フレディ・マーキュリーの未発表音源「Time Waits For No One」配信開始。その制作背景とは?
大ヒット・ミュージカル『タイム』のコンセプト・アルバムのため、フレディ・マーキュリーが表題曲「Time」をレコーディングしたのは1986年のこと。その後、同曲の未発表ヴァージョンは、長らく貴重品保管室の奥にしまい込まれていた。それから約33年。このたびフル・タイトル「Time Waits For No One」と題された新ヴァージョンが、遂に世に送り出されることとなった。
プロデュースを手掛けたのは、フレディの長年の友人であり、世界的に成功を収めているミュージシャン/シンガーソングライター兼プロデューサーのデイヴ・クラーク。彼は、この新たなトラックの完成までに、彼は2年の歳月を費やした。同曲は2019年6月20日、Virgin EMI(ユニバーサル)より全世界同時デジタル・リリース。またパワフルかつ深く胸を打つ新たなミュージック・ビデオも、併せて発表される予定だ。
「Time Waits For No One」では、説得力に満ちたフレディ・マーキュリーの歌唱を最高の形で表現。ピアノ伴奏のみという、余分な装飾を完全に削ぎ落としたパフォーマンスとなっており、音楽界でも特別に愛され、万雷の喝采を浴びてきたその歌声が、余すところなく披露されている。
曲の背景にある物語…
ミュージカル『タイム』は元々、デイヴ・クラークの発案によって生まれた作品であった。デイヴは、何百万枚ものセールスを上げて莫大な成功を収めたグループ、デイヴ・クラーク・ヴァイヴの元リーダーで、英国で最も多作かつ最も有名なミュージシャン/ソングライター兼プロデューサーの1人。1986年4月、ロンドンのドミニオン劇場で初演されたウェストエンド・ミュージカル『タイム』は、SFとロック・ミュージック、そして時代を先取りした特殊効果とマルチメディアとを融合。ローレンス・オリヴィエ卿やクリフ・リチャードら、豪華キャストが集結した同作は、興行成績の新記録を樹立し、2年間の上演で百万人以上の観客を動員した。
また、有名スターが勢揃いした同ミュージカルの記念コンセプト・アルバムは、数百万枚の売り上げを達成。同アルバムの収録曲として、デイヴがフレディに1曲歌ってもらいたい(「In My Defence」)と構想を練っていた際、音楽業界の否定論者達は、フレディが首を縦に振ることはないだろうと主張していた。しかしながらフレディは、1985年10月、当時拠点としていたドイツのミュンヘンからロンドンに飛び、アビィ・ロード・スタジオでレコーディングを行うことに同意した。
デイヴのセッション・ミュージシャン・バンドは、4人組という最小限の編成。そのうちピアノを担当したマイク・モーランは、デイヴとは旧知の間柄で、それまで面識のなかったフレディにこの時初めて紹介された。これをきっかけに、彼とクイーンのフロントマンであるフレディとのコラボ関係が始まり、やがて2人は『Barcelona』を共作するに至る。この“タイム・セッション”は、真夜中に、フレディの専属シェフを務めていたジョー・ファネリが振る舞う「極上の料理と、ウォッカとクリスタル・シャンパン」を存分に味わいながら録音されたもの。その時のレコーディング・セッションについて、デイヴ・クラークは次のように語っている。「僕らはものすごくウマが合ったんだ……何か気に入らないことがあれば、僕はハッキリそう言ったし、彼も同じだった……お互い、目指すところが同じだったんだよ。つまり、何か特別なものを作るってことだね」。
「何か他に曲はあるか?」とフレディから尋ねられたデイヴは、「ある」と答え、このミュージカルの表題曲「Time」を提供。1986年1月、彼らは同曲を録音するため、素晴らしい才能に溢れたミュージシャン達と共に、再びアビイ・ロード・スタジオに入った。デイヴはこの曲をジョン・クリスティと共作したのだが、「歳月人を待たず」という歌詞の一節が、後にどれほど当を得るものとなるのか、当時の彼らは知る由もなかった。
リズム・トラックを土台に開始されたこのセッションでは、48トラックのバッキング・ヴォーカル(フレディに加え、ジョン・クリスティとピーター・ストレイカーが担当)を録音。24トラックのテープ・レコーダーを2台同期させて行われたのだが、アビイ・ロードでこれほどの量のバッキング・ヴォーカルが録音されたのは、それが初めてであった。そして「Time」の最終的なヴァージョンは、96トラックから成る壮大な楽曲として完成した。 その曲のビデオは、とある火曜日、ドミニオン劇場で3時間かけて撮影。同じ日の夕刻にミュージカル『タイム』の公演本番が控えていたため、撮影は短時間で完了した。
ミュージカルは同月の初めより既に上演が始まっており、舞台初日にはフレディも観劇に訪れている。パフォーマンス全体を完全に収められるかどうか危惧されたことから、撮影には4台のカメラを使用。その週に英国の人気音楽テレビ番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』で放送するため、映像は即座に編集された。この曲のシングルは、同年5月6日にリリース。ミュージック・ビデオは、撮影に用いられたオリジナルの35mmフィルムではなく、ビデオ・テープに記録され、オリジナルの映像は貴重品保管庫行きとなった。
それから33年……96トラックから1トラックへ
デイヴ・クラークの脳裏には、1986年にアビイ・ロード・スタジオで行われたフレディ・マーキュリーのパフォーマンスが常に焼き付いていた。オリジナル・ヴァージョンは何百万枚もの売り上げを達成し、彼自身の言葉を借りれば、確かに「うまくいった」。しかし、最初のリハーサルで経験した「鳥肌が立つ」思いは、何十年もの歳月を経ても、決して消えることがなかったのである。そのため彼は、最初のレコーディング音源を、つまりフレディのヴォーカルとマイク・モーランのピアノのみが入っているヴァージョンを聴きたいと考えていた。分厚いバッキング・ヴォーカルが全く含まれていないヴァージョンを見つけ出そうと、貴重品保管庫を捜索し続けた結果、2018年春、自身のテープ・アーカイブの中から遂にそれを発見したのである。
「不可能を可能にする」と固く信じていたデイヴは、この歴史的パフォーマンスが持つ莫大な可能性を取り戻そうと、オリジナルのキーボード奏者マイク・モーランの参加を仰ぎ、バッキンガムシャーにある彼のスタジオで、新たにピアノ・トラックをレコーディング。遂には、彼が長年復活させたいと願ってきたパフォーマンスのプロデュースに成功した。 96トラックのバッキング・ヴォーカルに彩られていたヴァージョンを、ただ1つの、つまりフレディ・マーキュリーのトラック・ヴォーカルのみが入ったヴァージョンに戻したのである。
また、オーディオ(音源)にはヴィジュアル(映像)が必要となったが、デイヴは単に、昔の映像を編集するに留めたくはないと考えていた。彼の手元にあったのは、前述のカメラ4台で撮影された映像のネガと、2014年にデイヴのドキュメンタリー番組『Glad All Over: The Dave Clark Five & Beyond』が制作された際、パインウッド・スタジオのランク・フィルム現像所に一時保管された後、彼の手元に戻された未現像フィルムだった。
デイヴは編集者と共に4日間、特別な施設に閉じこもり、それらのネガをじっくり眺めて検証。その結果、「魔法のようなパフォーマンス……歌詞の一言一句を噛み締め、味わっていた」というフレディの姿が完璧に表現されている映像の発見と、傑作ビデオの制作に繋がったのである。
「Time Waits For No One」は、フレディ・マーキュリーの持つ音楽的な力に対し、敬意を捧げている曲だ。そのパフォーマンス、ドラマ性、そして声域。30年間以上、密かに出番を待っていた音源が、今回遂に、新旧両ファンの前に全貌を表す。これは、クイーンのフロントマンの親しい友人の1人がプロデュースと監督を手掛け、彼に捧げた、素晴らしい追悼の賛辞である。
フレディ・マーキュリー「Time Waits For No One」
2019年6月20日発売
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