映画『スパイダーバース』新作の音楽を担当するメトロ・ブーミンとは何者なのか?
2023年6月2日に全米公開されると前作『スパイダーマン:スパイダーバース』の3倍以上のオープニング興行収入を記録して全米興行収入1位となり、それだけではなく批評家や一般レビューからも大絶賛されている最新映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(日本公開は6月16日)。
様々なミュージシャンやプロデューサーが参加していた前作のサウンドトラックとは違い、今作は新たに起用されたヒップホップ・プロデューサーのメトロ・ブーミン(Metro Boomin)が全面プロデュースを行い、サントラの正式タイトルは『METRO BOOMIN PRESENTS SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE (SOUNDTRACK FROM AND INSPIRED BY THE MOTION PICTURE』と名付けられている。
そんなメトロ・ブーミンとはどんなプロデューサーなのか? そして今回のサントラはどんな楽曲が収められているのか? ライターで翻訳家の池城美菜子に寄稿いただきました。
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2010年代を代表するプロデューサー
2023年、4月。金曜日のコーチェラのサハラ・テントのトリのステージに、マントを翻したメトロ・ブーミンが登場した。ミズーリ州セントルイス出身、アトランタ在住のスーパー・プロデューサー/DJである。蜘蛛の脚を思わせる、要塞のようなセット。「どのストーリーにもスーパー・ヒーローと悪役がいるんだ!」と宣言すると、ジョン・レジェンドとフューチャーを従えて「On Time」からパフォーマンスを始めた。
ステージ・セットを含めた「ダーク・ヒーロー」の演出は、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』のサントラの担当が決まっていたのもある。だが、そもそも彼は、2018年のソロ1作目は『NOT ALL HEROES WEAR CAPES(ヒーローはみなマントをまとっているとは限らない)』、2022年の2作目は『HEROES & VILLAINS(ヒーローと悪役)』と、つねにダーク・ヒーローと悪役の世界観にこだわってきた人だ。
ヒップホップは、ラッパーと同じくらい、場合によってはそれ以上にプロデューサーが重要なジャンルである。80年代のマーリー・マールとリック・ルービン、90年代のドクター・ドレーとDJプレミア、RZA、Qティップ、00年代のネプチューンズとジャスト・ブレイズ、ティンバランド、元カニエ・ウェストなど。トップのヒップホップ・プロデューサーはヒット曲を作るだけでなく、その時代の気分をビートに刻んで残してきた。
では、2010年代はだれか。ドレイクのキャンプから出てきたボーイ・ワンダ、ノア“40”シュビブ、カニエのG.O.O.Dミュージック出身のヒット・ボーイ、ケンドリック・ラマー「Humble」と「DNA」、レイ・シュリマー「Black Beatles」を作ったマイク・ウィル・メイド・イットあたり。そして、忘れてはいけないのが、本稿の主役、メトロ・ブーミンだろう。
先に出した先輩プロデューサーのほとんどが、いまだに現役だ。また、くわしい人なら前述の名前を読んで、「この人もあの人も抜けている!」と反応したくなるほど、ヒップホップのプロデューサーの層は厚い。そのなかでも、メトロ・ブーミンは1993年9月16日生まれの29歳と若く、キャリアと年齢がバグっている。理由は、高校生のときから本格的に活動をしているから。
セントルイスで夢を目指した中高生時代
まず、中西部ミズーリのセントルイスの中学生(!)だったときからラッパーを目指す。きっかけは、同郷のネリーの『Country Grammar』。2000年の大ヒットアルバムで、それまであまり話題にならなかったミッドウェストのヒップホップに焦点が当たり、メトロ少年は大いに勇気づけられたそう。
ここまではありがちな話なのだが、メトロ・ブーミンこと本名リランド・テイラー・ウェインがひと味ちがうのは、「トラックを買うお金ないから、自分で作ろう」と決めたこと。日本の中1にあたる7年生のときに学校でベースを弾き、ラップよりトラック作りが楽しいうえ、キャリアとして成功する率が高いことに気が付く。そして、お母さんのレズリーさんにデータを見せてプレゼンした結果、クリスマスにラップトップとソフトウェアのフルーティーループスを買ってもらった。
高校に入ってからは1日に5つずつビートを作っていたというのだから、根性がちがう。TwitterなどSNSを使ってアトランタのラッパーと連絡を取り、16歳のときには平日は高校に通い、週末に母親の運転でアトランタのスタジオに行くように。セントルイスからは、片道8時間。メトロは5人兄弟なので、レズリーさんの本気ぶりも伝わってくる。
まず、グッチ・メインとOJ・ダ・ジュースマン、そしてフューチャーとつながっていく。芸名は、セントルイスのバス路線の名、メトロとOJ・ダ・ジュースマンがメトロのトラックをほめるときに連発した「ブーミン!(やばいね!)」から付けた。
名門黒人大学のモアハウス・カレッジへの入学が決まり、アトランタに引っ越してから活動はさらに本格化。マーティン・ルーサー・キング牧師やスパイク・リーを輩出した大学だから、メトロ・ブーミンは優等生でもあるのだ。だが、1学期間は授業とスタジオ・ワークを両立させようとがんばったものの、かなり厳しいと断念。激怒するお母さんを説き伏せ、休学する。
アトランタで本格的な活動へ
2013年、19歳でミックステープ『19 & Boomin』をリリース。まず、フューチャーやヤング・サグ、グッチ・メイン、ミーゴスなどアトランタのラッパーにトラックを提供。そのまま、猛威を振るったトラップのムーブメントを、ゼイトーベンといったプロデューサーたちと牽引する。
とくに2016年は当たり年で、ミーゴスとリル・ウージー・ヴァートの「Bad and Boujee」、フューチャーとザ・ウィークエンド「Low Life」を放つ。盟友、21サヴェージと共同名義のEP『Savage Mode』をリリースしたのもこの年だ。翌年には、フューチャーの「Mask Off」で90年代からあったフルートの音色を入れたトラックを復活させて、ブームにもしている。
メトロ・ブーミンの存在感がきわ立っているのは、2パックにインスパイアーされたバンダナをあえて側頭部で結んだり、無名時代から「シャネル(Chanel Vintage)」や「マルタン・マンジェラ(Maison Margiela)」といった曲を作ったりするファッショニスタであること。それから、プロデューサーの名前を入れ込む「タグ」が、ミーム化したのも大きい。
きっかけは、カニエ・ウェストの『The Life of Pablo』の「Father Stretch My Hands Pt.1」への参加。フューチャーが以前から使っていた「If young Metro don’t trust you, I’m gon’ shoot you / ヤング・メトロがお前を信用しなかったら、俺が撃ってやる」と冒頭からかまし、一気に広がったのだ。
おりしも、第42期大統領選が激化していたタイミング。このフレーズのミームが、Twitterやインスタグラムで反トランプ・ラリーに使われるようになったのだ。2016年の9月にはメトロ・ブーミン自身も、「ヤング・メトロ・ドント・トラスト・トランプ」と銘打ったコンサートを催した。以来、ヒット・シングル、ミックステープ、コラボレーション・アルバムと怒涛の快進撃を続け、ラナ・デル・レイなどヒップホップ以外のアーティストとも組むなど、活動する範囲が広がっている。
『スパイダーバース』はブルックリンの有色人種の高校生が主役
そろそろ、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の話に入ろう。MCUのスパイダーマン・シリーズの最新作であり、2018年『スパイダーマン:スパイダーバース』の続編、3部作の第2章にあたる。
このスパイダーマン初のアニメ映画では、主役がニューヨークはクィーンズ出身のピーター・B・パーカーではなく、ブルックリンの高校生、マイルス・モラレスに設定されている。コミックには2011年に登場した、黒人の父とラティーノ(プエルトリカン)の母をもつキャラクターだ。
有色人種を主役に据えたことで、「行き過ぎたポリティカル・コレクトネス」とのネガティブなレビューも、新聞を含めて見られた。だが、ふたを開けてみればピーターの意志を継いだマイルスはとてもチャーミングで、コミック、実写映画、テレビアニメなど夥しいバージョンが存在するスパイダーマンを「マルチバース」のコンセプトでつなげて説明するキャラクターとして、適任だった。『スパイダーマン:スパイダーバース』はしっかり大ヒットを記録、ヒーローものに冷たいアカデミー賞で長編アニメーション賞を見事に受賞した。
映画の大ヒットを支えた音楽
カラフルな<スパイダーバース>シリーズの成功の大きな理由のひとつが、音楽だ。もともと、悪役との戦いと、自分の内なる闘いがテーマのヒーローものとヒップホップの相性はよく、これまでもよく主題歌やサウンドトラックで採用されてきた。だが、ブルックリンが舞台のこのシリーズはもう一歩、踏み込んでいる。
象徴的なのが、マイルスの登場するシーン。彼は、ポスト・マローンとスウェイ・リーの「Sunflower」に合わせてラップをしている。つまり、映画を観ているこちら側と、マイルスが住むあちら側は「バース」が異なるものの、同じアーティストや曲が流行っているマルチバースとして共存していると取れる。
だから、40代と思われるアーロン叔父さんは、ブルックリンで永遠に愛されているノトーリアスB.I.Gの「Hypnotize」をレコードで聴き、マイルスにグラフィティを描かせるシーンではブラック・シープの「The Choice is Yours」をかけるなど、「こういう人、いるよね」なキャラになっているのだ。時代だけでなく、歌詞がキャラクターたちの心情とリンクしているのも秀逸。
<スパイダーバース>の第1作目では、デンゼル・カリーや、ジェイデン・スミス、ニッキー・ミナージュ、ヴィンス・ステイプルズら、いま人気のアーティストが参加したサウンドトラックの曲と、ラン・DMCやブラッカリシャス、カット・ケミストらのヒップホップ・クラシックが共存していた。
最新作では「チーム・メトロ」が集結
2作目でも、マイルスはあいかわらずブルックリンに住むヒップホップ好きだ。メトロ・ブーミンが用意したサントラには、前作から引き続きスウェイ・リー、コイ・リレイが参加しているほか、フューチャー、ミーゴスのオフ・セット、エイサップ・ロッキー、リル・ウージー・ヴァート、そして21サヴェージといったチーム・メトロと呼ぶのにふさわしいアーティストが並ぶ。
また、Nas、リル・ウェインといった大物のほか、イギリスからジェイムス・ブレイクも参加。彼の「Hummingbird」が、マイルスの心象風景を表す絶妙なタイミングで流れるのも、多くの人が国や肌の色を気にしないで音楽を聴くようになった2023年には自然だ。
今回は、マイルスの母方の家族を含め、ブルックリンの雑多な人種構成を反映するかのように、メキシコ系のベッキー・G、ナイジェリアのアイラ・スター、ジャマイカのシェンシーアなども参加。これらのヒップホップ以外の要素が強い曲はメトロ・ブーミンのプロデュースではなく、ディスク2(*デジタルのデラックスエディション)にまとめられている。アフロビーツやレゲトン、ダンスホールのカラーが強い曲と、メトロが作ったヒップホップの最前線を走る曲と映画の中でうまく配置されていた。
また、ポスト・マローンとスウェイ・リーの「Sunflower」もかかり、前作と同じ世界線にいることを示していた。『METRO BOOMIN PRESENTS SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE』に参加しているアーティストたちはスパイダーマンの世界観をよく理解して歌詞を用意しており、サントラは私たちが住む「バース」と映画の中の「バース」を前作以上に強く結びつけている。
最愛の母の死と大ヒット中の最新アルバム
メトロ・ブーミンに話を戻そう。飛ぶ鳥を落とす勢いのメトロだが、2022年6月3日に日本人の私たちには少し想像がつかないような悲劇に見舞われている。プロデューサーのキャリアが軌道に乗るまで全面的に協力してくれた、最大のサポーターの母・レズリーさんが継父に撃たれて亡くなったのだ。義理の父も後を追ったので心中になる。
以来、SNSで母親を亡くした悲痛な想いを吐露しながら、活動を止めないメトロ。2022年12月には、大物コメディアンのスティーヴ・ハーヴィーが妻のマージョリーさんと作った基金と組んで、シングル・マザーの家庭をサポートする「Single Moms Are Superheroes」を発足させている。
同月にリリースした『HEROES & VILLAINS』は、ビルボード・チャートNo.1デビューを果たした。リード・シングル、ザ・ウィークエンドと21サヴェージの「Creepin’」はヒットし続け、2023年を彩る曲になっている。
この曲は、2004年のマリオ・ワイナンズ・フィーチャリング・エンヤ&P.ディディ「I Don’t Wanna」のリメイク。この曲自体、エンヤの「Boadicea」(1987)とフージーズの「Ready or Not」(1994)をサンプリングしているため、広い世代に懐かしさを呼び起こして息の長いヒットになっている。メトロ・ブーミンは、目の付けどころもいいのだ。彼が作ったことを示す、「メトロ!」のタグがついた曲の数々が、さらにあちこちのバースで響きそうだ。
Written By 池城美菜子(noteはこちら)
『METRO BOOMIN PRESENTS SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE (SOUNDTRACK FROM AND INSPIRED BY THE MOTION PICTURE』
2023年6月2日配信
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