フレディ・マーキュリーの命日に…
ラジオDJ、ライナー執筆など幅広く活躍されている今泉圭姫子さんの連載「今泉圭姫子のThrow Back to the Future」の第6回です。コラムの過去回はこちら。
クイーンにとって最後のツアーとなった「The Magic Tour」のラストは、1986年7月11、12日の2日間に渡って、ロンドン・ウェンブリー・スタジアムで行われました。その年の6月に発売になった『A Kind Of Magic』を引っさげてのこのツアーは、世界的なバンドとして頂点に立ったにも関わらず、UKとヨーロッパの限定ツアーとなったことが今でも悔やまれます。この1年前に、ソロ・アルバムのプロモーションで来日をしたフレディにインタビューした時に、「クイーンの解散はありえない。グループとしての絆はますます強くなっている。僕たちはこれからもクイーンとして活動していくよ。今のところはね。ただいつ何が起こるかわからないから、突然お互い顔を見るのも嫌になるかもしれない(笑)。今は4人でいることが楽しいんだ」と、話していたから、「The Magic Tour」が最後のツアーになるだなんて、予想もしていませんでした。いつ何が起こるからわからない、と言っていたフレディの言葉が、5年後にそのようなことになってしまうなんて、あの時は思いもしなかったのです。
「この記念すべきスタジアム・ツアーは見に行かなくては!」という強い思いが突然湧き上がり、私はロンドンへと向かいました。すでにDVD化されているので、このツアーの凄さは多くのクイーン・ファンには伝えられています。その後リリースになった『The Miracle』そして正式にはラスト・アルバム『Innuendo』でもツアーがなかった理由は、フレディの健康状態にもありましたが、このツアーこそ、一時代を築いてきた一組の英国を代表する偉大なるロック・バンドの集大成であったように思います。72,000人の人々をも一気に飲み込んでしまうほどのパワーが、スタジアムに放たれたかのような特別な空間を感じたとでもいいましょうか・・・・
このコンサート終了後、興奮状態の私を、当時イギリス在住の日本人プロデューサー、宇都宮カズさんが恐れ多くもアフター・パーティーに誘ってくださいました。クイーンのアフター・パーティーだなんて、ただただ目を丸くしてその場にいた記憶しかありません。会場は、確か超セレブなケンジントンのレストラン。なんでこういうことをはっきり覚えていないのか自分に嫌気がさします。ロジャーやブライアンは気さくに挨拶を交わしてくれましたが、フレディはレストランの奥の奥の王様席にいました。近寄れなくてもいい、ただ同じ場所で同じ空気を吸っていることだけで満足でした。フレディはピアノを少し弾いたような記憶があります。パーティー会場に現れたセレブ達もすごいメンバーでした。デュラン・デュランのニックとジョンにも会場で鉢合わせしました。「あら、来てたの〜」と簡単に会話を交わし、私の目は再び奥の奥のフレディへと。当時携帯電話があったら、写真バンバン撮っているのに……あのころ手にしていたのは「写ルンです」。何も残っていません。それでも頂点を極めたバンドのアフター・パーティーに参加できただけで大満足でホテルへと帰った私でした。あ〜、エルトン・ジョンもいたような……
その後1988年、フレディに会うことができました。インタビューという形ではありませんでしたが、当時ジャーナリスト・ビザを取得し、ロンドンに住んでいた私は、モンセラ・キャバリエとのデュエット・アルバム『Barcelona』のリリース記者会見に出席しました。海外の記者会見がどんなものなのかを知る術もなかった私は、ただ黙って座って出席するだけのものだと思い込んでいたのですが、ロンドンのオペラ劇場で行われた記者会見は、とってもゆる〜いもので、フレディが登場すると、誰もがフレディを囲んでマイクを突きつけ、インタビューができたのです。まさかの接近可能に、私はラジオ用の大きなマイクを持って、20人ほどのジャーナリストがフレディを囲んでいる輪の中の下をくぐり抜け、(小柄の特権をいかし)下からフレディを見上げるようにマイクを差し出しました。そんな日本人の姿をフレディが哀れと思ったのかどうかわかりませんが、「僕の日本語どうだった? 大丈夫だった?」と声をかけてくれたのです。アルバムの中には「La Japonaise」という曲があって、フレディが日本語で歌ってくれています。「なぜ日本語の歌を歌ったのですか?」と聞くと、「それは日本が大好きだからだよ」と。そのあとは地元のジャーナリストたちの積極的な攻撃に潰され、髪を振り乱したまま退散しました。もっとしつこく、もっと積極的にいろいろ聞いておけばよかった、と後悔したのは、ずっとあとのことです。あの時は、フレディは元気でした。声も張りがあって、元気だったのです。
今私は『Innuendo』を聴いています。このアルバムは滅多に聴きません。フレディの生への叫びが聞こえてくるから、辛くて聴けないのです。でも今その叫びを聴きながら、原稿を書いています。たぶんフレディについて書くのはこれが最後になると思うから。
1991年11月25日の朝、関係者の方からの電話でフレディの死を知りました。エイズであることを公表した翌日のことでした。心ない言葉で綴られたイギリスの新聞記事を目にしては胸を痛め、「フレディ、なぜ隠れている」といった見出しの記事や、トップクラスのエイズ専門の医者が自宅を訪問した様子が取り上げたれたり、勇気をもってカミングアウトしたフレディの思いを打ち消すかのような報道ばかりでした。でも、それ以上にショッキングな彼の死を受け止めなければいけなかったのです。
日本のスポーツ紙や有名な雑誌などから取材の電話が鳴り、私はひとつひとつ丁寧に冷静に答える努力をしましたが、ある雑誌は「日本女性がスターに育てたゲイ歌手。男なのに女の感性で人気。エイズに死す」という見出しがつけられ、手が震えるほど怒りを覚えた記憶があります。しかしほとんどの記事は、「ロック界のスーパー・スター、エイズに倒れる」といったもので、一面でフレディの成し遂げてきた偉業を称える記事であったことが救いでした。
その日は、ただただフレディについてのインタビューに答えることで終わってしまい、この悲しい出来事を受け止める余裕すらなかったのですが、「He was brave to endo」という元恋人であり、長年にわたってフレディを支えてきた親友でもあるメアリー・オースティンさんの言葉を記事で見つけ、やっと涙が出てきました。
亡くなった年に発表になった『Innuendo』がどんな状況の中で制作されたかをあとで知れば知るほど、このアルバムの重みは増していきました。フレディは最後の曲「The Show Must Go On」にすべてを捧げたのでしょうか? どんな状況であってもショウは続けられていく……まさに彼の生き様を映し出したかのような曲。その後何冊かのフレディについて書かれた本を読むたびに、胸が痛くなりましたが、彼がエイズと戦ってきたことだけでなく、知らなくてもいいプライベートのことまで書かれてあり、そんなものは私にはいらない情報でした。
フレディという天才的なロック・スターを愛するファンの一人にとって、彼の人生を汚すような言葉はいらないのです。真実って時として残酷だと思いました。でもそれが真実であるかどうかだなんて、誰もわからないわけで……表向きに発言したことだって、心の中の言葉とは違うことがあるわけですから、真実の気持ちはフレディにしかわからないのです。人は皆そうだと思います。来年末にはフレディの伝記映画『Bohemian Rhapsody』が公開されるでしょう。どんな視点で描かれるのでしょうか? とても不安だし、心配です。
1992年4月20日イースター・マンデーの日、「The Magic Tour」を観たロンドン・ウェンブリー・スタジアムで「The Freddie Mercury Tribute Concert For Aids Awareness」が行われました。たった5年しか経っていないのに、同じスタジアムで観る光景は、あまりにも異なっていました。フレディの歌声がない、クイーン・サウンド。不思議な思いで見ながら、涙が止まりませんでした。
でもその日は、フレディのロック・スターとしての功績を称える多くのアーティストたちの歌声と一緒に私も大合唱していました。デヴィッド・ボウイ、ジョージ・マイケルなど参加したアーティストの中には、今は亡くなられた方もいます。あらためて「Under Pressure」は、もうライヴで聴くことができないんですね。
フレディは45歳の若さで亡くなりました。その年齢を大幅に過ぎてしまった私ですが、フレディを思う時、クイーンを聴くときだけは、10代の自分に戻れたり、20代の新米ラジオDJ、無謀な新人音楽評論家の気持ちを思い起こすのです。音楽って凄いな〜。これだけ一人の人生を変えてしまうマジックがあるんだな、と。そんな音楽にまた出会えることはないかもしれないけれど、音楽のマジックは信じて、これからも聴き続けていきたいと思うのです。
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