マイケル・ジャクソン「Billie Jean」のドラマー、ンドゥグ・チャンクラーが死去
著名なジャズ・ドラマー、プロデューサー、セッション・ミュージシャンであり、マイケル・ジャクソンの名作ヒット「Billie Jean」で演奏したレオン・‘ンドゥグ’・チャンクラーが2018年2月3日(土)に亡くなった。享年65歳。妻のブレンダがローリング・ストーン誌に認めた。現時点では死因は明らかにされていない。
ンドゥグ・チャンクラーの60年にわたるキャリアにおいて、ドラマーとしてジャズのレジェンドであるマイルス・デイヴィス、セロニアス・モンク、ウェザー・リポート、ヒュー・マセケラや、シンガーのフランク・シナトラ、ライオネル・リッチー、ジェームス・ブラウンやティナ・ターナー、ロッカーのカルロス・サンタナやエリック・クラプトンなど、数々のアーティストとコラボレートまたはパフォーマンスをともにしている。
ンドゥグ・チャンクラーは、1982年にレコーディング・セッションに参加し、マイケル・ジャクソンの『Thriller』に収録されることとなった3曲、「P.Y.T.」と「Baby Be Mine」、そして「Billie Jean」で演奏した。ルーツのドラマーであるクエストラヴはInstagramで追悼し、「Billie Jean」におけるンドゥグ・チャンクラーのパフォーマンスのシンプルさとその天才ぶりについて語った。
「俺の考えでは、‘Billie Jean’のイントロこそ、シンプルすぎてその凄さを当たり前と思ってしまう最たる例だと思う。でも本当に分析すると、とても複雑で感動的なパフォーマンスだ。トーンがドンピシャなんだよ。スネアのスナップも足りているけど、薄すぎてスカ/ジェームス・ブラウンのクラック・スネアの領域までいくこともなくて。ダンス・マッドネス・ブレークビート・マニアの革命を引き起こしたドラマーへの敬意と賞賛を込めて」。
ンドゥグ・チャンクラーのキャリアを通してずっとエンドースを続けていたパイステ・シンバルも追悼の意を表した。
「ンドゥグ・チャンクラーの訃報を聞き、悲しみに暮れています」と会社はコメントした。「ンドゥグとパイステは、彼がパイステ・ファミリーの一員としてエンドースされていた46年の間に素晴らしい絆を築きました。素晴らしい友人であり、ドラム界の革命家でした。音楽業界全体における彼の友人、同僚から非常に惜しまれる存在です。若きミュージシャンにとってのインスピレーションであったンドゥグ・チャンクラーのレガシーや人生の教えは、彼らを通して生き続けていきます」。
ンドゥグ・チャンクラーは、マイケル・ジャクソンの『Bad』に収録されている「I Just Can’t Stop Loving You」でもドラムで参加した。ソングライターとしては、1982年のダズ・バンドのヒット・シングル「Let It Whip」とサンタナの1976年の「Dance Sister Dance」で共作し、同作が収録されているサンタナの1976年のアルバム『Amigos』でもフィーチャリングされている。
1952年7月1日にルイジアナ州シュリーヴポートで生まれたンドゥグ・チャンクラーは13歳でドラムを始め、大学を卒業する頃にはすでにマイルス・デイヴィス、フレディ・ハバード、ボビー・ハッチャーソンと演奏し、レコーディングを行っていた。
ンドゥグ・チャンクラーは、キャリアを通してジョージ・ベンソン、スタンリー・クラーク、クルセイダーズ、ジョージ・デューク、ハービー・ハンコック、ジョン・リー・フッカー、ヒューバート・ロウズ、セロニアス・モンク、ジャン=リュック・ポンティ、ライオネル・リッチー、ケニー・ロジャース、パトリース・ラッシェン、カルロス・サンタナ、フランク・シナトラ、ドナ・サマー、テンプテーションズ、ティナ・ターナー、そしてウェザー・リポートとレコーディングを行った。
近年では、ステージでライヴ活動を行い続け、そのほかにもスタンフォード・ジャズ・ワークショップやカリフォルニア大学バークレー校のヤング・ミュージシャン・プログラム、そして世界中のクリニックで教鞭をとっていた。
Written by Tim Peacock