テイラー・スウィフト「Cruel Summer」ヒットの理由:ファンとの絆が生んだ4年越しのNo.1
2019年に発売されたテイラー・スウィフトのアルバム『LOVER』に収録された発売当時にシングル曲でもない、ミュージック・ビデオも存在しない曲が4年の時を超えて、全米1位を獲得。
ここ日本でも2月の来日公演の盛り上がりを受け、Apple MusicやSpotifyなど総合20位台まで上昇し、洋楽曲として数年ぶりのストリーミングヒットを記録した。日本公演の後に行ったオーストラリア公演の後には、同国チャートで初の1位を獲得している。
この曲がなぜここまで時を超えたヒット曲となったのかを、様々なメディアに寄稿される辰巳JUNKさんに解説いただきました。
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久しぶりの洋楽ヒット
ひさしぶりの洋楽ヒットを、テイラー・スウィフトが飛ばしている。海外女性アーティスト初となる4日連続の東京ドーム公演が話題となった2月初旬以降、冒頭で演奏された「Cruel Summer」の人気が高まっていったのだ。ホリデーソングをのぞけば、キッド・ラロイ&ジャスティン・ビーバー「Stay」以来最大の配信人気とされている。
SNS時代の今、昔の曲がヒットする現象は珍しくない。たとえば、アリアナ・グランデ参加のリミックス版も好評なザ・ウィークエンド「Die For You」は、リリースから6年後、TikTokバズによって全米1位に輝いた。しかしながら「Cruel Summer」の場合、すこし経緯が異なる。復活の裏には、ファンとの絆を象徴するストーリーが隠されているのだ。
Killing me slow, out the window
I’m always waiting for you to be waiting below
死ぬほど苦しい思いをゆっくり味わいながら 窓の外
あなたが下で待っていてくれるのを私はいつも待っている
And it’s new, the shape of your body
It’s blue, the feeling I’ve got
And it’s ooh, woah-oh
It’s a cruel summer
今まで知らなかった あなたの体形
青に染まった 私の気持ち
そして季節は
残酷な夏
「黙示録」と呼んだ2016年の夏
楽曲の内容について説明しよう。テイラーいわく、テーマは「最初から絶望が運命づけられているように感じられる夏の恋」。曲中、恋い焦がれる高揚のみならず苦しみや葛藤にも見舞われていく主人公が、我慢できなくなって自虐気味な告白をして幕を閉じる。
ファンやメディアの見立てでは、テイラー本人が「黙示録」と呼んだ2016年の夏をひとつのベースにしている。このときの彼女は、10年来の宿敵であるラッパー、カニエ・ウェスト(現 Ye)とのバトルが加熱していったことで大バッシングされた時期だった。曲題「Cruel Summer」は、カニエが参加したコンピレーションアルバムのタイトルでもある。
テイラーの楽曲「Dress」を参照すると、その後交際することになる英国俳優ジョー・アルウィンと出逢ったのも、この年のメット・ガラと推測される。前述のバッシングに打ちのめされたテイラーは、表舞台から姿を消し、ロンドンで隠れて生活することとなった。アルウィンと仲を深めたのもこの都市だ。
And I snuck in through the garden gate
Every night that summer just to seal my fate (Oh)
And I scream, “For whatever it’s worth
I love you, ain’t that the worst thing you ever heard?”
あなたを引き留めたいがためになんて
あの夏は毎晩、庭の門からこっそり入っていた私 自分で自分の運命を決めたくて
そしてこう叫ぶ「一応言っておくと 愛している
こんなこと聞かされるなんて人生最悪じゃない?」
大げさではない自虐
もうすこし考察してみよう。カニエ側の攻撃もあって、2016年ごろのテイラーには悪評がつきまとっていた。楽曲の最後を飾る「私に告白されるなんて人生最悪の経験でしょ」という悲惨な自虐にしても、当時の彼女としては大げさでもなかったかもしれない。
行動を常時監視されてゴシップにされていくスターと親しくなるだけで大変だというのに、あのとき世界最大の「悪女」かのように叩かれていたテイラー・スウィフトの恋人になるなど、相手の人生とキャリアを壊しかねない状況だった。最後のセリフの元ネタと思われるのは、テイラーのお気に入りドラマ『フリーバック』。同作の主人公がロンドンで貞操を誓う神父に恋をしてしまったように「Cruel Summer」の主人公も禁断の恋に落ちてしまっていたのではないか。
悪評を一掃させた楽曲の力
2019年の夏『LOVER』とともにお目見えされた「Cruel Sumemr」は、即座にファンのお気に入りとなった。ただ良い曲というだけでなく、当時のテイラーの悪評を一掃させる威力が見込まれていたのだ。
「Cruel Summer」には、2006年のデビュー以降テイラー・スウィフトが世界を魅了した理由がつまっていた。早口のようなボーカルは初期作「Mine」のようなモダンカントリー調、優雅なシンセポップサウンドは代表作『1989』を彷彿とさせる。さらにサビ前のブリッジに重点を置く構成で「Out of the Woods」再解釈がなされつつ、セイント・ヴィンセントらによる有機的な演奏が付加されている。オリヴィア・ロドリゴ「deja vu」でも踏襲されたという最終ブリッジにおける高揚と混乱を加速させる叫び声のような歌唱には、実験的な新鮮さ、そして人間味が宿っていた。
結局のところ、たくさんの人々がテイラー・スウィフトに魅了された理由は、彼女の音楽が素晴らしいからだ。キャリアの集大成のように構成されながらボーカルと演奏面の前進もそなえていた「Cruel Summer」とは、ゴシップ面での注目が集中していた時期「世界がテイラーに恋をした理由」を思い出させるのに完璧な曲でもあったのだ。
しかしながら「Cruel Summer」がシングルカットされることはなかった。共作者ジャック・アントノフも「密かなベストソング」と考えていた自信作だったのに、パフォーマンスすら行われなかったのだ。のちのちテイラーが語ったところによると、シングルにする予定だったものの、新型コロナウイルス危機が起こったため中止されてしまったのだという。
コロナ禍以来、テイラーは再録版ふくむアルバムを立て続けにリリースしていった。つまり『LOVER』のプロモーションシーズンが完全に終わってしまったため、ファンのあいだで「Cruel Summer」は「シングルカットされなかった名曲」として語り継がれる位置におさまってしまっていた。
ツアーと共に急上昇
そして2023年春、ベストヒット公演「エラズ・ツアー」が幕をあけた。史上最高10億ドル(1,492億円)の収益をあげたこの公演では、ファン待望の「Cruel Summer」が開始2番目に歌われていた。そしてテイラーは、後半のブリッジに差しかかると、同ワードの原義である橋をかけるかたちで、こう告げるのだ。
「みなさん、今宵はじめての橋に到着しました。いっしょに渡りましょう。ブリッジを渡るとは、もちろん、大声で叫ぼうってことです」
もちろん、観客は大熱狂。あとは知ってのとおりだ。エラズツアー公演のたび「Cruel Summer」熱唱ビデオがSNSで拡散されていき、世界各国で楽曲人気が急上昇していった。この復活を「人生ではじめての魔法のような出来事」と喜んだテイラーは、ファンに応えるかたちで4年越しとなるシングルカットを行い、秋には『テイラー・スウィフト THE ERAS TOUR』北米公開を記念してライブバージョンとリミックスも追加した。
そして10月、全米チャートにて頂点にのぼりつめた際、テイラーは歓喜しながら、ファンに「愛してる」と伝えたのだ。歌手とファンとで発生させた熱波は、2024年2月、日本にも到達することとなった。
ファンとの絆によって実った大ヒット「Cruel Summer」には、もうひとつ逸話がある。2016年の残酷な夏を経て「キャリアの終わり」を覚悟していたテイラーは、2年後、メディアで描かれる「悪女」を演じるかのようなダーク作風『reputation』をテーマにしたツアーを回ることとなったが、そこでファンたちに一人の人間として歓迎されていったことで人間性を取り戻したのだという。
こうして生まれたのが、開放的でロマンチックな『LOVER』であり、辛口の批評家をも「人間味を思い出させた」と言わしめた「Cruel Summer」。つまり、この曲自体、ファンの絆から生まれたラブソングだったのだ。
Written By 辰巳JUNK
2019年8月23日発売
CD&限定版 / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
テイラー・スウィフト『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』
2024年4月19日発売
CD / LP / カセット
セットリスト
Taylor Swift “The Eras Tour” Setlist at State Farm Stadium
Apple Music / Spotify / YouTube
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