今さら聞けない「覆面DJマシュメロ(Marshmello)は何が凄いのか?」:何からも縛られない自由と成功の理由
覆面DJとして数多くのヒット曲を放ち、2019年3月には幕張メッセと神戸ワールド記念ホールでの日本公演を実施、音楽以外の分野でも大成功となっているマシュメロ(Marshmello)。そんな彼はどうやって有名になったのか? 何が凄いのか? その成功の理由を音楽ライターの新谷洋子さんに解説頂きました。
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誰も素顔を知らない。でも曲ならみんな知っている。
もちろんマシュメロのことである。どこからともなくダンス・ミュージック界に現れたこのDJ/プロデューサーは、やがてメンストリーム・ポップ界へとクロスオーバーして破格の成功を収め、2018年にはバスティルとのコラボ曲「Happier」で全米ダンス/エレクトロニック・ソングス・チャートのナンバーワンを実に69週間、つまり1年以上独走。
驚異的な記録を樹立し、昨年『DJ Magazine』誌のDJランキングで5位に浮上したのみならず、『フォーブス』誌が発表した“世界で最も稼ぐDJ”ランキングでは、ザ・チェインスモーカーズに次ぐ2位につけた。
現在もホールジーとの共演曲「Be Kind」でチャートを騒がせている覆面のダンスポップ・マジシャンはそもそも、短い間にどう音楽界を攻略したのか。ここで改めて検証してみよう。
1. 無許可リミックスで勝ち取った評価とサポート
それは2015年春のこと、ひとりのアーティストがSoundCloud上で続々曲を公開し始めた。その名はマシュメロ(Marshmello)。ダブ・ステップとトラップをカラフルなシンセ・サウンドとミックスし、キャッチーなEDMに落とし込んだサウンドは、ダンス関係者の間で大きな関心を呼ぶことになる。
あのスクリレックスも例外ではなく、早速コンタクトをとり、彼とディプロのユニット=ジャックÜの大ヒット・シングル「Where Are Ü Now with Justin Bieber」のリミックスを依頼。いたってクールでミニマルな原曲に、トラップ仕様の満艦飾の演出を施したマシュメロ・ヴァージョンは、初の公式リリースとして同年6月に公開された。
以来彼のもとにはリミックスの依頼が殺到し、ゼッドの「Beautiful Now」やアヴィーチーの「Waiting For Love」、アラン・ウォーカーの「Sing Me to Sleep」を次々に手掛ける。
中でも話題を集めたのは、これらの公式な仕事以上もさることながら、アデルの名曲「Hello」の無許可リミックスだった。当然ながら発表後すぐに削除されたのだが、彼女のホロ苦い歌とマシュメロ節が絶妙なミスマッチを醸している音源は、今でもあちこちで聴くことができる。
その傍らでDJ活動も精力的に行なうようになった彼は、2015年10月、メキシコ人ラッパーのオマー・リンクスをゲストに迎えたオリジナル・シングル「Keep It Mello」を独自のレーベルJoytime Collectiveから送り出し、正式にデビュー。
効果を計算し尽くした激しいドロップ、派手なシンセ・サウンド、加工したボイス・サンプルといった特徴を持つ、“フューチャー・ベース”の新たなスターとして急速に存在感を強めていくのだ。
2. 覆面の面白さを徹底的に追求する
こうして瞬く間に大型ダンス・フェスの常連と化したマシュメロのブレイクに大きく寄与したのは、覆面アーティストであることに因るキャラクター性だ。
ダフトパンクとデッドマウスの例を挙げるまでもなく決して珍しい試みではないが、彼の場合は覆面ぶりが徹底していて、“オフ”がない。公の場では、名前の所以であるマシュマロ(marshmallow)を模した白いヘルメットを常時被っており(年々改良されているそうで、空調やLEDライトのプログラミング機能を備えた現在のモデルのお値段は約600万円)、これが、ユーモラスで人なつこいブランド・ロゴ、かつシンボルとして機能している。
服装も基本的には全身ホワイトで、図らずもクリス・コムストックという本名がバレてしまい、1992年にフィラデルフィアで生まれたアメリカ人だというところまでは判明しているものの、素顔を公の場で見せたことはなく、生い立ちも不明。インタヴューは筆談もしくはジェスチャーでこなし、マネージャーが代弁することもしばしばだ。
マシュメロはこのキャラ性を最大限に活用し、YouTuberとしてのポテンシャルも見せつけている。1カ月に2億5千万ヴューを誇るというチャンネルには、モトクロスやスケートボードに挑戦する『Adventure with Marshmello』のほか様々なコーナーがあり、中でもファンに愛されているのは、すでに100エピソード以上がアップされている『Cooking With Marshmello』。
ラウヴからポーラ・アブドゥルまで意外なゲストも交えて毎回料理をする企画で、インドネシアのナシゴレン、インドのサモサほか支持層が厚い国の郷土料理を取り上げるなど、ファン・サービスを欠かさない。
またダンス・アーティストの常でゲームとの関係も深く、ゲストとゲームを楽しむ『Gaming With Marshmello』も人気コーナーだが、2019年夏にはとうとう独自のスマホ向けゲーム『Marshmello Music Dance』を発表。
これに先立つ同年2月にも、世界最大のオンライン・ビデオゲーム『フォートナイト』の中でDJセットを披露して世間を騒がせた。1千万以上のファンが楽しんだというから、“ライヴ・イベント”の動員数としては当時の史上最高記録だろう。さる2020年4月末にトラヴィス・スコットがやはり『フォートナイト』内でライヴを行ない、他のアーティストもあとに続くと見られ、そういう意味では時代の行方を早々と読み取っていたようだ。
3. 軽いフットワークでシーンをクロスオーバー
そんなマシュメロは、「僕はいい音楽を作りたいだけ。そのために僕が誰なのか教える必要はないよね」との名言も残しているが、ミュージシャンとしての特徴を簡潔に言い表すなら、“フレキシビリティ”に尽きる。基本的にEDMであることは間違いないものの、アプローチの多様さにおいて並ぶ者がいないかもしれない。
まず彼の音楽はざっくりふたつのタイプに大きく分けられ、ひとつはフロア向けに独りで作るフューチャー・ベース路線のインストゥルメンタルに近い音楽。Joytime Collectiveからリリースした、少々人を食ったような同じタイトルを冠する3枚のアルバム――2016年の『Joytime』、2018年の『JoytimeⅡ』、2019年の『JoytimeⅢ』(収録曲は全てGaming With Marshmello』でも聴ける)――がこれに該当する。
最初の2枚はほぼ完全ソロ、サードは他のダンス・プロデューサーたちとの共作曲で埋められ、特に高セールスを記録したわけではない。
マシュメロにメインストリームな成功をもたらしたのはもうひとつのタイプ、大物アーティストたちとのコラボで生まれたポップなシングル曲の数々だ。そう、DJ/ダンス・プロデューサーとしての手腕に加えてソングライターとしての才覚を備えているところに、この人の勝因がある。
エモーショナルに心をくすぐることができるのである。しかも、コラボ曲についてはJoytime Collectiveではなくコラボ相手が所属する大手レーベルから発売することで、そのマーケティング・パワーを拝借しているところがなかなか賢い?
4. 国籍もジャンルもまたぐコラボレーター
思えばそういうポップ・ソングライティングの資質を彼が最初に見せつけたのは、ピッチを変えた自らのヴォーカルを用いたヒット・シングル「Alone」(2016年)だった。その後2017年には、共に全米ダンス・チャート1位に輝いたカリードとの「Silence」とセレーナ・ゴメスとの「Wolves」で、本格的に世界中のチャート上位に進出。
翌2018年も、アン・マリーとの「Friends」、故リル・ピープとの「Spotlight」、ボリウッド映画音楽の作曲家であるプリタムとの「Biba」などなど、国籍もジャンルも違う多彩な面々と組み、その都度様々な音を取り入れて新境地を開拓していった。
「Friends」ではGファンクぽいビートにギターのフレーズを織り交ぜるなど、生楽器の扱いも巧いし、「Freal Luv」ではファーイースト・ムーヴメントとEXOのチャンヨルを交えてK-POPブームを先取り。ヤングブラッド&ブラックベアーとの「Tongue Tied」はポップパンクに、クリス・ブラウン&タイガという組み合わせの「Light It Up」ではヒップホップに寄り、メタルコア・バンドのア・デイ・トゥ・リメンバーとのコラボ曲「Rescue Me」ではエモいEDMに挑んで、「One Thing Right」ではカントリー・シンガーのケイン・ブラウンと共演。アヴィーチーの「Wake Me Up」と並び称されるカントリーEDMが誕生している。
そうそう、全英・全米チャートで最高2位を記録した、現時点で最大のヒット・シングル「Happier」も忘れてはいけない。英国の人気バンド=バスティルとのコラボ曲だが、抑えた表現で切ない失恋ソングを盛り上げる、いわゆる“サッド・バンガー”の好例だ。
抑えた表現と言えば、ホールジーが歌う最新シングル「Be Kind」も然り。“ひとりで悩まないで愛する人には正直になろう”と語りかけるこの曲のメッセージは、人々がお互いに距離をとらなければならない、新型コロナウイルス感染症の流行という背景と関連付けずにいられない。
プロダクションにしても、現在の世界的なムードに寄り添うかつてなく繊細で優しいタッチが、じつに新鮮だ。いい意味でマシュメロが手掛けたものだとは気付かないかもしれないが、“mellow”という単語が名前に含まれているくらいだから、アゲるだけでなく癒すこともできることを、ここにきて彼は証明したんじゃないだろうか?
Written By 新谷 洋子
2020年5月1日発売
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