その新作『Made In Heaven』が発表されたのは、1995年11月6日。そこに収録されているのは、1980年から1995年の間に生まれた曲や素材から、細心の注意を払って編集を施した13曲だ。この中には、フレディ・マーキュリーが晩年にマウンテン・スタジオで録音した音源を元に、彼の死後、アラートン・ヒルや、ロスフォード・ミル、そしてメトロポリス・スタジオで追加レコーディングを行った曲も含まれている。利用可能なフレディ・マーキュリーの様々なヴォーカルに、新たな演奏が重ねられた。自らの死期が近づいていることを悟っていたフレディ・マーキュリーが、後々の使用のためにと、スイスで録音に取り組んでいた素材もある。ブライアン・メイによれば、彼は他のメンバーに「数時間ならスタジオに入れるよ」と伝えていたとのこと。「僕らとしては、とにかく出来るだけ彼を活かすつもりだった。彼は僕らにこう言っていたんだ、『何でも歌わせてくれ、何でも僕に書いてくれ。そしたら僕はそれを歌い、できる限りたくさんのものを君達に残していくから』ってね」。
フレディ・マーキュリーの死後、ブライアン・メイがソロ・アルバム『Back To The Light』のツアーを行っている間、ジョン・ディーコンとロジャー・テイラーは本作の土台を組み立てようとセッションを行ったものの、どうもしっくりこないと判断。全てを一旦白紙に戻し、信頼するデイヴ・リチャーズの助けを借りながら、3人が揃った時点でゼロからやり直すことにした。そこから生まれたのは、クイーンの最高傑作に匹敵するとブライアン・メイが見なす、“好きだから作った作品”であり、感傷を斟酌したとしても、『Made In Heaven』は一貫性のあるアルバムに仕上がっている。
本作を幕開けるのは「It’s A Beautiful Day」で、これは1980年にミュンヘンのミュージックランドで行ったフレディ・マーキュリーの即興演奏が元になっている。シンプルでオプティミスティックなこの曲には、ジョン・ディーコンが手掛けたクラシック音楽風の響きが加えられおり、新作を購入したクイーン・ファンが抱いていた不安の大部分を、この美しい曲が取り除いてくれた。
「Made In Heaven」は、フレディ・マーキュリーのソロ・アルバム『Mr. Bad Guy』に収録されていた同曲を作り直したもので、今作のヴァージョンで初めてクイーンの他のメンバーが演奏に参加。ソロ・アルバムの音源からヴォーカルのみを分離し、そこにロジャー・テイラー、ジョン・ディーコン、ブライアン・メイが、クイーン印のサウンドを全力全開で放っている。
ロック・バラード「Let Me Live」は、元々アルバム『The Works』の収録候補曲だったため、そのまま殆ど手を加えることなく使える状態にあった。伝えられるところによれば、当初ロッド・スチュワートにこれを歌ってもらおうということになり、ロッド・スチュワートとジェフ・ベックが初期のセッションに顔を出し、この曲を試しにやってみたらしいとも言われている。今回の新ヴァージョンでは更に、ブライアン・メイ・バンドのキャサリン・ポーターや南アフリカ出身のミリアム・ストックリーら4人の歌手がバッキング・ヴォーカルを務め、美しい声の層を添えている。
「Mother Love」は極めて意義深い曲だ。というのも、フレディ・マーキュリーとブライアン・メイが一緒に書いた最後の曲であると同時に、1991年5月に録音された、フレディ・マーキュリーによる生前最後の歌声が含まれているからである。体調が思わしくなかったフレディ・マーキュリーが、自身の担当パートを録音し終えなかったため、最後のヴァース部分はブライアン・メイがヴォーカルを担当。また終盤には、クイーンが1986年に行ったウェンブリー・スタジアム公演での観客の歓声と歌声、「One Vision」と「Tie Your Mother Down」のイントロ部分の抜粋、そしてゴフィン&キング作の名曲「Goin’ Back」のカヴァーのサンプリングが新たに加えられている。その「Goin’ Back」は、フレディ・マーキュリーがラリー・ルーレックス名義で1972年にリリースしたシングル「I Can Hear Music」のB面に収録されていたものだ。
ジョン・ディーコンの「My Life Has Been Saved」は、元々シングル「Scandal」のB面に収録されていた曲。しかし本作ではバンド・アレンジが異なっており、ジョン・ディーコンが更にギターとキーボードを足して、曲を完成させている。
「I Was Born To Love You(邦題:ボーン・トゥ・ラヴ・ユー)」は、ソロ・アルバム『Mr. Bad Guy』のシングルとしてフレディ・マーキュリーが1984年にレコーディングした同曲を、進化させた新ヴァージョンだ。残されたクイーンの3人は、これをリミックスの形で使用。バンド・パートの他、「A Kind Of Magic」とフレディ・マーキュリーのソロ「Living On My Own」の両曲から、フレディ・マーキュリーのアドリブ部分をサンプリングして加えた。
シンセサイザーを用いていなかった初期のアルバム制作法(その方をファンは望んでいると、クイーンは知っていた)にこだわり、その枠組みの中で各メンバーが自らの役割を発揮。ロジャー・テイラーの「Heaven For Everyone」は、そのフォーマットに完璧に合致していた。ロジャー・テイラーのサイド・プロジェクトであるザ・クロスがアルバム『Shove It』をリリースした際、フレディ・マーキュリーがゲスト・ヴォーカルとして参加していた本曲は、その時も十分な力強さを備えていたが、今回クイーン3人の手厚い取り扱いにより、一層高らかに羽ばたいている。1995年10月に先行シングルとしてリリースされると、全英2位を記録。その1ヵ月後に発売されるアルバムへの期待を煽っただけでなく、20万枚以上のセールスを上げ、クイーンにシルバー・ディスクをもたらした。
ブライアン・メイが手掛けた「Too Much Love Will Kill You」は、フレディ・マーキュリーにとってだけでなく(とは言っても、彼を念頭に置いて書かれたわけではないため、結果論ではあるが)、ブライアン・メイ自身にとってもまた、明らかに個人的な言外の意味を含みつつも、同時に普遍性を有した曲である。クイーンの曲の中でも特に切々とした情熱の込められた曲で、『The Miracle』の収録曲候補にも上がっていた。 これをブライアン・メイと共作したフランク・マスカーとエリザベス・ラマーズは、ブライアン・メイのソロ・アルバム『Back To The Light』(1992年)及びソロ・シングルとして発表されていた本曲を、クイーンの作品で復活させることに同意。1997年にはアイヴァー・ノヴェロ賞の<最優秀作詞・作曲部門>で受賞を果たし、ファンの間では絶大な人気を博している。
「You Don’t Fool Me」は、プロデューサーのデイヴ・リチャーズの功績の賜物と呼ぶべきだろう。彼は、フレディ・マーキュリーが残した複数の異なる曲の歌詞/ヴォーカルの録音テープから断片を組み合わせ、長い時間をかけて再構築。『Made In Heaven』に収録するための新たな曲の骨組みとして、3人に提示した。ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコンは、彼らのかつての嗜好を復元しながら、これを印象的な曲に仕上げている。
アナログ通常盤のフィナーレを飾るのは「It’s A Beautiful Day」のリプリーズと、「Yeah」と題された(ほんの数秒の)ヴォーカル・マントラだ。CDには隠しトラックとして「Track 13」を収録。これはループとアンビエントなセグエから成る楽曲で、恐らくはザ・ビートルズの未発表(だがブートレグ化された)曲「Carnival Of Light」の影響を受けたのではないだろうか。
人生、愛、美——そういった数多くのポジティヴなテーマが展開されている『Made In Heaven』は、誰も予想できなかったほど優れたアルバムとなった。伝統的なクイーンの全要素、つまり聖歌隊風のヴォーカル、エンジン全開のフレディ・マーキュリー、そしてグラム・ロックで闊歩し、実験を怖れないバンドの姿がそこにある。セールス的には、英国、ドイツ、イタリアを含む9カ国のチャートで首位を獲得。米国では再びゴールド・ディスクを獲得し、英本国ではクワッド・プラチナの認定を受けた。
発表から20余年を経た今、『Made In Heaven』は、“しなければならなかったこと”を実直に形にした作品のように聴こえる。それによってブライアン・メイ、ジョン・ディーコン、ロジャー・テイラーの3人は、抱えていた感情を解き放ち、将来への展望を取り戻すことが出来るようになったのだ。遥か昔、スマイルを出発点として始まったものは、思いも寄らない事態でほろ苦い幕切れを迎えた。だが涙を拭いた後、人生は続いていくのである。フレディ・マーキュリーが「この世の夢を、その手のひらに載せて」と歌っていたように。