カントリーミュージックはアーティストたちにとって再度音楽と向き合えるチャンスを与えてくれる

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Photo: Brett Carlsen/Getty Images for Spotify

ラジオDJ、ライナー執筆など幅広く活躍されている今泉圭姫子さんの連載「今泉圭姫子のThrow Back to the Future」の第87回。

今回は、初めてのカントリーアルバム『F-1 Trillion』が、全米チャート初登場1位を獲得したポスト・マローンをきっかけに、最近のアメリカ音楽市場とカントリー・ミュージックについて寄稿いただきました。

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全米チャートとカントリー・サウンド

最近のお気に入りアルバムは、昨年発売になったモーガン・ウォーレンの『One Thing At A Time』とポスト・マローンの『F-1 Trillion』。この2作をリピートしながら、日々過ごしています。『One Thing At A Time』は、カントリー・チャートのみならず、ビルボードHot 100でもナンバー・ワンに輝き、シングル「Last Night」もジャンルを超えて、全米1位になっています。

切ないメロディに、力強さと優しさがバランスよく耳に残るヴォーカルとカントリー・サウンドを彩る楽器の心地よい響きに酔いしれる「Last Night」は、これぞアメリカン・ポップスの名曲と言えます。

 

カントリー・ミュージックと現代アメリカ

そしてポスト・マローンの『F-1 Trillion』。ポスト・マローンがカントリー・アルバムをリリースすると言う意外性も話題になりました。シンプルな音の響きとカントリー・スターを迎えての豪華なヴォーカル陣による歌声が沁みわたるアルバムです。

先行シングル「I Had Some Help」では、モーガン・ウォーレンがフィーチャーされ、2人の共演が、アルバムへの期待度を高めました。シンプルで覚えやすいメロディに乗った歌詞は、まさにみんなで一緒に歌いましょう!です。ヒット曲の要素が100%詰まっている楽曲といえます。

カントリー・ミュージックへの注目は、今に始まったことではありませんが、大物アーティストがカントリーを意識した作品作りは、昨今話題になっています。今年はビヨンセもカントリー・アルバム『Cowboy Carter』をリリースしました。

R&B界の女王がカントリーに傾倒したサウンドを手がけるとは、想像すらできませんでした。アルバム全体が、カントリー一色と言うわけではありませんが、全米1位になったシングル「TEXAS HOLD ‘EM」は、まさにカントリー・ミュージックへの彼女からのリスペクトでした。ドリー・パートンがナレーションで参加する「Dolly P」から、ドリーのヒット曲のカバー「Jolene」へと流れるあたりは、ビヨンセが子供の頃に慣れ親しんできたサウンドへの感謝に聴こえました。

その大御所ドリー・パートンは、2023年、新作アルバム『Rockstar』をリリースしました。カントリー界を代表するレジェンド・シンガーが、ロックに挑戦したのです。それもスティング、アン・ウィルソン、スティーヴン・タイラー、スティーヴィー・ニックス、ピーター・フランプトン、マイリー・サイラス、P!NK、ロブ・ハルフォード、サイモン・ル・ボン、リッチー・サンボラ、ポール・マッカートニーなどなど、錚々たるメンバーがフィーチャーされています。

これは、彼女の功績を称えるためならどんな協力も惜しまないといったアーティストたちの愛の表れでしょう。音楽ジャンルの垣根を超えてきたドリー・パートンへの賛美ともいえます。

少し前の話になりますが、ボン・ジョヴィが、2005年にリリースしたアルバム『Have A Nice Day』から「Who Says You Got Go Home」がカントリー・チャートの1位に輝いたことがありました。長年ボン・ジョヴィ・サウンドを聴き続けてきた人たちにとっては、この曲があえてカントリー・サウンドとは感じられなかったはずです。どちらかというと、これぞボン・ジョヴィです。

ところが思わぬフィールドでのヒットは、ボン・ジョヴィがジャンルを超えて、アメリカを代表するバンドであることを証明することになりました。そして次作アルバム『Lost Highway』は、ナッシュヴィルでの制作となり、バンジョーを大胆に取り入れた楽曲を制作しています。

 

先入観の向こうのカントリー

昔話になってしまいますが、私がラジオ日本「全米トップ40」のアシスタントDJのオーディションを受け、ひよっこながらADの仕事も並行し始めた1981年ごろです。当時のプロデューサーの方から、「全米トップ40」版カントリーチャートの番組「カントリーカウントダウン」(DJは八木誠さん)を制作するからADとして参加して、と言われました。

UK好きな私にとって、念願の「全英トップ20」の出演を始めた頃でした。アメリカ、イギリスのチャート番組に携わるのは楽しい時間でしたが、カントリーは先入観からか、当時の私には、何を聴いても耳に残ることはありませんでした。毎週送られてくる原盤のTop40を全曲聴き、編集し、台本を作る、といった作業。そして収録時にまた聴く、とちょっとした拷問の日々でした。

ところが、毎週作業を重ねていくと、どんどんカントリー・サウンドが耳に残るようになり、アーティスト名をしっかり覚え、八木さんや専門家のDJの方が話す内容も理解できるようになっていきました。インターネット時代ではありませんから、アーティスト情報はアメリカの原盤DJの情報だけが頼りでしたが、カントリー・ミュージックを楽しめる域まで到達することができたのです。

カントリーフェスにいったことがあるわけでもなく、現地で体感したわけでもありませんが、この経験があったからこそ、今の私の中に、UK音楽だけじゃなく、ボーイズ・グループだけでもなく、アメリカン・ミュージックのルーツの一つとも言えるカントリー・ミュージックを楽しんで聴くことができているのではないかと思っています。

 

ポスト・マローンのカントリー・アルバム

前置きが長くなりましたが、ここ数日はポスト・マローンのアルバム『F-1 Trillion』を聴きまくっています。アルバムには、カントリー界を代表するハンク・ウィリアムズ・ジュニア、ティム・マグロウ、ルーク・コムズ、クリス・ステイプルトンなどがフィーチャーされています。昨今流りの音の加工を楽しむサウンドに、私自身お腹いっぱいになってしまっているということもありますが、このアルバムでは、1曲1曲の持つシンプルで楽器そのもののストレートな音と真っ正直なヴォーカル・ソングを楽しめる自分がいるのです。

純粋で、なんの加工も施されていない、ポスト・マローンの奏でるオーガニックな音の世界と歌声を楽しんでいます。アルバム発売後、『F-1 Trillion : Long Bed』ヴァージョンがリリースされていますが、追加されたDisc2にはポスト・マローンがゲストを入れず、思いっきりカントリー・ミュージックを歌っている9曲が追加されています。これもまた彼のカントリー愛が伝わってくるのです。

テイラー・スウィフトは、ポスト・マローンをフィーチャーした「Fortnight」のビデオ撮影現場で「オースティン(本名)の多彩な芸術性には驚かされました」と発言しています。ポスト・マローン自身は、「アルバム制作中は、人生で最も楽しかった」と語っています。

ルーク・コムズをフィーチャーした「Guy For That」のMVでは、ポスト・マローンが、“Dolly Parton FanClub”と刺繍された白の帽子を被って登場。それだけでも、彼自身が誰よりも楽しんでいるのがわかります。

カントリー・ミュージックは、音楽を創造するアーティストたちにとって、本来の自分自身の姿を再発見することができる大切なルーツであり、音楽を純粋に楽しんでいた頃、車を運転しながら大声で歌っていた頃、そんな時代を思い起こさせ、再度音楽と向き合えるチャンスを与えてくれる存在なのでしょう。作り手が楽しければ、リスナーも自然に楽しくなるものです。私たちも存分に、素直に楽しめる音楽になっています。

ポスト・マローンは、9月8日ソルトレイクシティを皮切りに、21公演に及ぶ全米ツアーを行います。ラストは、10月19日のナッシュビル・ニッサン・スタジアム。カントリー・ソングのコレクションとなるとのことです。

Written By 今泉圭姫子



ポスト・マローン『F-1 Trillion : Long Bed』
2023年8月16日配信
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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今泉圭姫子のThrow Back to the Future』 バックナンバー

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