2022年英最注目新人ホリー・ハンバーストーン:「壁が薄すぎる」と歌い共感を呼ぶ“普通”の22歳

Published on

Photo: LOUIS BROWNE

2022年のBRITsことブリット・アワードの新人部門で、以前は批評家賞として知られていたRising Star Awardの受賞者に選ばれたホリー・ハンバーストーン(Holly Humberstone)。

他にも様々なメディアの期待の新人ランキングやリストに上位に顔を見せる現在22歳の彼女について、音楽ライター/ジャーナリストとして活躍されている粉川しのさんに寄稿いただきました。

<関連記事>
ホリー・ハンバーストーンが2022年ブリット・アワードの新人部門を受賞
デビュー作が全英1位を記録した新人セレステはなぜ著名人を魅了するのか
BRIT Awards2022 新人部門候補発


2022年最も期待の新人

あらゆるメディアや評論家、そしてリスナーが思い思いにチョイスした年間ベスト・リストの発表が年末の恒例行事だとすると、年始の恒例行事は今年ブレイクが期待される注目の新星の予想、いわゆる「新人リスト」ということになるだろう。今年も既に「BBC Sound Of 2022」やVEVOの「Artist to Watch 2022」など主要なリストが出ていて、若い才能にワクワクさせられるシーズンが始まっている。

そんなフレッシュな新年のムードに相応しいアーティストであり、今年最も活躍が期待されるUKニューカマーの一人が、ホリー・ハンバーストーンだ。彼女の場合は昨年の「BBC Sound of 2021」で2位、「Artist to Watch 2021」にもエントリー済みと既に発見されているニューカマーだが、今年は恐らく待望のデビュー・アルバムの年となるはずで、いよいよホリーの全貌も明らかになるだろう。

ホリーにとって最初のブレイクとなったのが、2020年のセカンド・シングル「Falling Asleep At The Wheel」だった。人間関係のフラジャイルな不確かさを象徴するウィスパー・ボイスと、自己破壊衝動にも似た激情をギリギリで押し殺したこの曲のテンションに、彼女の底知れないポテンシャルを感じた人も少なくなかったはず。あの曲にあったそのポテンシャル、予感のようなものが、確信に変わるのが2022年なのではないかと思うのだ。

ちなみにホリーは、そんな確信の年を象徴するように「The Rising Star Award」を見事受賞している。同賞はイギリスで最も権威あるアワード「Brit Awards」のいわゆる新人賞に該当するカテゴリーで、過去にはアデルやフローレンス・アンド・ザ・マシーンからジョルジャ・スミス、セレステと錚々たるアーティストが受賞していて、UKにおいては「Sound Of〜」以上にブレイクの的中率が高いアワードとも言える。

サム・フェンダー(彼もまた2019年度の受賞者)からドッキリで受賞を知らされ、びっくりしたホリーが思わず4レター・ワードを口走ってしまうという微笑ましい映像がこちら。

 

ジャンルの境界をあっさり飛び越える振れ幅

ホリー・ハンバーストーンは英グランサム出身の現在21歳。2019年にグラストンベリー・フェスの「BBC Introducing」(UK新人にとって登竜門と呼ぶべきステージ)でのパフォーマンスが話題を呼び、2020年にシングル「Deep End」でデビューを果たしている。

同曲や前述の「Falling Asleep At The Wheel」を収録したデビューEP『Falling Asleep at the Wheel』も素晴らしかったが、筆者が彼女に注目するきっかけとなったのは同時期にリリースされた単発のシングル「Fake Plastic Trees」だった。

これは言うまでもなくレディオヘッドの名曲のカバーであり、アラニス・モリセットから近年ではフィービー・ブリジャーズ&アーロ・パークスまで、女性シンガー・ソングライター定番のカバー曲となっている。UKインディ・バンドにとってレディオヘッドはプレッシャーが大きすぎる存在なのか、滅多にカバーするバンドはいないが、女性SSWの場合は力むことなくさらっと自分のものにできているのが面白い。

特にホリーの「Fake Plastic Trees」は、25年以上前の同曲で歌われるプラスチックが溢れた大量生産、大量消費のニセモノの時代への憂いを、ティーンの蒼い心象をそのまま空気に乗せたような呟きに、2020年代の少年少女たちの当事者意識に見事に落とし込んでいる。社会や政治の問題を「自分のこと」として引き寄せるパーソナライズの精神はZ世代の特徴のひとつとされる。大上段に構えることなく、パーソナルで等身大の歌詞が世界と滑らかに直結しているホリー・ハンバーストーンの歌は、まさにZ世代らしい表現だ。

レディオヘッドをギター1本でカバーしたかと思えば、ジャスティン・ビーバーの「Sorry」をピアノ弾き語りでカバーする、そのポップ/ロック、メジャー/オルタナの境界をあっさり飛び越える当然の振れ幅にも新世代を感じる。

幼い頃から日記がわりに曲を書いていたというホリーは、影響を受けたアーティストとしてダミアン・ライスやロード、フランク・オーシャン、ハイム、ボン・イヴェールらの名前を挙げている。彼女のチルでメロウなポップ・センスを思えば納得の背景だが、正確には今現在もホリーのアーティスト性は更新され続けている最中なのだろう。

The 1975のマシュー・ヒーリーとの共作曲の「Please Don’t Leave Just Yet」や、今までで最もアンセミックなギター・ポップ・チューンに仕上がった「The Walls Are Way Too Thin」など、昨年リリースのセカンドEP『The Walls Are Way Too Thin』では、一気に表現の幅が広がっているからだ。

 

ノスタルジアのカオスなファッション

それにしても、ホリー・ハンバーストーンという人の佇まいは独特だ。往年のアラニスを彷彿させるウェイビーなロングヘアや、フォーク・シンガーのような編み込み。TシャツとロングTを重ね着したグランジっぽいスタイルもあれば、ダボっとしたスエットのストリートスタイルもある。

Holly Humberstone – Photo: Jim Dyson/Getty Images

フレア気味のビンテージ・デニムを履いたかと思えば、ゴス/エモ風のミニスカートも履く。もろにパンクなチェーンやメッシュと、ヒッピーっぽいインディアン・ジュエリーを重ねづけしていたりもする……そんな彼女のビジュアル・イメージは70年代ロックと90年代オルタナ、そして00年代エモのファッションが混ざりあった「ノスタルジアのカオス」とでも呼ぶべきものだ。

どこまで意識して自分のイメージを作っているのかは不明だけれど、あらゆる年代、ジャンルの音楽にアクセス可能な環境で育ったZ世代にとって、ノスタルジアが錯綜して交通渋滞を起こすのも当然なのかもしれない。

ホリーはグリフやルエルのような同世代のUKシンガーとのセッションも盛んに行っていて、そこにUKポップの新潮流の芽生えを感じることができるはずだ。また、サム・フェンダーの「Seventeen Going Under」やグラス・アニマルズの「Heat Waves」など、ホリーは少し上の世代のアーティストの大ヒット曲のセッションにゲストとして呼ばれ、アコースティックの瑞々しい風を吹き込む役割も果たしている。

 

「壁が薄すぎる」と歌う普通のティーン

ホリーが育ったグランサムはイングランド東部の長閑な田舎町で、地元に音楽シーンなんてほとんどなかったそうで、「そこで育った私は特に荒れたティーンじゃなかったし、クレイジーな経験をしてきたわけでもない」と彼女は語る。むしろごく普通のティーンとして誰もが経験するようなことを経験してきたからこそ、それを歌にするホリーだからこそ、彼女の歌は同世代からの大きな共感を呼ぶのだろう。

例えば「The Walls Are Way Too Thin」は彼女が地元を離れ、一人暮らしをし始めた時に感じた孤独についてのナンバーだ。一人ぼっちで過ごす部屋の「壁が薄すぎる」と歌うこの曲は、上京してきたばかりの日本の18歳にもグサッと刺さるはず。

また、「Scarlett」は失恋して一夏泣き明かした友達のスカーレットに捧げた歌。最後に「もうあなたなんて必要ない」とスカーレットが元恋人を突き放して終わるこの曲は、最高のシスターフッド・ソングと呼ぶべきナンバーだ。一人ぼっちの寂しい夜も、誰かを励まし、励まされる夜もある。ホリー・ハンバーストーンの歌が、世界に共感のさざ波を起こしていく日もそう遠くないかもしれない。

Written By 粉川しの



ホリー・ハンバーストーン『The Walls Are Way Too Thin』
2021年11月12日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了