ヴァネッサ・カールトン「A Thousand Miles」がリバイバルヒットへ。YouTubeやTikTokなどで再注目
2002年に発売されたアメリカ人シンガーソングライター、ヴァネッサ・カールトン(Vanessa Carlton)の「A Thousand Miles」が、今日本でじわじわと注目され、リバイバルヒットへの兆しが見え始めています。そんな現在の盛り上がりとこの曲、そしてヴァネッサというアーティストについて、ライターの松永尚久さんに解説いただきました。
透き通った水のようなクリアで美しいピアノから始まるイントロからスタートするとある楽曲が、ジワジワと話題を呼んでいるのはご存知だろうか?
きっかけは日本の人気バンドであるONE OK ROCKが、2014年におこなった横浜スタジアムでの公演においてフロントマンであるTakaが「好きな曲」としてアコースティック・パフォーマンスをしたことと言われている。オリジナルの持つピュアな輝きを大切にしながらも、バンドだからこそ響かせられる鼓動を感じさせる美しいアンサンブルを響かせ、会場にいたオーディエンスを圧倒させたのはもちろんのこと、口コミでも話題に。それまで彼らの楽曲を耳にしたことのないリスナーをも巻き込み、魅了させ、動画サイトには「聴いているだけで元気が出る」「いつまでも聴いていたい」などの投稿が殺到し、現在までに1,300万回を超える再生数を記録しているものもある。
その感動の輪はジワジワと広がり、2020年に入ると大きな注目を集めるようになった。1月には東京・新宿にある都庁に置かれたピアノで、同じ楽曲を演奏する動画『「A Thousand Miles」を弾いたらイケメンの外国人が大興奮?!【都庁ピアノ】』が公開。途中でピアノを弾く指がもつれそうになる人間味を感じさせる場面を交えながらも、丁寧に楽曲を演奏する様子に、原曲を知っている様子の外国人来訪者を含め、多くの人を引き付けていた瞬間をとらえたもので、その動画に対して「2020年代にこの楽曲の素晴らしさを改めて知ることができた」など、海外からの感動コメントも相次ぎ、これまで100万を超える再生数に達している。
また人気ラジオ番組『SCHOOL OF LOCK!』内のコーナーにて、シンガーソングライターであるEveが「受験生に贈りたい曲」としてピックアップ。「夏休み中にこれを聴いていたら、勉強が捗った」とコメント。さらに、声優でありミュージシャンとしても活躍する蒼井翔太も、地上波TV音楽番組「Love Music」にて「影響を受けた曲」のひとつとして紹介すると、大きな反響を起こした。
人気ソーシャルメディア「TikTok」においても、ミュージック・ビデオを編集した動画がわずか24時間で100万回再生を記録し、さらにこの曲のヴォーカルにあわせて表情やポーズを変えるキュートな動画が次々と投稿され話題を呼んだのだった。
結果この1年でストリーミングなどの再生数が、以前までの10倍以上を記録するほどの勢いに達し、現在リバイバル・ヒットの兆しを見せているのだ。その楽曲が、ヴァネッサ・カールトンが発表した「A Thousand Miles」なのである。
実はこの楽曲、2002年にヴァネッサのデビュー・シングルとして発表された作品である。幼い頃に描いていたバレリーナへの夢を諦め、もうひとつの目標であったミュージシャンになることを志し、ニューヨークで大学に通いながらウェイトレスの仕事をしていたという1998年頃の彼女。米・ペンシルベニアにある実家に帰省していた際、この楽曲のイントロにつながるピアノのメロディを思いつき演奏したところ、偶然耳にしたピアノ教師でもある母親から「これはヒット曲になる」と太鼓判を押されたことをきっかけに、この作品の物語は始まったという。
やがてスランプ時期があったものの、大手音楽レーベルのトップの耳に留まり、何度も試行錯誤を繰り返しながら、オーケストラやバンド・サウンドなどを重ねていき、完成していったという楽曲だ。
ヴァネッサ自身はこの楽曲について「夢と現実の間を彷徨っているような世界。でも、愛を描けたと思う」と語る楽曲。それまでの人生経験に思いを巡らせながら、物理的もしくは精神的に「1,000マイル(約1,600km)」ほどの距離(ディスタンス)ができてしまったとしても、大切な人(恋人だけでなく家族、そして音楽)へのピュアな思いはずっと持ち続けたいという心境を、柔らかさがありながらも芯の強さがあるヴォーカルで響かせている。
また、この楽曲のミュージック・ヴィデオも印象的だ。ヴァネッサが自宅(と思わせる場所)のガレージにあるピアノの前に座って演奏し始めた瞬間に、景色が動き出し、おそらくLAと思われる住宅街を走り、山脈、繁華街、ビーチなどを巡って再び家に戻ってくるまでの旅を表現しているドラマティックな仕上がりで、発表から20年近く経過した現在でも、多くの反響が届き、3億に迫る再生数を記録している。
発売当時から瞬く間に世界を魅了させ、全米チャートでは41週間にわたってトップ100チャートにランクインし続けた「A Thousand Miles」。同年4月には、この楽曲も収録のデビュー・アルバム『Be Not Nobody』もリリースされ、全米チャートでトップ5入り、日本においても20万枚をセールス。さらに翌年のグラミー賞では楽曲が主要部門である「年間最優秀レコード」と「年間最優秀ソング」に加え「最優秀インストゥルメンタル・アレンジメント(ヴォーカル)」にノミネート(残念ながら賞を獲得できなかったが)。日本でも第17回ゴールドディスク大賞にて「ニュー・アーティスト・オブ・ザ・イヤー」を獲得するなど、21世紀の始まりを代表する楽曲、ミュージシャンとなった。
その後も、映画やドラマのサントラやTV CMソングなど、さまざまな場面でこの楽曲が使用される機会が増えた「A Thousand Miles」は、(タイトルやシンガーのことなど知らなくても)イントロを耳にしただけでどんな曲なのかが多くの世代の人々に伝わる、「時代を超えたスタンダード曲」として広く認知されるようになる。結果、ONE OK ROCKをはじめとする幅広いミュージシャンなどの耳にも鮮烈な記憶を残したのではないかと思う。
しかし、なぜこの時期になって再び盛り上がりを見せているのだろうか?それは、新型コロナウイルス蔓延の影響もあるのかもしれない。以前のように好きな人に会うことや、行きたい場所に気軽に足を運ぶのが難しくなった状況。たとえ、実際に身体でその体温や空気、匂いに触れることができない「ディスタンス」が生まれていたとしても、「心の距離」はこれまでと変わらない、いやそれ以上に密接になっているという楽曲の持つメッセージが、今の状況にフィットし、そしてエネルギーを与えたからなのではないかと思う。約20年の時間という「距離」を超えて、ヴァネッサは今の私たちに何かを真剣に愛することの意味、尊さを届けてくれたのかもしれない。
時を超えて、心に響く楽曲を届けてくれたヴァネッサ・カールトン。「A Thousand Miles」を発表して、大ブレイクしてからの彼女は、時にはヒットの呪縛にとらわれる日々もあったそうであるが、常に自分の表現したい音楽を追求し続けている。2018年には16年ぶりとなる来日公演を敢行し、大喝采。さらに20年には通算6作目となるオリジナル・アルバム『Love is an Art』をリリースするなどし、さらにファン層を徐々に拡大。今や実力派シンガーソングライターとしての地位を揺るぎないものとしている。
また音楽活動と並行して、環境や人権問題などにも真剣に取り組む姿も話題に。さらに2019年にはキャロル・キングの半生を描いたミュージカル『ビューティフル』にてブロードウェイ・デビューを果たすなど、別分野においても自身のアートを表現している。プライベートにおいても子どもに恵まれ、充実した毎日を過ごしている様子だ。
デビュー当時のインタビューにおいて、「私がピアノを弾いている時の気分を、聴いている人達にも感じてもらえたら最高です。夢中になると何時間でもピアノを引き続けることができる。その瞬間は、メロディと一体になれるのです。また、ピアノを弾くことよって、その時の感情や思いが高まることも良くあります。とっても精神的なことなんです」と語っていた彼女。
最新の作品を耳にしていると、ピアノという枠にとらわれずに音楽を制作している様子がうかがえるものの、何かと融合したことで生まれる「心のキラキラ」をデビュー当初からずっと追求し、音楽として表現している姿が鮮やかに伝わってきたのだ。ヴァネッサ・カールトンは「A Thousand Miles」を超える感動を、今後も多く届けてくれそうな予感がする。
Written by 松永 尚久
「A Thousand Miles」収録アルバム
ヴァネッサ・カールトン『Be Not Nobody』
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