ジャスティン・ビーバーの新作『Changes』発売と初来日時の想い出【今泉圭姫子連載】
ラジオDJ、ライナー執筆など幅広く活躍されている今泉圭姫子さんの連載「今泉圭姫子のThrow Back to the Future」の第33回。今回は2月14日に5枚目のスタジオ・アルバム『Changes』が発売になったジャスティン・ビーバーについて、彼の初来日の時にインタビューした思い出とともに執筆いただきました(これまでのコラム一覧はこちらから)
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ジャスティン・ビーバーに初めて会ったのは、彼が16歳の時でした。2010年、プロモーションで初来日したジャスティンは、年齢よりも幼く見える顔立ち、そしていつもサラサラな前髪を気にして、キャップの被り方にこだわっていた少年でした。12歳のアーローン・カーターにインタビューした時は、おやつとキディランドで買ったおもちゃをチラつかせ、集中力が効く15分間が勝負のインタビューでしたが、16歳ともなれば、ジャスティンにはそこまで気を使わなくていいかも、とインタビュー前はそう思っていました。
しかし、幼さが残るビーバー君(当時はこう呼んでいました)なので、やはりプレゼント攻撃、お菓子攻撃は必要だということになり、当時彼のマイブームだったシューズをプレゼントしたり、うまい棒を食べさせたり(抹茶味は失敗したけれど)、手を変え品を変え作戦で、1時間同じ場所でのインタビューに耐えてもらったのが、今となっては懐かしい思い出です。
あの頃のジャスティンは、ノリノリでうまい棒を食べてはいましたが、実は13歳の頃からマリファナを経験し、すでに心の闇を彷徨っていただなんて、想像すらできませんでした。5年振りの新作『Changes』を発表するにあたり、ドキュメンタリー「Justin Bieber: Seasons」を製作し、今年になってYouTubeを通して自ら発信。1回10分前後の動画を次々とアップしました。このドキュメンタリーは、今まで本人の口から語られることのなかった真相が映像を通して知ることができます。もちろん、ショッキングな内容もあるのですが、これは、ジャスティンが乗り越えなくてはいけない出来事を、彼自身が明確にし、そこからサバイヴする姿として映し出されています。あえて言うなら、このドキュメンタリーは、ジャスティン・ビーバーからファンに向けての(メディアに向けてとも言えますが)、ひとつの告白動画だといえるかもしれません。
「Baby」を歌い、世界のアイドルとなったジャスティンは、数々のヒット曲を連発し、アイドルの枠を超え、クリエイターとしての才能を開花させていきました。しかし、彼が有名になればなるほど、ゴシップ誌はジャスティンをターゲットに彼の私生活を暴き、パパラッチの餌食になっていきました。そして、ジャスティンのメンタルが徐々に崩れていく姿を、私たちは見せつけられてきたのです。
ドキュメンタリーでは、故郷スタッフォードの街の一角でバスキングしていた時の写真を紹介したり、音楽を始めるきっかけは、様々な出来事からエスケープすることだったと語られています。12、3歳の子供が、エスケープしたくなるような精神状態になっているという事実ほど、危険なことはありません。しかしその中で、彼が選んだ手段である音楽は、その後もジャスティンの大きな支えとなっていきます。そして音楽から離れなければならない事態が襲ってきたのも確かですが、音楽で再び起き上がることができたことも事実です。
音楽も、ドラッグも、すべて現実から離れられる手段のひとつ、エスケープだったと言うジャスティン。心の内を歌にすることは、時には防御にもなってくれるし、時にはアイデンティティにもなり、癒しにもなりますが、それと同時に怒りにもなるのでしょう。そしてポジティヴな時もネガティヴな時も、自分のそばにいてくれる存在、それが彼にとっては音楽だったわけです。
ドキュメンタリーのインタビューでは、両親の話になった時だけ、ジャスティンは声を荒げました。早く結婚したかった、家族が欲しかった、という夢は随分前から抱いていたということです。そして結婚した今は子供が欲しい、良い父親になりたいと言っています。彼が求めていたのは、名声でも、音楽ビジネスでの成功でもなく、音楽に囲まれた幸せな家庭なのだということに気づかされます。
2017年、『Purpose』のツアー中、あと14公演を残す段階で、ツアーをキャンセルし、しばらく音楽業界から遠ざかっていたジャスティンは、2018年にヘイリー・ボールドウィンと婚約、翌年9月30日には結婚式を挙げています。そして同年2019年の4月にはアリアナ・グランデのコーチェラでのステージに飛び入りし、アルバム製作を自ら発表し、新しい一歩を踏み出す決心をしました。結婚はプライベートな出来事ではありますが、ジャスティンにとっては、音楽を創り続ける上でのミューズとしてヘイリーの存在の大きさをあげています。レコーディングの時も、片時も離れずに、ヘイリーはジャスティンの姿を見守っています。
ドキュメンタリーを通して知る事実は他にもありました。ジャスティンは、ライム病であることを告白したのです。そんな彼が、ヘイリーとの出会いによって、健康な体になるためのトリートメントを積極的に受けています。今、新しい人生のチャプターを前向きな気持ちで開こうとする彼の姿を見て、心から拍手を送りたい気持ちになりました。新作はヘイリーへの愛を歌っていると言われています。もちろん、愛と人生への導きが歌われています。あえていうならば、アーティストとしてのジャスティン・ビーバーが、自分が感じているテーマを素直に音楽に表現したアルバムとして『Changes』は生まれたといえるでしょう。“人生において、誰もが変わるためのチャンスを与えられる”という言葉を信じているというジャスティン。このアルバムこそが、人生をより良く、そして望みを叶えることができるチャンスになるのだと信じているのでしょう。
さてここで、海外の音楽事情に詳しいDJ/VJ、そして熱心なBeliebersのひとり、シャーリー富岡さんにコメントをいただきました。
Apple Musicのゼイン・ロウによる、ディープな45分にも及ぶインタビューの中で、「もしかしたら自己破壊へ向かっていった?」という質問に対して、ジャスティンは「すごく良くない時期があった。とにかく暗闇の中にいた。今こうして生きていられることは奇跡だ」と語っていました。そしてジャスティンの大ファンとして知られるビリー・アイリッシュに対しては、涙目になりながら、「僕と同じ経験から守ってあげたい」と。
この10年間、彼の人気は巨大化し、彼を巡るトラブルや心配事も増えていき、いつの間にか笑顔が消え、angerの世界にいるように見えました。最初にジャスティンに会った時、15分のインタビューに集中してもらいたく、私もお菓子と291295=HOMMEのスカル入りフーディーをプレゼントしました(みんな同じ。笑 by今泉)。女の子たちに優しくて、ハグはかかさず、ディレクターの女の子にヘッドロックをかけたり、再会した時も、すぐに抱きついてきて。そんなジャスティンからどんどん笑顔が消えていく姿も私たちは見てきました。
ジャスティンは「どんな人にでも、それぞれ痛みや恐怖、そして不安がある」と。今彼は、その痛みや不安を乗り越えようとしているのでしょう。体の病気、メンタルヘルスを抱えての新作『Changes』の発表に対しての、メディアの反応を探ってみました。
- 空港のターミナル並みのエロティズムに輝く、夫婦愛についてのR&Bアルバムで帰ってきた。大人になったポップ・スター!(PITCHFORK)
- どの曲も悪くはないが、今までのトレードマークであるキャッチーさに欠けているため、いつか忘れさられるでしょう(ROLLING STONE)
- ビーバーの弱いカムバックとなったアルバムは、愛し合っている二人のコレクション集。革新的な作品ではない(NME)
こういった辛口なコメントが目につきました。しかし、いずれも才能に溢れたビーバーへの期待からくるものではないかとも感じました。BillboardやLA Timesなどは評価が高かったです。北米ツアーを発表したジャスティンですが、自分は大丈夫だと信じたい、という彼のまだまだ続く奮闘をBeliebersとして応援していきたいです
(シャーリー富岡)
なかなか厳しい意見があるのですね。でも今の彼には、そういったメディアの批評は必要ないのかもしれません。音楽に囲まれ、新しい家族とともに、人生をどのように楽しく、幸せに生きていくのかが、重要なのでしょう。それでいいのだと思います。『Changes』、ジャスティンの心の声が聞こえる素晴らしいアルバムです。
Written by 今泉圭姫子
ジャスティン・ビーバー『Changes』
2020年2月14日発売
CD / LP / iTunes / Apple Music
- ジャスティン・ビーバー アーティストページ
- ジャスティン・ビーバー、2020年に新作アルバム発売を発表
- ジャスティン・ビーバー、新作アルバム『Changes』発表。ケラーニを迎えた新曲も公開
- ビリー・アイリッシュ 憧れのジャスティン・ビーバーとのコラボが実現
- ベスト・クリスマス・ポップ・プレイリスト
今泉圭姫子のThrow Back to the Future』 バックナンバー
- 第1回 :U2『The Joshua Tree』
- 第2回 :バグルス『ラジオ・スターの悲劇』
- 第3回 :ジャパン『Tin Drum』(邦題:錻力の太鼓)
- 第4回 :クイーンとの出会い…
- 第5回:クイーン『世界に捧ぐ』
- 第6回:フレディ・マーキュリーの命日に…
- 第7回:”18 til I Die” ブライアン・アダムスのと想い出
- 第8回:ロキシー・ミュージックとブライアン・フェリー
- 第9回:ヴァレンシアとマイケル・モンロー
- 第10回:ディスコのミュージシャン達
- 第11回:「レディ・プレイヤー1」出演俳優、森崎ウィンさんインタビュー
- 第12回:ガンズ、伝説のマーキーとモンスターズ・オブ・ロックでのライブ
- 第13回:デフ・レパード、当時のロンドン音楽事情やガールとの想い出
- 第14回:ショーン・メンデス、音楽に純粋なトップスターのこれまで
- 第15回:カルチャー・クラブとボーイ・ジョージの時を超えた人気
- 第16回:映画「ボヘミアン・ラプソディ」公開前に…
- 第17回:映画「ボヘミアン・ラプソディ」サントラ解説
- 第18回:映画「ボヘミアン・ラプソディ」解説
- 第19回:クイーンのメンバーに直接尋ねたバンド解散説
- 第20回:映画とは違ったクイーン4人のソロ活動
- 第21回:モトリー・クルーの伝記映画『The Dirt』
- 第22回:7月に来日が決定したコリー・ハートとの思い出
- 第23回:スティング新作『My Songs』と初来日時のインタビュー
- 第24回:再結成10年ぶりの新作を発売するジョナス・ブラザーズとの想い出
- 第25回:テイラー・スウィフトの今までとこれから:過去発言と新作『Lover』
- 第26回:“クイーンの再来”と称されるザ・ストラッツとのインタビュー
- 第27回:新作を控えたMIKA(ミーカ)とのインタビューを振り返って
- 第28回:新曲「Stack It Up」を発売したリアム・ペインとのインタビューを振り返って
- 第29回:オーストラリアから世界へ羽ばたいたINXS(インエクセス)の軌跡
- 第30回:デビュー20周年の復活作『Spectrum』を発売したウエストライフの軌跡を辿る
- 第31回:「The Gift」が結婚式場で流れる曲2年連続2位を記録したBlueとの思い出
- 第32回:アダム・ランバートの歌声がクイーンの音楽を新しい世代に伝えていく
今泉圭姫子(いまいずみ・けいこ)
ラジオDJ、音楽評論家、音楽プロデューサー
1978年4月、湯川れい子氏のラジオ番組「全米Top40」のアシスタントDJのオーディションに合格し、この世界に入る。翌年大貫憲章氏とのコンビでラジオ番組「全英Top20」をスタート。以来現在までにラジオDJ以外他にも、テレビやイベント、ライナー執筆など幅広く活動。また、氷室京介のソロ・デビューに際し、チャーリー・セクストンのコーディネーションを行い、「Angel」のLAレコーディングに参加。1988年7月、ジャーナリスト・ビザを取得し、1年間渡英。BBCのDJマーク・グッドイヤーと組み、ロンドン制作による番組DJを担当。
1997年、ラジオ番組制作、企画プロデュースなど活動の場を広げるため、株式会社リフレックスを設立。デュラン・デュランのジョン・テイラーのソロとしてのアジア地域のマネージメントを担当し2枚のアルバムをリリース。日本、台湾ツアーも行う。
現在は、Fm yokohama「Radio HITS Radio」に出演中。
HP:http://keikoimaizumi.com
Twitter:https://twitter.com/radiodjsnoopy
Radio:Fm yokohama「Radio HITS Radio」