モーガン・ウォーレンはなぜアメリカでここまで爆売れしているのか? その経歴と楽曲の内容を探る
2021年に発売されたモーガン・ウォーレン(Mogan Wallen)によるセカンド・アルバム『Dangerous: The Double Album』は全米チャート通算10週連続1位を記録し、その年にアメリカで最も売れたアルバムとなり、現在までに656万枚相当のセールスを売り上げている。
そして今年3月に発売したサード・アルバム『One Thing at a Time』は5月30日時点で通算12週間全米1位となり、カントリーとして31年ぶりの記録を打ち立て、リード曲の「Last Night」は全米シングルチャート8週にわたって1位を獲得した(*2023年6月20日update: アルバムチャートは通算13週、シングルチャート1位は10週に)。
日本で報じられることが少ないモーガン・ウォーレンだが、なぜそこまでアメリカで受け入れられているのか? 単に“アメリカ人はカントリー好きが多い”だけでは説明できないほど爆発的に売れている彼の経歴や音楽、そして魅力について、ライター/翻訳家の池城美菜子さんに解説いただきました。
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「Last Night」のメロディの破壊力
イヤーワーム(earworm)という言葉を知っているだろうか? 耳タコならぬ、耳ミミズ。ヴィジュアルを想像すると少し気もち悪いが、「耳にこびりついて離れない曲(コーラス)」の意味だ。6月3日付のビルボードHot100で8週1位を記録しているモーガン・ウォーレン「Last Night」が、まさにイヤーワーム曲。鼻にかかった甘めの掠れ声という、ハンバーガーにかけるケチャップとマスタードのような絶妙のバランスをもつモーガンは、テネシー州生まれのカントリー・シンガーだ。
3月3日にリリースされたモーガンのサード・アルバム、『One Thing At A Time』が記録破りのヒットになっている。ここ数年はカントリー界でぶっちぎりの人気者だが、サード・シングル「Last Night」がクロスオーヴァー・ヒットしてからの勢いが止まらない。
アルバムもカントリーチャートをまず制してから、昨年末からくり広げられたテイラー・スウィフト『Midnights』とSZA『S.O.S.』のトップ争いに割って入った形だ。「Last Night」は3月18日にHot 100の1位に上り詰めた。モーガン初のNo.1ヒットであり、男性のカントリー歌手としては42年ぶり。アコースティック・ギターの音色に乗って歌い出し、少しずつ楽器の音色が重なっていくシンプルな曲である。コーラスはこうだ。
Last night we let the liquor talk
I can’t remember everything we said but we said it all
You told me that you wish I was somebody you never met
But baby, baby somethin’s tellin’ me this ain’t over yet
No way it was our last night
きのうの夜 俺たちは酒の勢いで話してたよね
何を話したか全部は覚えていないけど すべて吐き出した
君は俺になんか会わなければよかったとまで言って
でもベイビー ベイビー 俺たちはまだ終わっていない気がするんだ
あれが俺たちの最後の夜なんてあり得ない
お酒を嗜む人の多くが身に覚えがある、やらかしたときの曲である。私は以前からの知り合い(友だち以上恋人未満)の曲だと取ったが、ワンナイト・スタンドと取っている人もいる。極限まで言葉を絞った結果、想像の余地を残す。優れた歌詞のお手本だ。モーガンは自分でも詞を書くが、この曲の作詞はアシュリー・ゴーリーほかカントリー界のヒットメーカーたち。『One Thing At A Time』は36曲収録1時間52分という大ボリュームの作品で、6月3日付のビルボードのアルバム・チャートでも連続No.1を更新中。5月27日付けのシングル・チャートでは「Last Night」のほか11曲も100位内にランクインしている。
本稿では、モーガン・ウォーレンがどのようなシンガーなのか、彼が代表するカントリー・ポップの歴史と2021年の自粛騒ぎを含めて彼がレプリゼントするもの、ゆっくりと変貌するカントリー・ミュージックについて記す。
『ザ・ヴォイス』での惜敗
モーガンは、1993年5月13日にテネシー州のスニードヴィレという聞きなれない町で生まれている。子どもの頃にギターとピアノに触れたものの、バスケット・ボールで奨学金を目指す少年だった。カナダのハードロック・バンド、ニッケルバックと、同じくサウスのニューオーリンズを代表するリル・ウェインの両方を聴いて育ったという。
徐々にカントリー・ミュージックに傾倒して、2014年、20歳で人気オーディション番組『ザ・ヴォイス』のシーズン6にエントリー。『ザ・ヴォイス』は、有名アーティストのコーチとともに、スターの原石が磨かれていく構成が受けて、世界各国にファンチャイズしている。
ブラインド・オーディションで声を聴いたシャキーラがコーチ希望を意味する椅子を回し、続いてアッシャーが参戦。マルーン5のアダム・レヴィーンとカントリーの大物ブレイク・シェルトンもいたが、ほかのジャンルの審査員のまず気を引いたのが興味深い。結局、カントリーで勝負したいモーガンと、より広いオーディエンスを獲得するため、そこを曲げようとする審査員陣との思惑が合わず、シーズン半ばのプレイオフの前に姿を消した。
この手の番組は優勝者がプロとしてはさほど成功せず、途中で敗退した人がのちにトップ・シンガーに化けるケースがある。たとえば、いまや国民的なシンガー/俳優であるジェニファー・ハドソンは、2004年の『アメリカン・アイドル』では7位で敗退している。モーガン・ウォーレンもそのケース。番組では敗退したものの、収録中にヴォーカル・コーチとして出会ったアトム・スマッシュのセルジオ・サンチェスと一時的にバンドを組み、生まれ育ったテネシー州内にあるカントリー・ミュージックの聖地、ナッシュヴィルへ引っ越す。
2015年にビッグ・ラウド・レコーズと契約、ほかのアーティストに曲を書きながら、デビュー・シングル「The Way I Talk」をリリース。2018年の4月にはデビュー・アルバム『If I Know Me』もヒットし、それ以来、カントリー・ファンの支持を一身に集めている。
モーガン・ウォーレンが体現するもの
興味深いのが、モーガンのイメージ戦略だ。「The Way I Talk」のときはふつうの短髪だった髪を、あえてマレット・ヘアーに変え、より「サウスの白人」らしく袖を切ったシャツを着込むようになったのだ。マレット・ヘアーはトップが短く、襟足が長い70〜80年代に流行った、別名「世界一ダサい髪型」。
だが、80年代を舞台にしたNetflixの『ストレンジャー・シングス』のヒットもあいまって、何周か回って最新モードに。それとほぼ同じ時期にモーガンは両サイドを刈り上げ、ダサさを軽減したマレット・ヘアーにしたのだ。「昔、父さんがしていた髪を真似した」と本人。そこに嘘はないだろうが、あえてシンプルで気のいい、どちらかといえば保守的な南部の白人男性像を押し出しているようにも見える。テーマもわかりやすく、ウィスキー(とくにバーボン)と女性を中心にしたバー・カウンターでの話しが多い。乗っているのは、ピックアップ・トラックだ。
デビュー作『If I Know Me』から「Whiskey Glasses」と「Chasin’ You」がスマッシュ・ヒット。先輩カントリー・デュオ、フロリダ・ジョージア・ラインのツアーにも参加する。
モーガン・ウォーレンの音楽性は、カントリー・ポップである。これは、1920年代に生まれ、アメリカ南部、中西部の労働者階級を中心に根づいたカントリー・ミュージックのなかでも、バンジョーやフィドラといった弦楽器の音色といった伝統的な要素を減らしてポップ・ミュージックに寄ったサブ・ジャンルだ。
カントリー・ポップはレコード文化が広がった1950年代から存在し、70年代以降はポップやロックのシンガーもこのカテゴリーに入るヒットを作った。90年代にはガース・ブルックス、フェイス・ヒル、シャナイア・トウェインが大ヒットを飛ばしている。洋楽を好む人なら、耳なじみがいいヒットがじつはカントリー・ポップだった、という経験があるだろう。モーガン・ウォーレンの今回の快進撃は、アメリカで脈々と流れるカントリー・ポップの潮流の2020年代ヴァージョンなのだ。
彼は「Rednecks, Red Letters, Red Dirt」という曲があるように、南部やアパラチア山脈周辺の農村部に住む、保守的で貧しい白人を指す「レッドネック」を肯定的に使っている。音楽性はポップだが、トランプ元大統領が出現して以来、揶揄されたり、糾弾されたりしがちな白人男性像を、意図的に体現している存在でもあるのだ。
変わるカントリー・ミュージック
カントリー・ミュージックは、シンプルなメロディとハーモニーで郷愁を誘い、キリスト教的な価値観、家父長制を肯定するため、保守的に取られやすい。20世紀後半は、若者の音楽とされていたロックやヒップホップに比べ、「古い音楽」という印象があった。当のモーガンも、「子どもの頃はカントリーが好きなのはクールではなかった」と発言している。だが、アメリカではカントリー・ミュージックがどっしりと根をおろしており、そこに目を向けないと国の全体像が見えてこない。
近年では、カントリーを奏でる側にも多様性が出てきた。90年代にディクシー・チックスが、00年代にテイラー・スウィフトがカントリーをベースにしたヒットを放ちながら、保守層とは異なる社会的、政治的なメッセージを発信し、カントリー・ミュージックの多様化を伝えたのだ。ミッキー・ゲイトンやケイン・ブラウンなど、有色人種のカントリー・ミュージシャンの存在もイメージの変化に貢献している。
モーガンの歌詞や歌声、ファッションから言えば、典型的なカントリー・シンガーである。だが、サウンドはほかのジャンルを取り入れていて、そこが大ヒットし続けている理由だろう。2021年のセカンド・アルバム『Dangerous: The Double Album』には、R&Bの要素が強かった。「7 Summers」や「Somebody’s Problem」はR&Bのバラードと近いし、「Wasted On You」はリズムパターンごとカントリーから逸脱している。最新ヒットの「Last Night」に至っては、ラップのパートがある。結果として、普段からカントリー・ミュージックを熱心に聴いていない人(筆者だ)には聴きやすさにつながる。
また、彼は2010年にカントリー・ミュージックのサブ・ジャンルとして生まれたブロ・カントリー(Bro-Country)にも分類される。これは、前述のフロリダ・ジョージア・ラインの2012年「Cruise」が分岐点だと言われる。
テーマは酒と女性、パーティー。ヒップホップでいうところの「パーティー・ラップ」に近く、評論家筋には受けないが、一般のリスナーの人気が出やすい点も似ている。男性性が強く、カントリー・コミュニティ内でもよく言われないが、サウンドはヒップホップの要素も含んでいる。30代に入ったばかりのモーガンは、TikTokで熱心に発信するファンベースを持っているのも、いまどきっぽい。
レイシャル・スラーとバックラッシュ
2021年1月にリリースされた『Dangerous: The Double Album』が高い評価と人気を得た3週間後、モーガン・ウォーレンはキャリアが終わりかねない危機に直面した。友人たちと飲んで帰ってきたときに盗撮され、そこでふざけてNワードを発した様子を拡散されて大炎上したのだ。おりしも、BLMが吹き荒れたタイミング。主要なインターネット・ラジオ局は彼の曲をかけるのを止め、ストリーミング・サービスはプレイリストに加えられないようにし、レコード会社は契約関係を凍結した。
モーガン・ウォーレンはすぐに謝罪。音楽業界内の構造的な人種差別と闘うための団体、BMAC(ブラック・ミュージック・アクション・コーリーション)に30万ドルを寄付し、ゴスペルの大御所、ビー・ビー・ワイナンズを含めた識者20人にカウンセリングを求めたほか、アルコール中毒を治すためのリハビリテーションにも入った。
約半年後の7月には、モーガンは高視聴率番組『グッド・モーニング・アメリカ』に出演。司会で元NFL選手のマイケル・ストレイハンのインタビューに応じ、彼からNワードは奴隷制から続く辛い記憶を含む言葉だと諭されたあと、「自分の無知から出た行動だった」と改めて謝罪した。じつはその数ヶ月間、『Dangerous: The Double Album』は売れ続けた。その売上げも寄付し、モーガンへのペナルティが重すぎると発信するファンたちへ「俺はまちがいをおかしたから、弁護しないでほしい」とSNSで訴えるひと幕もあった。
「時代の気分」を読み解く作品
2021年のアワード・ショーからも締め出されるなど、1年弱に渡って苦渋を舐めたモーガン・ウォーレン。12月になって、シカゴのリル・ダークと「Broadway Girls」をリリースした。翌年の年明け早々、エンタメ番組TMZの突撃取材を受けたダークは、「彼は人種差別主義者じゃないよ。俺とじっくり話したんだ。騒ぎになっていたから、人目につかないところでね。俺が保証する、あいつはいい奴だ。キャンセルしなくていい」と擁護。
今月、リリースされたばかりの新作『Almost Healed』では、J.コールや21サヴェージ、フューチャーなどと並んでモーガンが「Stand By Me」で共演、ふたりが湖で魚釣りをしている写真がインスタで公開されたばかりだ。
Nワードを気やすく使うのはたしかに問題行動だが、モーガンは黒人の人に向けて憎しみを込めてNワードを使ったわけではないので、「ペナルティを与えすぎ」という意見も一理ある。黒人のアーティストが増えてきたカントリー・ミュージック内の差別にスポットライトを当てた結果になったので、今後の業界全体の動向は注目したい。
アメリカではポップ・ミュージックと政治を切り離すのは難しい。2022年、『デンジャラス・ツアー』の初日、リベラル層が強いニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで、モーガンのファンの間からバイデン大統領をこき下ろし、共和党を支持するかけ声「レッツ・ゴー・ブランドン」が湧き上がり、ニュースになった。モーガンのファンに、共和党が強いレッド・ステートの人々が多いのは事実だろうし、モーガン本人も2020年には遠回しに右寄りであるのを示していた。
だが、自分の政治理念とファン層のそれが異なる、という理由だけで、モーガン・ウォーレンの音楽を聴かないのはちがう気がしている。理想を語れば、音楽を緒に考え方が異なる人の意見や考え方を理解したい。「時代の気分」を読み解くためにも、重要な作品なのだ。
じつは『One Thing At A Time』と、もうひとつの2023年のビッグ・アルバムであるSZA『S.O.S.』は、人種やジャンルのちがいを越えて共通点もある。『S.O.S.』のタイトル曲はカントリーを取り入れているし、どちらもテイラー・スウィフトの影響がはっきり出た曲がある。モーガン・ウォーレンの音楽は、シンプルな分、疲れないという強みがある。夜にウィスキーを飲みながらボーッと聴くにはぴったりなのだ。「Last Night」を気に入った人は、ぜひほかの曲も聴いてみてほしい。
Written By 池城美菜子(noteはこちら)
2023年3月3日発売
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