パセック&ポールの経歴:『ディア・エヴァン・ハンセン』を生んだミュージカル界の若きデュオ
2021年11月26日から日本の劇場で公開される映画『ディア・エヴァン・ハンセン』。この作品の音楽を担当したベンジ・パセック(Benj Pasek)とジャスティン・ポール(Justin Paul)のデュオであるパセック&ポールの経歴について、映画や音楽関連だけではなく、小説も発売されるなど幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに寄稿いただきました。
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ミシガン大学で“入学早々負けた”
アメリカ中西部ミシガン州アナーバー市にキャンパスを持つミシガン大学。日本ではハーバード大やUCLAと比べると知名度が低いものの、ジェラルド・フォード大統領や劇作家アーサー・ミラー、Googleの創始者ラリー・ペイジらを輩出した名門校である。エンターテイメントの世界ではイギー・ポップやマドンナ、『Glee/グリー』で人気者になったダーレン・クリスも同校出身だ。特に多くのトニー賞やエミー賞の受賞者をOBに抱える演劇部門は難関として知られ、エンタメ界での活躍を夢みる中西部のティーンはここを目指すと言われている。もちろん入学後も熾烈な競争が待っている。
この競争に「入学早々負けた」と語っているのが、ともに1985年生まれのベンジ・パセック&ジャスティン・ポールのコンビだ。彼らは学内のミュージカル・プロダクションでオーディションに落ち、「その他大勢」の役しか与えられなかったのだから。普通だったら落ち込むところだが、ふたりとも曲作りが出来たことから「自分たちのミュージカルを作って上演しよう」と決意。『Edges』と題されたミュージカルを2005年にキャンパスの外で上演した。これが評判を呼んで上演権が売れ、世界中で200回以上上演されるスマッシュヒット作となった。
2006年にはニューヨークに進出。『White Noise: A Cautionary Musical』『Roald Dahl’s James and the Giant Peach』『Dogfight』『A Christmas Story, The Musical』といったブロードウェイ・ミュージカルに楽曲を提供するよ売れっ子になった。
ジョナサン・ラーソン賞の受賞
まだ在学中だった2007年にジョナサン・ラーソン賞を受賞した事実が、パセック&ポールの作風を物語っている。ジョナサン・ラーソンとは、自ら作詞作曲を手がけた『レント』でオフ・ブロードウェイに進出。しかしそのプレビュー公演初日未明に35歳の若さで急死したミュージカル作曲家である。20世紀初頭のティンパンアレイの作曲家の伝統を受け継ぐミュージカル・ナンバーに、エモいロック・フィーリングを持ち込んでブロードウェイに革命をもたらすと思われていた才人の死は、ミュージカル界に衝撃を与えた。そして彼の志を受け継ぐ若い才能をサポートすべく、賞がもうけられたのだ。パセック&ポールの作るパワーポップ的なナンバーは、ラーソンが思い描いたブロードウェイの未来を具体化するものと見做されたのである。
ふたりはミュージカル界のそうした期待に応えた。2013年にNBCで放映されたミュージカル・ドラマ『Smash』シーズン2への招聘がそれを証明している。この作品では、『ヘアスプレー』で知られる大御所マーク・シャイマンが架空の王道ミュージカルのナンバーを書き下ろしていたのだが、シーズン2ではそれに対抗するロック・ミュージカル『Hit List』が登場する。この作品の楽曲を任されたのがパセック&ポールだったのだ。
『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』『アラジン』
そんなふたりに舞い込んだ更なるビッグ・プロジェクトが、デミアン・チャゼル監督のミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』(2016)の挿入曲に詞を付ける仕事だった。チャゼルと曲を書いたジャスティン・ハーウィッツは、ネプチューンズのレーベル、スタートラックからデビューしたロックバンド、チェスター・フレンチの初期メンバー。ロックなヴァイブスがわかるプロの作詞家を求めた結果、パセック&ポールに行き着いたのだろう。そのチョイスは大当たり。ふたりが詞をつけた主題歌「City Of Stars」は、アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の二冠を獲得したのである。
しかし映画界におけるふたりの名声を本格的に決定づけたのは、翌2017年に公開されたヒュー・ジャックマン主演作『グレイテスト・ショーマン』の方だろう。現代サーカスの原型を作った伝説の興行師P.T.バーナムを描いたこのミュージカル映画で、ふたりは作詞だけでなく作曲も担当。ジャックマンはもちろんミシェル・ウィリアムズやレベッカ・ファーガソン、ザック・エフロン、ゼンデイヤといったキャストそれぞれの魅力を引き出した楽曲を提供した。特にキアラ・セトルが歌う「This Is Me」は、映画公開と同時にマイノリティの誇りを謳うアンセムになった。
2019年にはガイ・リッチー監督によって実写リメイクされた『アラジン』に参加。「A Whole New World」をはじめとするアラン・メンケンの楽曲で知られる同作だが、ふたりは今作のために書き下ろされたジャスミン姫のソロナンバー「Speechless」をメンケンと共作している。アニメ版には無かった彼女の独立心にフォーカスを当てたこのナンバーは、公開と同時に多くの賞賛と共感が寄せられた。
最新映画『ディア・エヴァン・ハンセン』
そんなパセックとポールの楽曲を満喫できるミュージカル映画『ディア・エヴァン・ハンセン』がこのたび公開される。実は同作は彼らの最新作ではない。舞台初演は『ラ・ラ・ランド』以前の2015年。しかもふたりは大学時代から同作に着手しており、アイデア自体はパセックが高校時代に体験した出来事がベース。つまりコンビの原点といえる作品なのだ。
ふたりの若き日に作られただけあって、同作で歌われるナンバーは、ティーンの孤独や焦燥感をまるで当事者のようにヴィヴィッドに歌い上げている。主人公エヴァンが登校しながら「いつまで窓の中から景色を見ていなければいけないんだ」と歌う冒頭曲「Waving Through A Window」をはじめ、一見アクティヴな人気者に見えるアラナが、自らも精神安定剤常用者であることを告白したあとに披露する「The Anonymous Ones」、そしてキャストたちが「たとえ闇が押し寄せてきても誰かが見つけてくれる、抱えてくれる友人が必要なら誰かが見つけてくれる」と訴える「You will be found」といったナンバーはとてつもなくエモーショナルだ。舞台初演からエヴァンを演じ続け、トニー賞を獲得したベン・プラットの歌唱も凄まじい。間違いなく『レント』以降に公開された作品の中では、最もティーンの胸を(もちろん元ティーンの胸も)打つミュージカル映画だろう。
ちなみにふたりの次のプロジェクトは『Lyle, Lyle, Crocodile』。ハビエル・バルデムやコンスタンス・ウーが声優を務めるこのミュージカル・アニメは、2022年11月に全米公開が予定されている。
Written By 長谷川町蔵
『ディア・エヴァン・ハンセン(オリジナル・サウンドトラック)』
2021年9月24日発売
国内盤CD 11月24日発売
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