ラッパー、ダベイビー(DaBaby)が最強の理由:その経歴と3曲のMVから読み解く
2020年4月17日に発売した3枚目のアルバム『Blame It On Baby』で2作連続全米1位を記録したラッパーのダベイビー(DaBaby)。昨年、シングル「Suge」でいきなりシーンのトップに躍り出た現在28才(1991年12月生まれ)の彼はどんな経歴なのか? そして現時点での代表楽曲「Suge」「Bop」「Find My Way」のミュージック・ビデオについて、ライター/翻訳家である池城美菜子さんに解説いただきました。
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2019年、アメリカの南東部、ノースカロライナ州のシャーロットから突然、トップに躍り出て大人気になっているダベイビー(DaBaby)。DaBabyのdaはtheだから「あの!赤ちゃん」みたいなふざけた語感と、恋人同士や夫婦が呼び合う、「愛しい人」という意味のベイビーの両方をかけた、かなりシンプルながら中心人物っぽい絶妙のネーミングだ。生まれはキッド・カディやマシン・ガン・ケリーを輩出した中西部オハイオ州のクリーヴランドだが、8才で引っ越しているので、シャーロットのアーティストという捉え方で合っているだろう。
2年間でデビュー・アルバム『Baby on Baby』(2019年3月)、本名を題にした『KIRK』(2019年9月)、そして先日の『Blame It On Baby』(2020年4月)と矢継ぎ早にリリース、どんどん知名度を上げている最中だ。人気の理由は単純。まず、声が男前。高すぎず低すぎず、滑舌がよく、切れがいい。米ローリング・ストーン誌は「スタッカート」と呼んだが、たしかに彼のラップ自体に跳ねる感じがあって、気持ちいい。声だけ聴くと、最近多いイケメン・ラッパーなのかと思うが、外見は良くも悪くも平均点である。このガール・ネクスト・ドアならぬ、ブラザー・ネクスト・ドア=「隣に住んでいそうなお兄ちゃん」が、ビデオでは大げさに立ち回っているのでつい見入ってしまう。
ラップの内容も、「俺は稼いでいるぜ」「イケてるぜ」「結果、モテてるぜ」という、王道ヒップホップの3段活用がほとんどだが、愛嬌があり、言い方がスマートなのでこちらも耳に優しい。また、気持ちではレペゼンしていても、音やライフスタイルでは地域性が希薄になっているアメリカのヒップホップ・シーンにおいて、NBAのシャーロット・ホーネッツのユニフォームを身につけるなど、ダベイビーはわかりやすく地元愛を出している。ノース・カロライナ出身のラッパーにはJ・コールがいるが、彼は大学がニューヨークのためかどことなく東海岸の風が吹いている。ほかに思い出すのは、ケンドリック・ラマーの「Duckworth」などを作った鬼才プロデューサー、ナインス・ワンダー(9th Wonder)が以前にいたリトル・ブラザーと、やはりナインス・ワンダーがプロデュースしているラプソディなど。
現在28歳のダベイビーは、親を喜ばせるために名門ノースカロライナ州立大学に2年通い、そのあと、本腰でラップを始めたという。2017年、ベイビー・ジーザス(Baby Jesus)名義のミックステープで注目を集めると同時に、地元のウォルマート(大型ドラッグストア)で襲われ、銃で応戦して相手を死なせるものの、正当防衛で無罪になるという事件があり、それでさらに知名度が上がった。チャイルディッシュ・ガンビーノことドナルド・グローヴァー主演のドラマ『アトランタ』にほぼ同じエピソードが出てくるので、ドラマみたいな本当の話である。ちなみに、「ベイビー・ジーザス」はイエス・キリストの赤ちゃん時代を指し、敬虔なクリスチャンに眉をひそめられる挑発的な名前だ。ヒップホップで先にニックネームとして使っていたのはウータン・クランの故オール・ダーティー・バスタードだと指摘すると、ヤバさが伝わるだろうか。
20才を過ぎてからスタートしたダベイビーのブレイクスルーは、サウス・コースト・ミュージック・グループと関わるようになってから訪れた。デフ・ジャムにいたアーノルド・テイラーとダウド・カーターのふたりの業界ベテランが、地元から全国に通用するアーティストを育てようと作った新しいレーベルだ。ウェブサイトによると、ノース・カロライナとサウスカロライナ州に特化している。元ベイビー・ジーザスことダベイビーは、アーノルドとクラブで出会ったとき、自らプロモーション用のポスターを配っていたそうで、「いまどきこんなことする奴いるんだ!」とアーノルドが感心。一緒に組むようになってからも、クラブや大学、高校などのイベントに出かけて行ってはマイクを握るという、20年前みたいなプロモーションを展開したというから、両者は気が合ったのだろう。
昔と違うのは、いまの若者はSNSで勝手に拡散してくれること。このプロモーションと、ミックステープそのものの評判、声が立っているために客演に呼ばれやすい、ビデオの見せ方が上手いなど、いくつかの理由が重なり、気がついたらトップにいたのだと思う。客演する相手もよく吟味しており、ドレイクみたいな大物から、自分のように最近勢いがあるリル・ナズ・X、リル・ヨッティ、名前が似ているアトランタのリル・ベイビーらと組んでいる。ダベイビーは、サウス・コースト・ミュージック・グループを通じて、ジェイ・Zのロック・ネイションと契約しそうになったが、アーノルドの英断で取りやめている。各レコード会社の取り合いになったのち、本人のレーベル、ビリオン・ダラー・ベイビー名義でインタースコープが契約にこぎつけ、アーノルドはマネージャーとして落ち着いた。
ここから、3曲ほど取り上げてリリックとビデオを掘り下げてみよう。
「Suge」
2019年の春にリリースされた、『Baby On Baby』のリード・シングルにして出世作。インタースコープとの契約締結の連絡を受けたときに、まず銀行に契約金が振り込まれているかを確認してからスタジオに向かったという彼の性格がよく出たエピソードがあり、そのときの気分をそのまま曲にしたのが「Suge」である。
タイトルになっているシュグ・ナイトはボディガードから成り上がり、2パックやスヌープ・ドッグ、ドクター・ドレーなどすでに大物だったアーティストやプロデューサーを高額で移籍させたデス・ロウ・レコーズでいち時代を築いた人物。本物のギャングであり、2パックに関する複数の映画や、N.W.A.の伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』で描かれているように、正真正銘の「悪い奴」である。ちなみに、日本のドラマにも出てくる、高い屋上やベランダから人を吊るして無理難題な要求を飲ませる行為を、実際にやった人物でもある。
ダベイビーは「Suge」の中で「シュグみたいに若くしてCEOになったぜ」と自慢し、ビデオのなかでも偽物の筋肉をつけ黒いタートルに金のネックレスを合わせてマネをしている。シュグ・ナイトは殺人容疑から故殺罪の実刑を受け、現在塀の中に入っているとはいえ、少し前までならここまで茶化せる対象ではなかった。時代は変わる。
「郵便にまとめて送ったぜ」という冒頭のリリックに合わせ、シャーロット・ホーネッツ・カラーの水色の制服に身を包み、郵便小包の配達人に扮しているシーンでは、金目の物は荷物から抜き取り、不必要な物はその辺にばら撒くという無責任ぶり。アメリカでは郵送代をケチって高いものを送ると盗難に合いやすいのは事実で、それを面白おかしく演じているわけだ。ヤシーン・ベイ(モス・デフ)が出演している映画『Next Day Air』(2009年)は手グセの悪い配達員を巡るB級映画であり、おそらくダベイビーたちはこの映画を参考にしている。
「BOP」
『KIRK』からのセカンド・シングル。「Bop」は「(踊りやすい)めちゃいい曲」という意味。それに合わせ、昨年の11月にYouTubeで公開されたビデオはミュージカル仕立てで、公開された途端、大きな話題になった。なんと、映画会社パラマウントのセットを貸し切ったというから、大掛かりだ。監督のジェームズ・リコは『ラ・ラ・ランド』や『オースティン・パワーズ』のオープニングにインスピレショーンを受けたそう。
途中で白いマスクをつけて出てくる一群だけ異常にダンスが上手なのは、ダンス番組から出てきた有名なダンスクルー、ジャバウォーキーズのメンバーだから。ダベイビーを含めたフラッシュモブっぽいダンスも揃っていいて、迫力がある。冒頭に「BOP・オン・ブロードウェイ」と入ってはいるが、現在、ブロードウェイを席巻している『ハミルトン』など、ラップ調でセリフを言うヒップホップ・ミュージカルよりも、ミュージカル映画のほうが近い。
「Find My Way」
リリースされたばかりの最新作『Blame It On Baby』からの曲。「行き先を探して」という曲自体は2分19秒しかなく、「どの曲も似ている」という批判を交わすかのように、半分歌っているかのような、マンブル(もごもご)気味の湿気を含んだフロウを披露している。
「俺はただの傷心の男/家に戻れる道を探しているんだ」と歌う、珍しくセンチメンタルなラヴソングだが、ビデオは5倍弱の尺のショート・ムーヴィー仕立てになっている。インスタで人気のBシモーンをヒロインに据え、強盗をしながら逃避行するストーリー。アメリカ人がこよなく愛し、名作映画『俺たちに明日はない』を生み出した、1930年代を席巻したボニー&クライドの話を下敷きにしている。
ジェイ・Zとビヨンセも「03′ Bonnie & Clyde」で似たようなビデオを作っているから、それに対するオマージュでもある。ダベイビーとBシモーン版はどこか無邪気で、白人家族にモーテルで襲われるも、どうやら逃げおおせたようだ。ダベイビーも迫真の演技で、ハリウッド進出を狙っているかもしれない。
コメディ、ミュージカル、そしてショート・ムービーと映像表現にも力を入れているダベイビー。どれも、アメリカでよく知られた人物や出来事、映画からアイデアを持ってきているが、すべて自分流に仕立て直しており小難しいところはない。
アルバムもひたすら聴き手が気持ちよくする音に徹底しているし、彼はいかに受け手を楽しませられるかを真っ先に考えるタイプのエンターテイナーだと思う。クールさや新しさを追及するラッパーが多いなか、シンプルながら質の高い作品を送り出しているダベイビーは、最強なのである。
Written By 池城美菜子(ブログはこちら)
ダベイビー『Blame it on Baby』
2020年4月17日発売
Apple Music / Spotify / Amazon Music
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