ザ・ポーグスのフロントマン、シェイン・マガウアンが65歳で逝去。その功績と追悼の言葉
アイルランドを代表するパンクバンド、ザ・ポーグス(The Pogues)のフロントマンで、ソングライターのシェイン・マガウアン(Shane MacGowan)が2023年11月30日朝、65歳で逝去した。
英BBCニュースは、彼の妻であるビクトリア・メアリー・クラークのインスタグラム投稿を引用しており、BBCの取材に応じた代理人によると、彼は妻と妹に見守られながら安らかに息を引き取ったという。
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その生涯
1957年、アイルランド人の両親のもと英南東部ケント州に生まれたシェイン・マガウアンは、6歳までアイルランド南部の農家で伝統的なアイルランド音楽に囲まれながら過ごし、音楽への愛に目覚めた。
1982年、彼はピーター・”スパイダー”・ステイシー、ジェム・ファイナー、ジェームズ・ファーンリーと共にロンドンでザ・ポーグスを結成し、アイルランドの伝統的なフォーク・ミュージックとパンク・サウンドを融合させた独自音楽性で世界的なセンセーションを巻き起こした。
ザ・ポーグスは、1985年のアルバム『Rum Sodomy & The Lash』や、シェイン・マガウアンとカースティ・マッコールとのデュエットによる1988年のクリスマス・ヒット曲「Fairytale of New York」など、数々のアルバムやシングルをリリースし、成功を収めていった。
追悼の言葉
シェイン・マガウアンの妻であり、数十年来のパートナーであるヴィクトリア・メアリー・クラークは、インスタグラムに次のような声明を発表している。
「この気持ちをどう表現していいのかわからないのですが、とにかく言葉にしてみます。私の目の前にある光であり、私の夢の尺度であり、私の人生の最愛の人、最も美しい魂であり、美しい天使であり、太陽であり、月であり、私が大切にしているすべての始まりと終わりであるシェインは、イエスとマリア、そして彼の美しい母テレーズと共に旅立ちました。彼と出会い、彼を愛し、彼に限りなく無条件に愛され、愛と喜びと楽しさと笑いと冒険に満ちた人生の年月を過ごせたことは、言葉では言い表せないほど幸運でした。私が感じている喪失感や、彼の笑顔がせめてもう一度だけでも私の世界を照らしてくれたらという切望は、言葉では言い表せません。この世界にいてくれてありがとう、ありがとう、ありがとう。あなたはこの世界をこんなにも輝かせ、その愛情と魂と音楽で多くの人々に喜びを与えてくれました。あなたは永遠に私の心の中に生き続けるでしょう。あなたが大好きだった雨に濡れた庭ではしゃぎまわってください。あなたは私にとっての全てです」
この訃報を受けて、音楽業界から続々と追悼が寄せられている。シンガーソングライターで活動家のビリー・ブラッグは自身のツイッターでこう述べている。
「私の世代で最も偉大なソングライターのひとり、シェイン・マガウアンが長い闘病の末に亡くなったことを聞いて残念です。ザ・ポーグスは80年代初頭にフォーク・ミュージックを生き返らせ、作詞に焦点を当てた彼の楽曲は、私や他の人たちのようなアーティストに扉を開いてくれました」
ザ・シャーラタンズのティム・バージェスは次のように述べている。
「さらば、シェイン・マガウアン。全力で生きた、叙情詩の天才。バンドをやりたかった多くの人々にインスピレーションを与えてくれました。私はザ・ポーグスを追って遠くまで行き、シェーンに何度か会い、これまで目撃した中で最も爽快なライヴのいくつかを観ました」
ジャック・アントノフもこう哀悼の意を捧げている。
「シェイン・マガウアンは、彼の作品を通して、他の誰にもできない何かを感じさせてくれました。彼のあり方は、スタジオでもツアーでも私に毎日インスピレーションを与えてくれます。彼の身近な人たちに愛を。そして、彼の音楽がなければここにはいない私たちにとっても、悲しい日です」
Written By Sam Armstrong
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