活動開始から最初の10年間、厳しい環境下で苦戦を強いられることに慣れていたR.E.M.。『Murmer』や『Reckoning』『Fables Of The Reconstruction』といった、時代を超越しつつも謎めいている初期のアルバム群は、熱烈なファン層を夢中にさせてきたが、その一方、 メインストリームに受け入れられる寸前に至るまでには、『Lifes Rich Pagreant』『Document』『Green』といった、切迫感溢れる力強い三連作の影響が必要だった。
彼らのキャリアがこの段階に至るまでに、多芸多才なこの4人組は、好きになっても問題のない、品格と誠実さを備えたオルタナ・ロック界のヒーローとして受け止められていた。だが、マルチ・ミリオンの売り上げを記録した1991年の『Out Of Time』と92年の『Automatic For The People』のダブルパンチで、バンドは正真正銘の世界的スーパースターへと、羨ましいほど滑らかな移行を成し遂げる。
意志の弱いバンドなら、このような岐路で身を持ち崩し、酒やドラッグに溺れ、潰れてしまっていたかもしれない。だがその代わりに効力を発したのが、R.E.M.が培ってきた労働倫理であり、おかげで彼らが焦点を見失うことは決してなかった。『Automatic For The People』のプロモーション義務を一通り果たした後、4人のメンバーはメキシコのリゾート・タウン、アカプルコに向かい、4日間に渡って腰を据えてミーティングを行って、次作の方向性について話し合った。
『Out Of Time』も『Automatic…』も素晴らしいアルバムだったが、両作共に、アコースティックを基調にした内省的な楽曲が中心となっていた。メキシコ滞在中に、メンバー4人はあるコンセンサスに達する。R.E.M.は次のアルバムで、ギタリストのピーター・バックがNME誌に語っていた通り、「非常にノイジーな」ロックンロール・アルバムの制作に立ち返り、1988年の『Green』の時に1年間に渡るツアーを行って以来となる、久しぶりのアルバム・ツアーに出よう、と。
バンドの前2作とは異なり、『Monster』のセッションは、異常なほど波乱に満ちたものとなった。ビル・ベリーとマイク・ミルズが病に襲われたこと。マイケル・スタイプが歯の膿瘍を患い、マイアミのクリテリア・スタジオへの移動直後に緊急治療を受けたこと。またスタイプの個人的な友人であるリヴァー・フェニックスとニルヴァーナのフロントマンだったカート・コバーンの2人が死去し、バンド全体が衝撃を受けたこと。特にカートの死にスタイプは大きな打撃を受け、それにインスピレーションを得て書かれたのが、『Monster』の中で最も強烈かつ陰鬱な葬送の追悼曲「Let Me In」だった。
1994年夏、LAで最終的なミキシング・セッションを終えた後、『Monster』のリリースは10月に決まった。そしてバンドは、新作の内容を知る上での手掛かりを人々に伝えるため、発売に先立つインタビューを幾つか行っている。マイク・ミルズはタイム誌の特集記事の中で、新作は『Automatic For The People』とは全く異なるものになるだろうと強調。「これまでのアルバムで、僕らはアコースティックな楽器を追求し、ピアノやマンドリンの使用を試みてきた」と語ったミルズは、さらにこう付け加えている。「そして人は、デカい音でエレキ・ギターを鳴らしてこそ、音楽を何より楽しめるんだっていう事実に立ち返るんだよね」。
『Monster』を牽引していたのが、最も強力なトラックの1つであるグランジ調のアンセミックな「What’s The Frequency, Kenneth?」だ。この曲題は、1986年にニューヨークで起きた事件からスタイプが取ったもので、CBSテレビ『イヴニング・ニュース』の司会者ダン・ラザーが見知らぬ暴漢に激しい暴行を受けた際に、犯人がダンを殴りながら「ケネス、周波数は幾つだ?」という言葉を繰り返していたと言われている。元キャバレー・ヴォルテールの映像作家ピーター・ケアが監督した印象的なプロモ・ビデオでは、剃りあげた新ヘアスタイルをスタイプが誇示。この「…Keneth」は、全米シングル・チャートで21位、全英チャートで9位のヒットとなり、バンドにとって最も人気の高い、そしてライヴで最も頻繁に演奏される定番曲となった。
1994年10月27日にリリースされた『Monster』は、ミルズがかねてから仄めかしていた通り、エレクトリックな楽器によるロックンロール作品となった。オーバーダブは最小限に抑え、ヘヴィなディストーションを掛けたギターがふんだんに盛り込まれた同作は、「I Took Your Name」「Star 69」や、妖しげなTレックス風の「Crush With Eyeliner」等、威勢の良い外向きのガレージ・ロック・ナンバーが中心。マイケル・スタイプが手掛けた歌詞(ほぼ全曲がキャラクターに仮託して書かれている)は、その殆どがセレブの特性を題材にしたものとなっている。それはR.E.M.がこの当時、非常に間近で取り組まなくてはならなくなっていた問題であった。
本作のリリースから10年後に、高い賞賛を受けたアンソロジー集『In Time: The Best Of R.E.M. 1988-2003』が発売された際、本作から収録されたのは「What’s The Frequency, Kenneth?」のみであった。そのことから考えても、このアルバムに対するバンドの気持ちは、年月を重ねるにつれて冷めてきたことが分かる。ダンサブルな「King Of Comedy」等の曲は、今では古臭く聞こえるかもしれないが、それでも『Monster』には、過小評価されている隠れた名曲が幾つか含まれている。もしかしたら、本作のハイオク・ギター・ポップの大半とは相容れないかもしれないが、穏やかな「Strange Currencies」や、光り揺らめくソウル調の「Tongue」(非常に胸を打つファルセットをスタイプが珍しく披露)は、これらを聴くだけでも料金を払う価値があり、このバンドの輝かしい名曲の数々に匹敵するのは間違いない。
『Out Of Time』や『Automatic For The People』同様の、成層圏を突き抜けるような成功の再現とはならなかったかもしれないが、『Monster』も大当たりのアルバムとなった。全米チャートでは名誉ある初登場1位を獲得、最終的には北米で400万枚の売り上げを記録した他、発売初週にチャート1位を獲得したカナダや英国を含む世界各国でも、やはりマルチ・プラチナを達成している。