあい、音楽に対する愛を通じて仲良くなり、次の日にはある歌の最初の部分を彼女のために書いていた。その時のことを思い返してマーク・ロンソンはMojo誌に2010年にこう語っている。
「ちょっとしたピアノのリフを思い付いたんだけど、それが“Back To Black”のヴァースのコードになったんだ。そのバックに、キック・ドラムとタンバリンを加えてふんだんにリヴァーブを効かせただけだった」
エイミーはマークのアイデアに興奮した。彼女は当時経験していたことを題材にいくつかの歌詞をすぐ書き上げて、彼らはこの歌のデモをレコーディングした。そして、レトロなソウルやファンク専門のインディ・レーベル、ダップトーン社がやっているブルックリンのスタジオ、ザ・ハウス・オブ・ソウルで、リズム・セクションを加えてレコーディングを完成させたのだ。
その後、ニューヨークのチャン・キング・スタジオとロンドンのメトロポリスで追加のレコーディングを行い、エイミーとマークは曲の漆黒な色合いを更に深めるためにプロデュース上の手直しを行いこの曲を磨き上げたのだった。
「Back To Black」への反応
2006年10月にアルバム『Back To Black』が世に出ると、エイミー・ワインハウスの名前を誰もが口にし始めた。アルバムは世界中でたちまちマルチ・プラチナ・アルバムとなり、エイミーのは世界的現象となった。
タイトル曲「Back To Black」は2007年4月にアルバムのサード・シングルとしてリリースされ、当初イギリスで25位を記録した。そして皮肉なことに一ヶ月後にエイミーは、そもそもこの曲が書かれる原因となった張本人、ブレイク・フィールダー・シヴィルと結婚したのだ。エイミーが2011年に悲劇的な死を遂げると、「Back To Black」は再び息を吹き返し、全英シングルチャートで8位を記録、最終的にはプラチナ・シングル(60万枚の売上認定)となった。
それ以降、「Back To Black」はいくつかのカバー・バージョンを産んでいる。最も特筆すべきは、映画『華麗なるギャツビー』のサウンドトラック盤のためにぐっとテンポを落としたバージョンを2013年に録音した、ビヨンセとアウトキャストのアンドレ3000によるバージョンだ。
他のバージョンとしては、この曲をフォークっぽくアレンジしたアコースティックな2008年のイギリスのシンガー、ライトスピード・チャンピオンのものや、ジャジーで深夜の雰囲気満点のフランスの歌姫アマンダ・リアのものなどがある。そして2011年のエイミーの死の直後、エイミー自身が自分を形作るほどの影響を受けたと言っていた、元ロネッツのロニー・スペクターが追悼として、ディスコ調にアレンジした「Back To Black」をシングルとしてリリースした。
「Back To Black」が遺したもの
「Back To Black」ほど、エイミー・ワインハウスのユニークな音楽的人格とサウンドを見事に表現した曲はないだろう。彼女の代表曲の一つとして、彼女の死後この曲の占める地位は計り知れないほど大きくなった。それは恐らく「私は困難な道を歩いてる/私の状況は明るいとは言えない」という歌詞の痛烈さと将来を予見したような内容によるものかもしれない。
確かに、エイミーによるむき出しの現実主義と、紛れもなく自伝的な内容が、彼女の音楽をここまで胸に迫るものにしている理由だろう。そして裏切りと愛の酷い結末という時代を超越した物語を歌う「Back To Black」は、過去に相手に捨てられ心破れた者なら、誰でもその心に深く響く普遍性を持っているのだ。
Written By Charles Waring
エイミー・ワインハウス『Back To Black』
2006年10月27日発売
CD /Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
エイミー・ワインハウス『Live at Glastonbury 2007』
2022年6月3日発売
LP
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