カマラ・ハリス次期副大統領のテーマ・ソングは、なぜメアリー・J. ブライジ「Work That」なのか

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米時間11月7日に行われたアメリカ大統領選挙の勝利演説。民主党のジョー・バイデンとともに演説を行った次期アメリカ副大統領となるカマラ・ハリスは、女性として初の、そして有色人種、アフリカ系・アジア系としても初の副大統領となることで注目を浴びています。

その彼女が入場曲として使用したメアリー・J. ブライジ(Mary J. Blige)の楽曲「Work That」が注目され、演説後にはアメリカのiTunesシングルチャートで総合4位を獲得。なぜ彼女はこの曲を使っているのか? この曲に込められたものとは? ライターの池城美菜子さんに執筆いただきました。

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カマラ・ハリスの入場曲「Work That」

たくさんいるよね 美しい女王になることを避ける女の子たち
私の手の平を見て 嵐が来るのがわかるはず
私の半生記を読んでみて 打ち勝って来たのがわかるはず
髪が長くないとか 肌色のせいで批判されたとしても
顔をしっかり上げて だってあなたは美しい女性だから
ランウェイを歩くつもりで家に帰ればいい
そして 前進し続ける ガール 自分の人生を生きて

混沌を極めているアメリカ合衆国に、女性初、有色人種初の副大統領が誕生する。カマラ・デヴィ・ハリス。インド出身の母と、ジャマイカ出身の父の間に生まれた移民2世であり、カリフォルニア州司法長官、上院議員という華々しい経歴の持ち主だ。

そのカマラ・ハリスが副大統領候補に指名された8月の民主党大会と、11月7日の勝利演説において、入場曲としてメアリー・J. ブライジの「Work That」を流した。8月の時点で「カマラのテーマ・ソングらしい」と話題になったのだが、土曜日の歴史的な演説も同じ曲だったため、決定的な事実となった。さしずめ、レスラーやボクサーの入場曲のように、彼女の闘志を沸き立たせるのだろう。この曲の歌詞と、歌い手のMJBことメアリー・J. ブライジがアメリカにおいてどのようなアーティストなのか、解説したい。

 

メアリー・J. ブライジの音楽遍歴

「クィーン・オブ・ヒップホップ・ソウル」とは、1992年に『What’s The 411』で鮮烈にデビューし、ヒップホップを融合したR&Bの新しい潮流を作ってトップに君臨したメアリーにつけられたニックネームだ。アレサ・フランクリン、チャカ・カーンら大御所たちの後継者と目され、シングルやアルバムはもちろん、髪型を含めたファッション、誰とデートしたかまで逐一話題になったブラック・ミュージック新時代のクィーン。だが、彼女の人気の秘密は、その「脆さ」にあった。

「裂けるような歌声」とも言い現されたアルトヴォイスは、最初から憂いを湛え、もの哀しい。彼女を売り出し、定期的に喧嘩をしては仲直りしているショーン“Pディディ”コムズに至っては、「メアリーの幸せな曲なんて誰も聴きたくない」とまで発言した。

メアリーは、ベトナム戦争の退役軍人だった父が家族を捨てたため、苦労して育った人である。デビュー当時のアルコールとドラッグの濫用、10代の時に起きた親戚からの性的虐待、人気絶頂だったジョデシィの“K-Ci”ヘイリーとのハイプロファイルな恋愛と失恋など、彼女が歩んだ茨の道は90年代のポップ・カルチャーに詳しい人なら大体知っている。この頃、メアリー・J. ブライジは崇める対象ではなく、悲しみを分かち合い、応援する対象であったように思う。

様相が変わったのは、21世紀に入ってから。2001年『No More Drama』から、ダンサブルな「Family Affair」がヒットし、30代に入った『Love & Life』では、歌のテーマに「もっと自分を愛し、大事にしよう」というセルフ・ラヴが増えてくる。2005年暮れにリリースした『The Breakthrough』は、タイトル通り突破口になる大ヒットとなり、数々の記録を打ち立てた。

メアリー・J. ブライジといえば黒人女性の代表格、R&Bの代名詞ともいえる存在だが、1999年にジョージ・マイケルたっての頼みで、スティーヴィー・ワンダーのカバー「As」をデュエットしたあたりから、意識的に新しいオーディエンスにも届ける努力もしており、U2と「One」を、スティングとは「Whenever I Say Your  Name」を吹き込んでいる。

本稿の主題「Work That」が収録された『Growing Pain』は、変化、成長し続ける大切さ、それに伴う痛みもあえて引き受けよう、という成熟した女性の目線で制作されたアルバムだ。ヒットした「Just Fine」では、「私の人生を変える必要なんてない。だって私の人生は問題ないから」と自らを鼓舞した。1曲目に配された「Work That」はデジタル・シングルであり、ファンからは人気があるものの比較的、地味な曲だった。−−2020年までは。

 

メアリーが楽曲「Work That」に込めたもの

8月の民主党大会で使用された際、テレビ番組のリモート・インタビューに答えたメアリーの答えが面白い。

「私は作業中で(民主党大会のテレビ放送を)観ていなかったんだけど、突然、電話がガンガン鳴り始めて。何事かと思ったら、『カマラが! 君の曲を流したよ!』って大騒ぎで、本当にびっくりした。彼女があの曲を知っていたのも驚いたし、久しぶりに『Growing Pain』を自分で聴き返したら、ああ、だから歴史の一部になったのか、って納得したの。なんて書いたか、自分でも忘れてたんだけど(笑)」

「忘れてた」と笑い飛ばすあたりが、豪快で正直なMJBらしい。「歴史の一部になった理由」は、曲のテーマそのものと、カマラ・ハリスの入場時には流れなかった曲のコーラスと後半部分にある。まず、コーラスから訳出しよう。

自分らしくしていたいだけ
焦らなくていいから ガール 自分らしくね
ついて来て
ついて来て
ついて来て
ガール 自分らしくね
私もそうしているから
そうしているのが一番いいから
怒らせておけばいいじゃない
どうせ嫌う以外できない人たちなんだから
わからないかな?
彼らの思惑通りにしてもしなくても
彼らが満足することはないの
だって 自分自身に満たされていないのだから

そう、コーラスで「Follow me(ついて来て)」と、思い切りリーダーシップを発揮しているのだ。そして、結果的に極端なトランプ支持者を想起させる「They gonna hate anyway(彼らはどうせ嫌う以外はしない)」「Cause they’re not happy with themselves(自分自身が満たされていないのだから)」がある。

もちろん、トランプ支持者には、共和党の伝統的で保守的な政策に賛同する層も、単純に自分の収入や財産を守りたい富裕層もいるだろう。だが、ヒステリックに騒いでいるのは、人の幸運=自分の不幸と捉え、カマラ・ハリスのように存在そのものが変化を表す新しいタイプの政治家を毛嫌いする人々だ。

一般的によく使われる「work things out」は「困難を解決する」という意味だが、この曲の頭に出てくる「work your thing out」の「thing」は単数形であり、「天に与えられたものを使って解決していこう」と意訳できる。この曲のメッセージは、「work what you got(与えられたもので頑張りましょう)」とのコーラスに集約されるだろう。後半には、さらにハリスの現状に合致する箇所がある。

Feelin’ great because the light’s on me
気分は上々 私に光が当たっているから
Celebrating the things that everyone told me
みんなが言ってくれた言葉を大事にして
Would never happen but God has put his hands on me
神様が祝福してくださって ありえないことが起きたの
And ain’t a man alive could ever take it from me
いま生きている男性にそれを奪わせたりはしない
Working with what I got I gotta keep on
与えられた才能を生かして 前に進んで行く

メアリーは「みんなが褒めてくれる自分の長所を大事にして、前進しましょう」くらいの感じで歌詞を書いたのだと察するが、「光が当たっている」のも「神様が祝福してくれた=副大統領に選んでくれた」のも、カマラの現実となった。文章としては「Embracing(喜んで応じる)」などの単語がしっくりくる箇所に、あえて「Celebrating(祝う)」を使っているのも予言めいていて、少々怖い。憶測だが、カマラ・ハリスはこの曲が出た13年前から、この歌詞を心の拠り所にしてきたのではないか。

2010年代のメアリー・J. ブライジは、音楽活動と並行して俳優業に力を入れ、2017年ネットフリックス『マッドバウンド〜哀しき友情』のディー・リー役の演技が絶賛され、アカデミー賞助演女優賞のノミネーションを受け、今年は『アンブレラ・アカデミー』にも出演している。

彼女は民主党支持者で、2012年のオバマ政権下だった党大会ですでにパフォーマンスしている。2021年の大統領就任式で歌う可能性は非常に高く、新副大統領の前で絶唱しているメアリーの姿が、すでに目に浮かぶ。離婚したものの、カマラ・ハリスの両親は研究者と教授であり、彼女がアカデミックなバックグラウンドをもつエリートであるのはまちがいない。「黒人女性」でもあるのが、BLMが盛り上がっている2020年に有利に働いたという見方もある。だが、それ以上に「女性」であり、「黒人かつアジア系でもある」という点だけで拒否反応を示されたり、下に見られたりしたのも、容易に想像がつく。皮肉にも、アメリカはまだまだそういう国だという事実を、くり返し示したのがトランプ大統領だ。彼女とジョー・バイデン次期大統領が、与えられたものを存分に発揮して、怒りに満ちたアメリカを鎮めてくれることを切に願う。

Written By 池城美菜子(ブログはこちら



「Work That」収録アルバム
メアリー・J. ブライジ『Growing Pain』
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music




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