カニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』解説:ラップを廃した作品とドレイクやウィークエンドらに与えた影響

Published on

母の死、そして当時の婚約者アレクシス・ファイファーとの6年間の関係の終わり。私生活でのふたつの痛ましい出来事が、カニエ・ウェスト(Kanye West)の4枚目のアルバム『808s & Heartbreak』の方向性に劇的な変化を与えた。カニエは既に革新的なアーティストとしての地位を築いていたが、ラップを完全に廃するという決断はあまりに大胆なものだった。自らを”ひどいシンガー”と認めるカニエは、オートチューンで声を大きく加工してヴォーカルの粗を埋めた。そうやって自身の痛烈な苦しみを冷やかなポップ/ソウルに昇華させたのだ。

<関連記事>
カニエ・ウェストの20曲:ヒップホップ界で最も人を引き付けるアーティスト
スタジオを出ずに制作された『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』

「Coldest Winter」は、美容整形の合併症でこの世を去った母の死を痛ましく歌った楽曲だ。同曲で彼は以下のように歌っている。

Goodbye my friend, I won’t ever love again.  Never again……
さようなら友よ、僕はもう誰も愛さない この先もずっと……

また「RoboCop」と「Heartless」では婚約者との破局の苦い余韻が歌われている。一方、「Welcome To Heartbreak」は、自分の人生の浅はかさや成功の夢の先にある悪夢を受け入れ始めた男からの、錯乱した書状のような楽曲になっている。

My friend showed me pictures of his kids
And all I could show him was pictures of my cribs
… Look back on my life and my life gone
Where did I go wrong?
友だちに子どもの頃の写真を見せてもらった
僕が見せられるのは俺の狭い家の写真だけ
…振り返ると俺の人生はもう消えてしまっている
いったい俺はどこで間違ったんだろう?

カニエはこうした赤裸々で、同時にもの悲しい歌詞と、ミニマリズム的なサウンドを融合させた。胸を刺すようなシンセと無骨で暴力的なビート(題名の由来にもなっているローランドのTR-808によるもので、このサウンドが80年代前半のヒップ・ホップやシンセ・ポップを支えた)が鳴り響き、そこに太鼓や聖歌隊風のコーラスなど突飛な要素が加わる。アルバムの悲しげな内容に合わせるように、アートワークも萎んだハートが寂しげな灰色の背景に載ったシンプルなものになっている。

カリフォルニアとハワイで、わずか3週間のうちにレコーディングされた『808s & Heartbreak』は、彼が“クリエイティヴCEO”のスタイルをとった初めてのアルバムだ。同作ではほとんどの曲が5人以上の共同で作曲されている。2008年11月24日にリリースされると同作は賛否両論を生んだ。当初批評家たちはオートチューンの過度な使用と自己憐憫的な歌詞を冷笑していた。それでもアルバムは例のごとく大ヒットし、アメリカのヒット・チャートで初登場1位をマーク。発売初週だけで45万145セットを売り上げた。

しかし、『808s & Heartbreak』の重要性をより以上に裏付けているのは、同作が近年の音楽に大きな影響を与え続けているという事実だ。R&Bとヒップ・ホップを見事に融合させ、感情を揺さぶるような繊細な歌詞を特徴にした同作は、ラップとR&Bの世界に大きな衝撃を与えた。

そして、ドレイクやヤング・サグ、ザ・ウィークエンドフランク・オーシャンら多くのミュージシャンに強い影響を与えている。感情を赤裸々に表現した同作は決してカニエ・ウェストの作品の中で馴染みやすいほうではないが、彼のキャリアで最も革新的で影響力のあるアルバムであることに疑問の余地はないだろう。

Written By Paul Bowler


カニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』
iTunes / Apple Music / Spotify



 

Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了