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シン・リジィ『The Acoustic Sessions』:プリミティヴな録音で浮かび上がる歌唱と演奏の素晴らしさ
アイルランドを代表するロック・バンド、シン・リジィ(Thin Lizzy)の初期楽曲の新たな魅力を引き出す、“アコースティック・ミックス”から成る新作アルバム『The Acoustic Sessions』が2025年1月24日にリリースされることが決定した。
このアルバムについて音楽評論家の増田勇一さんにレビューいただきました。
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1月24日にリリースされたシン・リジィの『The Acoustic Sessions』が素晴らしい。この作品はもちろんオリジナル・アルバムではないが、単なる貴重音源集でもない。昨年4月には『The Acoustic EP』という4曲入りのEPが各種ストリーミング・サービスを通じてリリースされているが、同作を予告編としながら登場したこの作品は、1971~1973年当時のスタジオ音源を骨格としながら、バンドの創設メンバーのひとりであるエリック・ベルが新たなギター・パートを加えて完成されたもので、タイトルが示す通り収録曲すべてがアコースティック・アレンジによるものとなっている。
今回はいわゆる通常盤のCD、ドルビーアトモス・ミックスによる音源が収録されたブルーレイとの2枚組仕様ヴァージョンに加え、UNIVERSAL MUSIC STORE限定のCDも登場。こちらにはゲイリー・ムーアのギターがフィーチュアされた「Slow Blues~G.M.」も追加収録されており、アルバム本編に収められたベルの演奏による「Slow Blues~E.B.」との聴き比べも楽しむことができる。
アルバム本編に収録されているのは当然ながらベルの在籍期の作品からの選曲となっており、デビュー作『Thin Lizzy』(1971年)と第2作『Shades Of A Blue Orphanage』(1972年)から各1曲、当時の彼らにとっての最新作にあたる第3作『Vagabonds Of The Western World』(1973年)から3曲、第1作と第2作の狭間にリリースされていたEP『New Day』から2曲がセレクトされ、さらに1972年にシングルとして発表された「Whiskey In The Jar」、1973年発表のシングル「The Rocker」にカップリング収録されていた「Here I Go Again」も収録されている。
名曲「Whiskey In The Jar」
シン・リジィの名を世に広めたのが、その「Whiskey In The Jar」のヒットだったことは言うまでもない。これはバンド出身国であるアイルランドのトラディショナル・ソングを彼ら流にアレンジしたもので、母国では実に17週にわたりシングル・チャートの首位を独走し、イギリスでも最高6位を記録している。
1968年にはザ・ダブリナーズがシングルとしてこの曲をリリースし、1991年にはそのザ・ダブリナーズとの共演という形でザ・ポーグスがこの曲をカヴァー。さらに1995年にはパルプがアルバム『Different Class』の中でこの曲を取り上げていたりもするが、多くの人がこの曲をシン・リジィの代表的なレパートリーとして認識しているはずだし、カヴァー集『Garage Inc.』(1998年)に収録されていたメタリカによるヴァージョンは、完全にシン・リジィ・ヴァージョンのカヴァーといえるものだった。
しかし結果的には看板曲のひとつとなったこの曲をシングルにすることについて、当初、シン・リジィのメンバーたち自身はあまり乗り気ではなかったというのだから面白いものだ。
改めて基本的な事実関係について整理しておくと、シン・リジィがアイルランドのダブリンで結成されたのは1969年のことであり、フィル・ライノット(vo,b)、エリック・ベル(g)、ブライアン・ダウニー(ds)に加え、当初はオルガン奏者を擁する4人編成だったが、デビュー時にはトリオ体制となり、同じ顔ぶれで最初の3枚のアルバムを発表。
ところが1973年の終盤あたりからバンドの演奏スタイルの変化のあり方に違和感をおぼえ始めていたベルが、同年の大晦日のライヴを最後に脱退。演奏途中にその場から立ち去ろうとしていた彼をどうにか説得しながらステージを最後までやり遂げたとの逸話も残されている。
その直後、バンドはピンチヒッター的にゲイリー・ムーアを迎えているが、第4作『Nightlife』(1974年)発表時にはスコット・ゴーハムとブライアン・ロバートソンというツイン・ギター体制になっている。ロバートソン脱退後に発表された『Bad Reputation』(1977年)当時はゴーハムのみのワン・ギター編成になっているが、同作以降、ゴーハムのギター・パートナーは、ふたたび加入要請を受けたゲイリー・ムーア、スノーウィ・ホワイト、そしてジョン・サイクスへと変わっている。
シン・リジィというバンド
実際、シン・リジィについて説明するとなると、詩人でもあるフィル・ライノットのソウルフルな歌唱スタイルや独特の存在感と、ツイン・ギターについて触れないわけにはいかないし、ツイン・ギターによるハード・ロックの型を確立したバンドのひとつが彼らだったと言っても差し支えないだろう。
しかしスタート地点においてのシン・リジィはワン・ギターのトリオ編成であり、ジャム・セッション的な自由度の高いブルージーな演奏を身上としていた。それが「Whiskey In The Jar」のヒットなどを経ながら徐々によりカッチリとしたスタイルに移行しつつあったことに、当時のベルは息苦しさを感じていたようだ。
ありがちな言い方をすれば「音楽的方向性の相違」ということになるわけだが、そうした理由から早々にバンドを離れていたベルの貢献が、今回の『The Acoustic Sessions』を成立させたといえる。逆に言えば、当時の音源に手を加えることを許されるべき人物は彼以外には存在しない。
いわば現在77歳になっているベルが、今なおギタリストとして活動を続けていたからこそ、この音源がこうして新たな命を持ち得たのである。2011年にはゲイリー・ムーア、そしてごく最近になってジョン・サイクスが他界しているだけに、こうした事実が持つ意味合いも重く感じられる。
今作のプロデューサーであるリチャード・ウィテカーがレーベルを通じてベルに打診をすると、彼はその申し出をすぐに快諾したのだという。そしてベル自身は、このバンドの創成期を振り返りながら、次のように発言している。
「1971年のデビュー・アルバム『Thin Lizzy』の時に“Eire”をレコーディングした時のことを憶えている。私が最初にメインのギター・パートをアコースティックで書いて、そこからバンドで組み立てていったんだ。全編で12弦アコースティックを弾いて、その上にエレクトリック・ギターを加えていったんだが、そういう作り方をしていたことが今回功を奏したといえる。最近になってベルファストのスタジオで、お気に入りの楽曲たちにフレッシュなギター・パートを加えて、新しいアコースティック・ヴァージョンを作ったんだ。オリジナルのアコースティック・パートを再構築して、当時フィルが録ったヴォーカル、当時のセッションでブライアンが思いついたドラム・パートも加えながらね」
この作品が生まれ得たのは、原曲たちがプリミティヴな方法で録音されていたからこそでもある。そして何より、音源として残されていた歌唱と演奏が素晴らしかったからこそ。ある意味、シン・リジィに対する一般的なイメージとは一線を画する内容だともいえるが、実はここにこそ、このバンドが生まれた時に持ち合わせていた空気が詰め込まれているのだ。
そして、『Vagabonds Of The Western World』にも通ずるイメージの本作のアートワークが、レトロな風合いでありながら新鮮に感じられるのと同様に、ここから聴こえてくる音から感じられるのは、懐かしさばかりではない。じっくりと腰を落ち着けて向き合いたい1枚である。
Written By 増田 勇一
シン・リジィ『The Acoustic Sessions』
2025年1月24日発売
CD(10曲入り) / CD(9曲入り)通常盤 / Blu-ray Audio
- シン・リジィの“アコースティック・ミックス”が新作アルバムとして発売
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