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ルイ・アームストロング生前最後のライヴ盤が発売。海外ミュージアム責任者が語るその重要性
史上最も影響力のあるミュージシャンの一人であるルイ・アームストロング(Louis Armstrong)。
1968年7月2日にBBCにて録音された生前最後のパフォーマンスを収録したライヴ盤『Louis In London (Live At The BBC)(この素晴らしき世界~ルイ・イン・ロンドン・ライヴ・アット・ザ・BBC)』が2024年7月12日に発売となった。
このアルバムについて、音楽ライターの原田和典さんに解説いただき、合わせてルイ・アームストロングの多くの著作を出版し、ルイ・アームストロング・ハウス・ミュージアムの研究コレクション責任者も務めるリッキー・リカルディのインタビューを掲載します。
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生前最後のパフォーマンスの内容
これは尊い音源の登場だ。すべてのジャズ・ピープルの父親的存在であり、史上最も影響力のあるミュージシャンのひとりに数えられるルイ・アームストロングが刻んだ、内容・音質共に極上のライヴ・レコーディングが陽の目を見る。タイトルは『Louis In London (Live At The BBC)』。
収録は1968年7月、つまりキャリアの最末期にあたる。それをきいて「えっ、1968年?」と、当初、少し気持ちが曇ったのは正直なところだ。というのは晩年のルイはトランペット演奏のテンションを落としているように感じられて、とくにライヴ録音などに接すると、こちらが勝手に「苦しそうだな」とか「最後まで保ってくれるだろうか」などとハラハラさせられることも少なくなかったからだ。が、この1968年録音での、ピンと伸びた輝かしいトランペットの音には嬉し涙を呼び起こす魅力がある。別に何コーラスも吹きまくっているわけではないが、限られたスペースに、豊かなトーンとフレーズをしっかり注ぎ込んでいる。
バンドはもちろん、彼が40年代後半から率いる6人編成の“ルイ・アームストロング・オールスターズ”。歴代メンバーにはアール・ハインズ、ジャック・ティーガーデン、バーニー・ビガード、シドニー・カトレット、ミルト・ヒントンなど目玉が飛び出るような巨星がおり、トラミー・ヤングやエドモンド・ホールが名人芸を聴かせた時期もある。
その点、1968年当時のメンバーはいささか知名度に難はあるかもしれないが、聴けば凄腕揃いということがわかる。デューク・エリントン楽団で頭角を現し、自身のグループでは若きエルヴィン・ジョーンズを起用していたこともあるタイリー・グレン(tb, vo)、「Washington Square(ワシントン広場の夜は更けて)」が大ヒットした“ヴィレッジ・ストンパーズ”の元メンバーで音楽評論家としての一面もあったジョー・マレイニー(cl)、クインシー・ジョーンズ楽団やカウント・ベイシー楽団でも活動したバディ・カトレット(b)の参加は、明らかにオールスターズの音楽にモダンな風味を持ち込んでいる。
ルイはこの録音のテープのコピーを、来客のたびに再生したという。オープン・リールの箱の外側にルイ自身が「FOR THE FANS」とメモを張り付けた、いわくつきの音源『Louis In London (Live At The BBC)』について、ルイ・アームストロングの伝記作家としていくつもの著書やライナーノーツを手掛けるとともに、ルイ・アームストロング・ハウス・ミュージアムの研究コレクション責任者も務めるリッキー・リカルディ氏に話をうかがった。同アルバムの内容がどうして出色なのか、これを読めばたちどころにわかる。
「もし新作として出せるのだとしたらこれだ」
–– ルイ・アームストロング自身が世界のファンに聴いてほしいと願っていた音源が、ついに公になりました。
このロンドン・レコーディングの数ヶ月後にルイは入院し、医者から「もう2度と演奏できないかもしれない」という宣告を受けました。それは彼にとって本当に悲しいことでした。退院して、この音源を聴いたときに、歌も演奏も本当に絶好調で、すごく楽しんでプレイしていると自身でも感じたのだと思います。「この姿を皆に覚えていてほしい、もし新作として出せるのだとしたらこれだ」と思ったからこそ、皆さまに聴いてもらいたいと思っていたのでしょうね。
–– 退院後の1971年に出演したテレビ番組で、ルイがこのロンドン録音を新作として出す予定であると語っていた…ということも、リッキーさんのライナーノーツに記されています。
確かに1971年には、ロンドン公演の9曲が『Louis Armstrong’s Greatest Hits Recorded Live』というタイトルで出る予定でした。プロデューサーのクレジットもルイ自身が受け持ったのですが、この年の7月に亡くなったことで、結果的に実現しなかったのです。発売されていたら彼の生涯最後のアルバムになっていたでしょうね。今回のアルバム化にあたっては、そこに収録が予定されていなかった曲も追加されています。
–– 「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」は2度スタジオ収録されていますが、それらにはレコーディング用のメンバーが加わっていました。しかしここでは、当時のレギュラー・バンドによる、ストリングス等が入らない形でのパフォーマンスを味わうことができます。しかもイギリスでこの曲が大ヒットしていた、まさにその時の記録です。
アメリカでの「What a Wonderful World」の発売元はABCパラマウント・レコードでしたが、「Hello, Dolly!」のような人気曲にはならないだろうと予想して、最初からプロモーションをしていませんでした。しかし、海外では関係なく、イギリスでも、アフリカでも、日本でも多くの人々に親しまれました。1968年4月にはUKのヒットチャートでナンバーワンになったこともあって、このアルバムに入っているツアーがセッティングされました。ビートルズやローリング・ストーンズやジミ・ヘンドリックスが全盛のころに、ルイ・アームストロングが支持されたんです。
当時はエレクトリック・ギターをかき鳴らすロック・ミュージックが全盛の時代でしたが、ルイが心から表現する「What a Wonderful World」が持っているタイムレスな言葉、歌声に曲に多くの人々が反応したのだと思います。明るい未来を歌うメッセージが広く届いたのでしょうね。つまり彼の音楽には、それほど時代や世代を超えた魅力があるのです。
ルイとロンドンのファン
–– ルイがロンドンを初めて訪れたのは・・・
1932年のことで、1934年までの間に何度も演奏しています。その次の公演はイギリスのユニオン(音楽家組合)の都合もあって、かなり間があいて、1956年6月になるのですが、それ以降はまた熱狂的に受け入れられました。ハンフリー・リトルトンなど数々の英国のミュージシャンにも影響を与えましたし、ジャズの中の本当に大きなヒーローとして親しまれていましたね。しかもこのアルバムに収められているコンサートは、楽曲がナンバーワンになった直後の、ルイとロンドンのファンとの相思相愛ぶりが感じられる、本当にいい時期の記録なんです。
当時の彼らのツアーは過酷なワン・ナイトの公演(一夜演奏したら、次の街に移動して、また一夜演奏する)が中心でしたが、ロンドンには1ヶ月ほど滞在していましたから、ルイ自体もすごく落ち着いて、リラックスしてパフォーマンスできたのだと思います。
また、トランペットの演奏についてですが、彼は1965年に歯の手術を受けたことにより、しばらくトランペットを吹くことに困難を覚えるようになっていましたが、1668年にはようやくコンディションを取り戻し、素晴らしい演奏をしています。『Louis In London (Live At The BBC)』はここ数年来の最高のパフォーマンスのひとつでしょう。
ライブの選曲
–– 選曲も、今となっては集大成的に感じられるというか、音楽人生の一つのまとめに入っているかのようです。
「Ole Miss」は1916年のニューオリンズで、若き日のルイが演奏していた曲です。「When It’s Sleepy Time Down South(南部の夕暮れ)」は1931年から演奏していますし、「Blueberry Hill」は1949年のヒットです。そう考えると、ニューオリンズでコンボで演奏していた時代の曲もビッグバンド時代の曲もありますし、伝統的なジャズの曲もあれば「Hello, Dolly!」もありますし、まさに50数年間にわたって彼が積み重ねてきたキャリアを統括したような選曲です。“これが私の人生だ”と語りかけているような内容だと思います。
–– リッキーさんのお気に入りのトラックを一つあげるとしたら、どの曲でしょうか?
ひとつを挙げるのはとても難しいですが、「Hello, Dolly!」でしょうか。1968年7月の時点でもう4年間、おそらく300回は演奏しているはずですが、まるで初めて取り組んでいるかのようなフレッシュな感じがありますし、何度も繰り返すエンディングの部分では観客の笑いや拍手を受けながら、でも新鮮さを忘れずにプレイしている点が印象に残りますね。
–– 日本でもルイ・アームストロングの人気は衰えることを知りません。ルイと日本に関するエピソードがあれば教えていただけますか?
ルイは1953年の年末に初来日し、1963年と1964年にも日本を訪れていますが、どこに行ってもファンにもみくちゃにされるほどの人気者でした。よく本人が語っていた日本公演のエピソードは、「最初、とても静かなオーディエンスだった」ということ。それはリスペクトの表れでもあったのですが、ルイたちが盛り上げに盛り上げたところ、最後はお客さんもみんな立ち上がって大歓声で足を踏み鳴らした。「ジャズ好きは、どの国でも一緒なんだな」と思ったそうです。
ルイは日本のファンのことを愛していましたし、60年代にはクラリネット奏者のジョージ・ルイスも来日していますよね(※1963、64、65年と連続で訪れた)。ニューオリンズのジャズが愛される土壌が日本にはあったのだと思います。
–– ルイ・アームストロングのオーソリティであるリッキーさんにとって、彼の最大の魅力は?
“人そのもの”が伝わってくるところでしょうか。ほんのちょっと、トランペットや歌を聴いただけで、“ルイ・アームストロングだ”とわかるでしょう? そして、気分を高めてくれます。それはどの国の、どんな人種だろうと同じだと思います。つらくて、落ち込んでいる時も、彼の音楽は高揚させてくれる。亡くなって50年以上が経ちますが、だからこそ聴き続けられているのではないかと私は考えます。
『Louis In London (Live At The BBC)』は、ルイのラスト・コンサートのひとつであり、多くの皆さまに親しまれ、愛されている曲を演奏しています。いわゆるヒット曲だけを知っているファンにも、入門者にもお勧めですし、“ほとんどの音源を持っているよ”というにストロングなファンにとっても初めて聴くような瞬間が収められていると思います。
Interviewed by 原田和典 / Translator 丸山京子
ルイ・アームストロング『Louis In London (Live At The BBC)』
2024年7月12日リリース
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
収録曲目:
1.南部の夕暮れ When It’s Sleepy Time Down South
2.インディアナ Indiana
3.夢を描くキッス A Kiss To Build a Dream On
4.ハロー・ドーリー! Hello, Dolly!
5.メイム Mame
6.ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン You’ll Never Walk Alone
7.オール・ミス Ole Miss
8.ブルーベリー・ヒル Blueberry Hill
9.マック・ザ・ナイフ Mack The Knife
10.ロッキン・チェア Rockin’ Chair
11.ザ・ベアー・ネセシティ The Bare Necessities
12.この素晴らしき世界 What a Wonderful World
13.聖者の行進 When The Saints Go Marching In
〈パーソネル〉
ルイ・アームストロング(tp, vo)、タイリー・グレン(tb, vo)、ジョー・マレイニー(cl)、マーティ・ナポレオン(p)、バディ・カトレット(b)、ダニー・バルセロナ(ds)
★1968年7月2日、英・ロンドンBBCにて録音
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