1973年4月にリリースされた『Catch A Fire』は、ザ・ビートルズのファースト・アルバム『Please Please Me』が60年代のポップとロックに与えたのと同様の影響をレゲエに与えた。これは、長く語り継がれる文化的意義を持ち、最高のタイミングでリリースされた革命的特質を持つアルバムだ。『Catch A Fire』は、世界初、そして唯一となるレゲエ・スーパースターのキャリアの基盤を作り、ジャマイカのディープなルーツ・ミュージックと、第一世界の商業的メインストリーム・ポップの強固な橋渡しとなった。同アルバムのリリースにより、レゲエが世界的ステージで「引火」しはじめたのである。
『Catch A Fire』は、ボブ・マーリーをカリブの祖国を越え、世界に紹介した作品だが、これが彼のファースト・アルバムではない。それどころか、これはボブ・マーリーのアルバムですらない。『Catch A Fire』は、ザ・ウェイラーズ(The Wailers)というシンプルな名前のグループによる5枚目のアルバムだ(*訳注:日本ではボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ名義で表記)。同アルバムがリリースされるまで、彼らはジャマイカで10年以上コンサートやレコーディングを続けていた。
1970年代初頭、ボブ・マーリーが登場する以前のイギリスやアメリカで、ジャマイカの音楽がいかに未知の存在であったかについては、説明するのが難しいほどだ。レゲエの歴史は、レゲエの先祖ともいえるスカ、ブルービートやメントを含めて豊かで多様だが、レゲエ楽曲がジャマイカの外でチャートに入るのはごく稀なことだった。残念なことに、イギリスにおいてレゲエは、ブーツを履いたスキンヘッズ集団や、マックス・ロメオの猥褻な(そして放送禁止となった)トップ10ヒット「Wet Dream」と結びつけられていた。アメリカでは、ニール・ダイアモンド(「Red Red Wine」)やジョニー・ナッシュ(「Hold Me Tight」)といったアメリカ人アーティストが、レゲエ/ロックステディの伝統の上澄みだけをすくった楽曲を時折ヒットさせていた。
しかし、そんな状況も変わろうとしていた。ジミー・クリフが主演した映画『ハーダー・ゼイ・カム(原題:The Harder They Come)』が、ジミー・クリフやデスモンド・デッカーによるレゲエ楽曲を収録したサウンドトラックとともに1972年のヴェネツィア国際映画祭で披露され、世界的なロングラン・ヒットとなったのだ。そして同年の後半、ジョニー・ナッシュはボブ・マーリーの「Stir It Up」をカヴァーし、イギリスとアメリカでトップ15に入るヒットを記録した。ジョニー・ナッシュは、1972年に行われた自身のUKツアーにザ・ウェイラーズを前座として抜擢。ザ・ウェイラーズはイギリスでクリス・ブラックウェルと出会い、アイランド・レコードとアルバム契約を結んだ。
ザ・ウェイラーズは、『Catch A Fire』を、キングストンでレコーディングした。8トラック・スタジオを3つ使ったという。それまでのレコーディングとは違い、楽曲を納得いくまで仕上げるだけの予算があったのだ。アルバム中の7曲はボブ・マーリー、2曲はグループ内にいるもう1人のシンガー/リード・ギタリストのピーター・トッシュが作り、アルバムのプロデュースはボブ・マーリーが手掛けた。しかし、ボブ・マーリーがロンドンに戻り、マスターテープを引き渡すと、クリス・ブラックウェルはその出来に満足せず、すぐさまプロデューサー役を取って代った。クリス・ブラックウェルはセッション・ギタリストであるウェイン・パーキンスの演奏をオーバーダブで加え、アレンジやミックスに手を加え、ベースが強すぎるところを和らげた。彼は、バンドのルーツに忠実でありながらも、当時のメインストリーム・ロック・マーケットでも通用するよう、サウンドを整えたのだ。
こうして完成したのが、ジャマイカの強い日差しを浴びたようにゆったりとしたソウルフルなグルーヴを持ちながら、コイルばねのように引き締まったアルバムだ。ベースとドラムはアストン・“ファミリー・マン”・バレットと弟のカールトン・バレットがそれぞれ務め、これらがスタッカートで引っ搔いたようなボブ・マーリーの特徴的なリズム・ギターと溶け合っている。こうして作られた魅力的なリズム・セクションは、ザ・ウェイラーズを初めて聴くリスナーの大半を驚かせた。加えて、極めて複雑なヴォーカル・パートもリスナーの度肝を抜いた。忘れられがちなことだが、ザ・ウェイラーズはヴォーカル・グループとしてスタートした。ここではリタ・マーリー(ボブの妻)とマーシャ・グリフィスのヴォーカル・サポートを加えながら、パーカッション奏者のバニー・ウェイラーを含めたバンド・メンバーは、「Stop That Train」や「Baby We’ve Got A Date (Rock It Baby)」といった曲で、ボブ・マーリーとトッシュのメロディ・ラインの周りにヴォーカル・パート対比させ、豊かなハーモニーを紡いだ。キーボードはジョン・“ラビット”・バンドリックが担当。オルガン、クラヴィネットで音的風景が完成し、現代的な電子的エフェクトも加わった。
これは、二面性を持ったアルバムだ。文字通り、アルバムにはA面、B面の二面が存在した。当時はレコード盤のみが、商業的に普及していた唯一のフォーマットだったのだ。しかしそれと同時に、歌詞の内容にも二面性があった。ゲットーからの苦悶の叫びと、何か他のものを追い求める若い男性の叫びの間で、ほぼ均等に二分されていた。アルバム中で最も根強い人気を誇る「Stir It Up」(既にジョニー・ナッシュのカヴァー・ヴァージョンがヒットしていた)に続く楽曲は、さらに性的な露骨さを増した「Kinky Reggae」だ。同曲の中で、ミス・ブラウンはブラウンシュガーのように甘やかな「ブーガ・ウーガ」を持っていると歌われている。
1965年にリリースされたザ・ウェイラーズのファースト・アルバム『The Wailing Wailers』のジャケットには、主要メンバー3人(バニー・ウェイラー、ボブ・マーリー、ピーター・トッシュ)の写真が掲載されている。「ジャマイカで話題の一流ヴォーカル・グループ」という宣伝文句の上に写る3人は、タキシードに蝶ネクタイ姿でお洒落していた。しかし、グループが1973年5月1日に『The Old Grey Whistle Test』でイギリスにおける初のテレビ出演を果たした時、彼らの服装は変わっていた。ブルーの作業シャツに身を包んだボブ・マーリーは目をきつく閉じており、まるで若きメサイア(救世主)のように見えた。彼の両脇には、パーカッションのバニー・ウェイラーと、ピーター・トッシュがいた。ピーター・トッシュはラスタカラーのビーニー・ハットを被り、大物ロッカー的なサングラスをかけ、ワウワウ音のエフェクトを最大限に使いながらリード・ギターを弾いていた。その脇を固めていたのが、キーボード奏者のアール・リンドと、バレット兄弟による堅強なリズム・セクションだ。彼らの織りなす奇妙なまでに軽やかなグルーヴは、イギリスの音楽には先例のないものだった。ザ・ウェイラーズが同番組で「Concrete Jungle」と「Stir It Up」を演奏したことにより、ジャクソン・ブラウン、フォーカス、マンフレッド・マンズ・アース・バンドといった音楽に慣れ親しんでいた視聴者は、新たな音楽世界を知ることとなった。ポピュラー音楽の世界でこうした音楽が紹介されるのは、ごく稀な出来事だったため、ザ・ウェイラーズの同番組出演は、テレビにおける極めて重要な瞬間となった。この前年に、デヴィッド・ボウイが『Top Of The Pops』に初出演し、「Starman」を歌った出来事に似ている。
『Catch A Fire』がジャマイカ発という点は、音楽シーンを注意深く見守る人々全てに大きな衝撃を与えた。しかし同様に、マスマーケットで広く受け入れられるまでには、さらなる時間を要した。信じられないことだが、当時を振り返ってみると、同アルバムはイギリスではチャート圏外、アメリカでも最高171位で終わっている。
『Catch A Fire』を評価する、より適切な指標としては、ローリング・ストーン誌が選ぶオールタイム・ベスト・アルバム500がある。同作は、レゲエ・アルバムとしては最高位にランクインした(126位。ボブ・マーリーの死後にリリースされたコンピレーション・アルバム『Legend』の46位を除いて最高位となった)。しかし、統計的なデータを抜きにしても、ボブ・マーリーが初めて世界リリースしたアルバムの歴史的重要性と、革新的な才気については、誇張して述べるのが難しいほどである。
パンクで揺れる激動のロンドンで録音された後期の重要アルバムにして、アイランド第6作。
1999年にタイム誌により、「20世紀最高の音楽アルバム (the best music album of the 20th century)」に選ばれた本作が40周年を迎える今年6月に3枚組豪華エディションで登場!!
オリジナル・ヴァージョンに加え、長男のジギィ・マーリーがセッション・テープを丹念に精査、これまで使われてこなかったヴォーカルや演奏、聴いたことのない歌詞を含めて再構築した”エクソダス40″をDisc 2に、更には7曲の未発表トラックを含む1977年6月1~4日のロンドン・レインボー・シアターでのエクソダス・ライヴをDisc3に収録。
Exodus[輸入盤][UNIVERSAL MUSIC STORE限定盤][Gold Vinyl][40th Anniversary Limited Edition] 【アナログ】