“ミックステープ”と“アルバム”は何が違うのか? ドレイクの新作から考える2020年ミックステープ事情

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2020年5月1日に急遽配信されたドレイクの新作『Dark Lane Demo Tapes』。この作品は、ストリーミング、デジタルサイトでも配信され、Apple MusicやSpotifyといった全世界のストリーミングソングチャートの上位をこの新作からの楽曲が独占。たが、こちらは“アルバム”ではなく“ミックステープ”となっている。

改めて“ミックステープ”と“アルバム”とは何が違うのか? その歴史と代表作をライター/翻訳家である池城美菜子さんに解説いただきました。

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ドレイクが『Dark Lane Tape Demo』を5月1日リリースした。タイトルの意味は「暗い小径のテープ・デモ」。TikTokでのバズを狙った(そして、狙い通りになった)「Toosie Slide」ほか、クリス・ブラウン、ヤング・サグ、フーチャー、プレイボーイ・カーティをフィーチャーした曲を含む14曲を収録している。ただし、タイトルに「テープ」と入っているように、ミックステープ扱いだ。夏にリリースされるとの噂がある6枚目のオフィシャル・アルバムの前哨戦と見られる作品だが、公開されるやいなや、またもやApple Music、Spotifyなどのチャートを軒並み独占。ストリーミング・キングのドレイクのこと、とくに驚く結果ではないが。

問題は、なぜいま「ミックステープ」なのか? そもそも、いまどきの「ミックステープ」とは何なのか?という点。これを解説してほしい、との命題を承った。

「ミックステープ」とは「正規のアルバム以外の比較的自由にまとめた音源集」として、当たり前のように享受してきた人も多いと思う(筆者もそうだ)。小林雅明氏の『ミックステープ文化論』があるように、ヒップホップにおけるミックステープの役割は、書籍1冊分以上の情報がある。この本は、音専誌というプラットフォームで電子書籍として発売されたあと、改めて書籍化されている。私は音専誌に寄稿していたのでこの本も電子書籍で購入済みなのだが、アプリが入っている2つ前のスマホの充電ケーブルが見つからなくて、読み返せない。仕方ないので、このまま進める。

 

ヒップホップを裏側から支えるミックステープ

まず、ざっくり背景を。ヒップホップを進化させた影の車輪がミックステープであり、誕生も1970年代までさかのぼる。最初は、アルバムやシングルを切る前に、ブロックパーティーやクラブに来られない人たちに向けて曲を広めるために作られたカセットテープだった。それが、人気のDJが曲をつないで売るようになり、非正規のコンピレーション作品という位置づけに変わっていく。

ヒップホップがメインストリームに食い込んだ90年代になると、レコード会社と契約→アルバム発売→ツアー実施という活動と並行して、波及力のあるDJのミックステープに曲を収録してもらい、注目を浴びて新曲を仕掛けたりする手法が登場した。アーティストがホストを務める形で掛け声やフリースタイルを入れた本格的なミックステープは大人気だったのだ。

CDで売られた時期は、形態に沿って“ミックスCD”とも呼ばれていた。だが、そのうちインターネット経由で流通するMP3音源だけのものが出てくると、形態はともかく「ミックステープ」でまとめられるように。定価があるレコード会社のアルバムとは違い、基本的には無料なのでサンプリングやビートジャックをしても著作権など堅苦しいことは言わないのが建前だが、人気のミックステープ(CD)は、実際に売られていた。アメリカではHMVやタワーレコードといった大型CDショップは置かず、ニューヨークならグリニッジ・ヴィレッジのファットビーツ、ブルックリンのフルトン・モールにあったビート・ストリートといったヒップホップ専門店で店員に頼んで出してもらい、こっそり買うものだった。

インターネットで手に入るようになると、いまでも続くDatpiff.comなどでまとめられるようになる。ここでいきなり20年ほど時間を飛ばして「いまどきのミックステープとは?」との命題の答えを、私なりに出してみる。

アルバムは純粋に「何かしらの形で売るための作品」であるのに対し、ミックステープは「売っても売らなくてもいい作品であり、作り手が自由に使えるメディアでもある」。メディア(媒体)と呼んだのは、目的によってミックステープの意味合いが変わるからだ。プロモーションのため、ビーフ(舌戦)を交わすため、クリエイティビティやスキルを試すため。もちろん、いくつかの目的を兼ねている。舌戦に関しては、アルバムにも入っているが、喧嘩を売られたほうはスピード感があるミックステープで返すケースが多い。歴史的なミックステープを紹介して、「ミックステープ自体がメディア」を補足していこう。

 

ミックステープ史を変えたアルバム

DJクルー『The Professional』シリーズ(1998〜2002)

ヒップホップ・カルチャーにおけるDJの重要性を説明するためにも、ミックステープは格好の材料だ。DJの活躍の場はクラブとラジオ。ニューヨークでは1993年にWQHTがヒップホップとR&Bに特化したHot97になり、2002年にPower 105.1 FMが同じくジャンルへの特化が続くとDJの重要性は増していった。

届く範囲が決まっていたラジオは地域性の高いメディアであり、地元のアーティストと全米で流行っている曲を混ぜて独自性を出した。ヒップホップのメッカであるニューヨークのプレイリストは地方のラジオ局が参考にしたため、これらの局のゴールデンタイムに番組を持っていたファンクマスター・フレックスやDJクルーの番組で曲がかかるのは、ヒットへの近道だったのだ。それを強化したのがミックステープ。

次のヒットを嗅ぎ分けるDJたちのミックステープをチェックするのは当たり前だったし、アルバムや12インチを買う以外にラジオ、クラブ、ライヴで音を「体験」するのが、90年〜00年代前半のヒップホップ・カルチャーだった。

PVをランキング形式で見せるMTVやBETの音楽番組もヒットの要因として大きかったが、テレビのターゲットはあくまでもクラブに行けない10代。DJクルーは、ストリートやレコード店でこっそり売られていたミックステープを、コンピレーション・アルバム『The Professional』にして堂々と売ってヒットさせた。所属はロカフェラ・レコーズ。ジェイ・Zとデイモン・ダッシュの慧眼である。ただし、参加アーティストとの契約やサンプリングの手続きが煩雑なうえトラブルが起きやすく、リリースされた頃にはもう耳慣れた曲が多いというマイナス面があったせいか、ミックステープ形式の正規アルバムは増えなかった。

 

50セント『Guess Who’s Back?』(2002)

「ミックステープで当てて世に出る」という方法を、「レコード会社が尻込みする理由以上に売れるポテンシャルがある」ことを証明する手段まで昇華したのが50セントだ。彼の炎上商法は、命がけ。40人以上もの同業者、業界人をディスった「How To Rob」のリリックが過激すぎて反感を買うのと同時に9発の銃弾を喰らい、コロンビア・レコーズからのデビューも吹き飛んだ。

しかし、アルバム並みのクオリティだった『Guess Who’s Back?』と、Gユニット名義の『50 Cent is The Future』と『No Mercy, No Fear』を立て続けに出し、炎上系MCの元祖エミネムに気に入られ、ドクター・ドレーとつながって大ブレイク。

「ストリートで話題になる」という現象を、当時ニューヨークにいた私は50セントでもっとも強烈に体験した。勝手にコピーされた『Guess Who’s Back?』は文字通り道端で売っていたし、『No Mercy, No Fear』に入っていた「Wanksta」は地域限定の流行語大賞を狙えるほど耳にした。50セントが現在実業家として成功しているのは、つねに正しい手段とメディアを選べるからだと思う。

 

リル・ウェイン『The Dedication』シリーズなど

ニューオーリンズのキング、リル・ウェインのキャリアを振り返ると、いろいろと計算が合わない。ホット・ボーイズの一員としてデビューしてからの芸歴は四半世紀近くあり、ソロとしては21年経っているが、まだ37才だ。オフィシャルのアルバムが14作、ミックステープはそれ以上のペースでリリースしている。

リル・ウェインにとってミックステープは、溢れ出るクリエイティビティとライムを無駄にしないで済むうえ、育ての親、バードマンが率いるキャッシュ・マネー・レコーズとその上にあるレコード会社の指図を受けずに作れる、より自由なフォーマットなのだろう。とくに、モンスター・アルバム『Tha Carter III』(2008)のあとは、続編への周囲からのプレッシャーと銃器不法所持による有罪判決が重なり、はけ口のようにミックステープをリリースした。

この時期はロックに寄った『Rebirth』(2010)より、ミックステープ扱いの『No Ceilings』(2009)の評判が良いという逆転現象も起きた。『Carter』シリーズは4と5 の間にキャッシュ・マネーと、その傘下の形でスタートしたヤング・マネー・エンターテイメントがドレイクやニッキ・ミナージュといったスターを生んだため、両者の確執が深刻化。リル・ウェインの賢いところは、そこで時間とエネルギーを使わず、とにかく曲を作ってコンセプトに沿えばオフィシャルのアルバムに、それ以外はミックステープで発表している点だ。

 

チャンス・ザ・ラッパー『Coloring Book』(2016)

2010年代のミックステープ・シーンは群雄割拠の時代だ。無名に近いアーティストは名を挙げるために、超有名アーティストは管理の目をすり抜けて柔軟にクリエイティビティを発揮するためにリリースし続ける。4年間でこの両方を成し遂げたのがチャンス・ザ・ラッパーだ。

2012年の『10 Day』こそ実験的で自己紹介の色が強いが、『Acid Rap』(2013年)と『Coloring Book』(2016)の丁寧な作り、完成度を考えると通常のアルバムとほぼ同じと考えるほうが妥当だろう。本来、ミックステープはアワードの対象外だったが、それを彼自身が働きかけて『Coloring Book』でグラミー賞を3つも受賞したことで、アルバムとミックステープの境界線はますます曖昧になった。最新作『The Big Day』は、多額の契約金に目もくれず、自主製作の形でチャンスの正式なファースト・アルバムとなっている。

 

ドレイク『So Far Gone』(2010)〜『Dark Lane Tape Demo』(2020)

さて、本題のドレイクである。彼のデビューのきっかけもミックステープだ。

カナダで俳優として知名度があった彼は、3枚目のミックステープ『So Far Gone』の「Best Thing Ever」がヒットし、注目を浴びる。このテープに4曲も参加していたリル・ウェインのヤング・マネー・エンターテインメントと正式に契約する運びに。以来、アルバムを5枚、ミックステープを4枚リリースしている。アルバム並に高い評価を得た『If You Reading This, It’s Too Late』(2015)は、DJドラマと組み、Datpiff.comを使ってフリーでリリースしようとしたところ、キャッシュ・マネー・レコーズから「待った」がかかったという背景がある。

ドレイクはメンターであるリル・ウェイン方式を採用しているようで、様々なジャンルを横断する『More Life』もミックステープ扱いだ。ドレイクのレベルになると、本人がなんと呼ぼうがストリーミングの再生回数で大金が動くため、ミックステープでも権利関係をクリアにしているので、オフィシャルのアルバムとの違いは「本人がそう呼んでいるから」以外にほとんどない

 

2020年のミックステープ事情を説明してみたが、結果的に「人によってやり方が違い、なんでもあり」という結論になってしまった。やはり、ミックステープは作品であると同時に、アーティストが自分のタイミングで自分の伝えたいことを発信するメディアなのだ。あまりなじみがない人も、アーティストがどういう意図でミックステープを作っているか読み取りながら聴くという、ヒップホップ的には古くてストリーミング時代には新しい楽しみ方をしてみよう。いずれにしても、「オフィシャル・アルバムではないので騒がなくてもいい」という姿勢は大損だ。

Written By 池城美菜子(ブログはこちら




ドレイク『Dark Lane Demo Tapes』
2020年5月1日発売
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music


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