ザ・ウィークエンド『Dawn FM』が達成した、最高のポップアートが最高のポップミュージックであること
2022年1月7日にサプライズ発売されたザ・ウィークエンド(The Weeknd)の5枚目のスタジオ・アルバム『Dawn FM』。このアルバムは、
・世界125カ国のApple Musicアルバム・チャートで1位
・Spotifyでは月間リスナー数が8,600万人を記録し世界ランキング1位
・発売20日間でアルバムの再生回数は7.5億回を突破
・Billboardのグローバル・チャートでは、男性ソロ・アーティストとしては史上最多となる24曲をチャートイン
といった様々な記録を樹立。批評家やユーザーのレビューでもザ・ウィークエンドの作品として過去最高の評価を得ているこのアルバムについて、音楽・映画ジャーナリストの宇野維正さんに解説いただきました。
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キャリア最高傑作の内容
2022年の音楽シーンを揺るがす最初にして最大級のメガアルバム『Dawn FM』は、世界各国のヒットチャートを席巻しているのはもちろんのこと、これまでクリティックからは不当に冷遇されてきた感のあるザ・ウィークエンドのアルバムとしては異例とも言える絶賛を集めている。
個人的にも、コロナ時代を予見するような閉塞感や不安感をビジュアルイメージやミュージックビデオも含め見事に体現していた前作『After Hours』こそが、彼の約10年に及ぶキャリアの総括作にして最高傑作であると確信していただけに、こんなにも早くそのピークが更新されたことに興奮しつつ、まだ少々戸惑いを覚えているほどだ。
もっとも、音楽的なヒントという点では、『After Hours』以降のザ・ウィークエンドの動きを熱心に追っていたならば、その成果が何層にもわたって『Dawn FM』に流れ込んでいることに気づくはずだ。世界中のダンスフロアが閉鎖されていた2020年のサマーチューンとしてリリースされたカルヴィン・ハリスとの「Over Now」は、「I’m Good」(リル・ウェインのミックステープ『Dedication 5』収録)以来9年ぶりとなるリル・ウェインとの夢のコラボでメロウファンク「I Heard You’re Married」として結実(この曲は「Save Your Tears」のリミックスも記憶に新しいアリアナ・グランデがリル・ウェインをフィーチャーした2016年の「Let Me Love You」のアンサーソングなのではないかとも指摘されている)。
5年の活動休止期間を経て復活を遂げたスウェディッシュ・ハウス・マフィアとの2021年のクラブバンガー「Moth To A Flame」は、アルバム序盤を飾る「How Do I Make You Love Me?」と「Sacrifice」、2曲のキラーチューンへと昇華。「Best Friends」のイントロのサブベースが鳴り始めた瞬間、ポスト・マローンとの「One Right Now」の続編を期待して色めき立ったのも自分だけではないだろう。
80年代前半の英国ポップミュージック(ポストパンク/ニューウェーブ/ニューロマンティクス)への深い傾倒というミックステープ時代から一貫しているザ・ウィークエンドの音楽的シグネチャーや、『Beauty Behind the Madness』以降の作品から顕著になっていたマイケル・ジャクソンへのオブセッションも健在。「Beat It」を思わせるギターリフに「Don’t Stop ‘Til You Get Enough」を思わせるフロウ(言うまでもなく、いずれもクインシー・ジョーンズ時代のマイケルの曲)をのせた「Sacrifice」に続く「A Tale By Quincy」では、まさかの御大クインシー・ジョーンズご本人まで登場。「どうして自分は愛した女性を傷つけてしまうのか?」ということについての、いささかヘヴィすぎるパーソナルなモノローグを披露している。
アルバムというアートフォームの可能性
しかし、『Dawn FM』最大の驚きは、そうした音楽的な正常進化や夥しい数のコンテクストを超えて、この2022年という時代においてアルバムというアートフォームが持つポテンシャルを極限まで引き出してみせているところにある。
具体的に言うなら、ダンスフロア的なコンティニュイティの快楽(アルバムで最初に訪れるクライマックスが「How Do I Make You Love Me?」と「Take My Breath」をつなぐぶっといキック音であることに異論はないだろう)と、クラシカルなコンセプトアルバムとしての意匠(ザ・ウィークエンドと同じコンドミニアムの住人だという名優ジム・キャリーがDJを務める「夜明け」のFMステーション)の見事な両立。前者の意図については、ジョルジオ・モロダー譲りのユーロディスコ節全開の先行曲「Take My Breath」、そして前述したようにこの時代に敢えてカルヴィン・ハリスやスウェディッシュ・ハウス・マフィアのようなEDM全盛期の看板アクトたちを招集していることからも明らかだ。では、後者のコンセプトアルバムとしての『Dawn FM』の「コンセプト」はいかにして生まれたのか?
二人のプロデューサーとアルバムのコンセプト
ザ・ウィークエンドがグローバル・スーパースターとしてのポジションに駆け上がる際に最も重要な役割を果たしたプロデューサーは、2015年の大ヒット曲「Can’t Feel My Face」から作品に参加するようになったマックス・マーティンだ。彼が「Hardest to Love」「Scared to Live」「Blinding Lights」「In Your Eyes」「Save Your Tears」とアルバムの「表の顔」となる5曲のソングライティングやレコーディングに深く関わっていた前作『After Hours』は、いわば「マックス・マーティン時代のザ・ウィークエンド」の集大成とも言える作品だった。そのマックス・マーティンは本編16曲中11トラックと、曲数だけで言うなら今回の『Dawn FM』でも多くの曲に参加している。
しかし、注目すべきは『After Hours』では3トラック、マックス・マーティンとは「Scared To Love」1トラックのみで共作していたダニエル・ロパティン(OPN)も、『Dawn FM』では同数の11トラックに参加。しかも、そのうち10トラックがマックス・マーティンとの共作であることだ。
00年代後半から世界で最も多くのナンバーワンヒットを送り出してきたスウェーデン出身の超売れっ子プロデューサーと、同じく00年代後半からアメリカ東海岸のアンダーグラウンドでその卓越した前衛性と実験性によって名を馳せてきたエレクトロニック・ミュージックの鬼才。『After Hours』の時点で、そんな二人が一つの作品に並んでクレジットされていること自体がザ・ウィークエンドにしかなしえない快挙だったわけだが、遂にその音楽シーンの両極とも言える二つの才能ががっちり手を組むという、奇跡のようなバックアップ体制が確立されたのが今回の『Dawn FM』ということになる。
「Every Angel Is Terrifying」冒頭のリルケの詩の引用は、ザ・ウィークエンドがフィーチャーされたOPNの「No Nightmares」を引き継いだもの。そして、そもそもアルバム1作がそのまま架空のFMステーションというアイデア(そのアイデア自体はそこまで珍しいものではないが)は、同曲も収録されたOPNの最新アルバム『Magic Oneohtrix Point Never』のコンセプトでもあった。また、日本で大きな話題になっている「Out of Time」における亜蘭知子「Midnight Pretenders」のサンプリングも、そのアイデアがダニエル・ロパティンのものであることが、彼がアルバムリリース後にポストしたインスタストーリーで示唆されている。
共通の友人である映画監督のサフディ兄弟との縁もあって、映画『グッド・タイム』が公開された2017年以降、親交を深めてきたザ・ウィークエンドとダニエル・ロパティン。昨年はスーパーボウルのハーフタイムショーという一世一代の大舞台の音楽監督までダニエル・ロパティンに任せるなど、ザ・ウィークエンドの彼への信頼の深さは計り知れないものがある。きっとオファーは殺到しているに違いないが、ザ・ウィークエンド以外のメジャーなポップスターとのコラボレーションはおこなっていないダニエル・ロパティンにとっても、ザ・ウィークエンドとの協働は仕事を超えた次元での創作行為なのだろう(OPNの長年のファンの一人として、彼がお金で動くようなタイプのアーティストでないことはよく知っている)。
『After Hours』の大ヒット、とりわけ「Blinding Lights」の驚異的なロングヒットによって、もはや数字的には頂点を極めるところまで極めてしまったザ・ウィークエンド。そんな彼が次に向かったのが、『Dawn FM』のような芸術的達成度が高い、哲学的かつ神話的な作品だというのは、表現者としての必然だろう。ただ、それと同時にダンスフロアの狂騒を音楽的な軸に据えて、「ザ・プロフェッショナル」マックス・マーティンとの絆も絶たないところがスーパースターのスーパースターたる所以だ。ザ・ウィークエンドは『Dawn FM』で、最高のポップアートが最高のポップミュージックにもなり得ることを証明してみせたのだ。
Written By 宇野維正
ザ・ウィークエンド『dawn FM』
2022年1月7日発売
国内盤CD / LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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