27年ぶりとなる“パルプ”奇跡の来日公演:90年代UKロック三巨頭の復活、その最後のピースの魅力

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Photo: Martyn Goodacre/Getty Images

2025年1月4日に幕張メッセ国際展示場で初めて行われる洋楽フェス「rockin’on sonic」にヘッドライナーで出演、1月6日には大阪公演も決定した英バンドのパルプ(PULP)。

1998年以来となる来日公演を記念して、音楽ジャーナリストの粉川しのさんに彼らの魅力を解説いただきました。

また、この公演を記念した予習プレイリストが公開となっている(Apple Music / Spotify / YouTube)。

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奇跡の来日公演

「rockin’on sonic」の開催まで残り2週間を切り、いよいよ奇跡のパルプ来日の瞬間が間近に迫ってきた。実に27年ぶりの来日という点を差し引いたとしても、パルプの来日を「奇跡」と呼ぶのは大袈裟ではないはずだ。

2023年から始まった2度目の再結成ツアーはイギリス、ヨーロッパ、北米、南米と回って大絶賛されており、TRNSMTやラティチュード、プリマヴェーラなど、各地のフェスにはヘッドライナーとして出演してきた。つまりフェスに出演するならばヘッドライナー級が条件であるわけだが、パルプの日本でのブランクと知名度をシビアに鑑みると、サマーソニックやフジロックでその実現は難しかっただろう。パルプが再結成ツアーをしているタイミングで、「rockin’on sonic」というコアな洋楽リスナーにフォーカスしたフェスが誕生するという巡り合わせがなければ、彼らが日本の地を踏むことは2度となかったかもしれないのだ。

27年ぶりの来日決定は、彼らにとっても感慨深いものであるようで、ジャーヴィス・コッカーはインスタグラムにガイドブック(来日時に贈られたものらしい)をアップ。「パルプは1998年以来の来日公演を行います!東京は1月4日、大阪は1月6日。2025年の縁起の良い幕開け。近くにいる人はぜひお越しくだい」とメッセージをアップしている。

 

90年代UKロック三巨頭の復活、その最後のピースとしてのパルプ

パルプの歴史については、こちらのコラムにまとめられているので参照してほしい。ここではこの改めてパルプの偉大さと、今回の来日公演が必見である理由について紐解いていくことにしよう。

パルプはオアシスやブラーと並ぶ90年代UKロックの最重要バンドの一つであり、ブリット・ポップの象徴的存在だ。ここ日本ではオアシス、ブラーから大きく水を開けられてしまっているが、パルプがUKポップカルチャーに、さらには英国社会に与えた影響力は決してこの両バンドに劣るものではないし、パルプの面白さは、彼らがオアシスとブラーの重なる部分に立っているバンドだということでもある。

イングランド北部の労働者階級出身のオアシスと、南部の中産階級出身のブラーは、ご存知の通りあらゆる意味で対極的な存在だ。一方、パルプは北部シェフィールド出身だが、ジャーヴィス・コッカーはブラーのメンバーと同じようにロンドンのアート・スクールで学んでいる。

ジャーヴィスは北の街でラッドに囲まれて少年時代を過ごし、大学ではポッシュな学友と学び、しかも彼自身はひょろ長い身体に黒縁メガネをかけたナードでもあった。つまり、オアシス的バックグラウンドとブラー的経歴を持ち合わせた上で、その両極の間にどうしても生じる階級社会イギリスの葛藤を体現していたバンドがパルプだと言える。

だからこそ彼らは大学で出会った金持ちの女の子に「庶民と寝てみたい」と言われ、「君に僕ら庶民の人生なんて絶対に理解できない」と自虐紛れにキレる歌=「Common People」を歌えたし、「Common People」は文字どおり普通の人々の全員に刺さる「みんなの歌」になったのだ。

90年代ロックの回顧とクラシック・ロック化が急速に進む今、パルプのこの唯一無二の立ち位置と英国性の極みは再評価されるべきだし、パルプのロキソニ来日は復活ブラーの2023年サマソニや再結成オアシスの2025年来日に匹敵するイベントであり、必ず埋めるべき歴史のピースだと言いたい。

 

大衆的で前衛的、パルプの歌の唯一無二の魅力

パルプの歌の魅力は、多面的であることだ。ライブで、カラオケで、家で、とにかく一緒に歌いまくって楽しいポップ・ミュージックの大衆性や、その大衆性と裏腹に、聴けば聴くほどエクレクティックで歪なアート・ロックとしての前衛性、ジャーヴィス・コッカーの知性、そして優れた社会観察眼に裏付けされた歌詞の文学性、その全てを兼ね備えたバンドがパルプなのだ。そして彼らの歌が多面的なものになったのは、パルプの歩んできた道のりと無関係ではないだろう。

ロキシー・ミュージックやデヴィッド・ボウイに憧れ、バート・バカラックを敬愛し、マーク・E・スミスの捻くれた感性に共鳴していたジャーヴィス・コッカーがパルプの前身となるバンドを結成したのが1978年。1983年にはファースト・アルバム『It』でインディー・デビューを果たすも話題にならず、結果として10年近い下積み時代を過ごすことになった。

ポスト・パンクも、ニューウェイヴも、アシッド・ハウスも、マッドチェスターも、全てパルプの上を通り過ぎていった。そう考えると、彼らが1992年の「Babies」でようやくシーンに浮上し、メジャー・デビュー・アルバム『His ‘n’ Hers』(1994)が全英TOP10入りを果たした時、自分たちの上を通り過ぎていったものをゴッタ煮にして逆噴射させたようなポップ・ミュージックを鳴らし始めたのは必然だったのかもしれない。

アーティストがキャリアの岐路に立ち、インディーからメジャーへ、アート・ロックからポップ・ミュージックへと移行する際には様々に摩擦を生み出すものだったりもするが、パルプはその摩擦自体を強烈な個性としてきたバンドでもある。グラマラスなギター・サウンドにせよ、バブルガムなシンセ・サウンドにせよ、パルプのそれはどこまでも高揚感に満ちたポップでありながら、どこか滑稽でシニカルな後味を残す。長い手足をクネクネさせながら仇っぽい声で歌うステージのジャーヴィスも、まるでポップ・スターのカリカチュアのようだ。そこにはポップ・ミュージックに対するある種の批評、そして美学があると言っていい。

「僕はロマンスを信じているし、ポップ・ミュージックが大好きなのもロマンがあるからだ。でもだからこそ、ポップ・ソングの歌詞には常々納得のいかないものを感じていた」と、かつてジャーヴィスは語った。だから彼はポップ・ミュージックのロマンを愛しつつも、自分たちのポップ・ソングにはしみったれた現実をも投影せずにはいられない。

デカダンを気取りつつも、ダメ男な自分を自嘲せずにはいられない。シングル・マザーになった初恋の相手と再会して悶々とし(「Disco 2000」)、初体験の思い出をウダウダと未練がましく述べ(「Do You Remember the First Time」)、かと思えば遅咲きのコンプレックスを吐露したりもする(「Help The Aged」)。こうしたジャーヴィスのペーソスと自虐に塗れた曲の数々が、ルサンチマンを振り払うようにスパークし、歪な煌めきを生み出すことこそが、パルプの音楽に宿る魔法だとも思う。

 

屈折したカリスマ、ジャーヴィス・コッカー

アーティストの中には時に「ミュージシャンズ・ミュージシャン」と呼ばれる人がいる。同業者からリスペクトされるアーティストを指すタームであり、いわゆる「私の好きなアーティストが好きなアーティスト」のことだ。ジャーヴィス・コッカーはまさにそんなミュージシャンズ・ミュージシャンの一人。ソングライターとして、ロック・バンドのフロントマンとして、そして詩人として、彼は様々な世代のアーティストからリスペクトを集める存在で、前述のように遅咲きで年長者だったこともあり、ライバル関係が熾烈を極めたブリット・ポップ界隈ですら、ジャーヴィスは別格的に評価されていた。

ノエル・ギャラガーはかつて「90年代は最高だった、ブラーやパルプみたいな素晴らしいバンドがいたからね」と発言、デーモン・アルバーンも1996年のブリット・アウォードでマイケル・ジャクソンのステージにジャーヴィスが乱入した件を批判しつつも(一方のノエルはこの件で「ジャーヴィスに勲章を与えるべき」と発言)、ソングライターとしては彼を高く評価していた。

また、リアム・ギャラガーはSNSで昔の自分とジャーヴィスの写真に対するコメントを求められ、「俺はジャーヴィスと過ごした全ての時間を大切にしているよ」と発言。「ノエル・ギャラガーとデーモン・アルバーンのどちらになりたい?」とファンに聞かれ、「ジャーヴィス・コッカー」と回答、「ジャーヴィスは素晴らしい奴だよ」etc.とベタ褒めしている。

生粋のナード気質とアート・スクール出のハイブロウなセンスを併せ持ち、屈折していてペシミスティックで、そんな自分を笑い飛ばすようなユーモアにも溢れた彼はつまり極めて英国的なカリスマであるわけだが、筆者が2022年に彼にインタビューした際、「2年前にオプティミストになると決めた」のだと言っていた。再始動目前にスティーヴ・マッキー(B)が亡くなるという哀しみを乗り越えて、パルプの再結成ツアーがオプティミスティックなムードに満ち、ファンとの再会の喜びに満ちたものになったのも、ジャーヴィスのこの心境の変化が大きいのかもしれない。

 

パルプの真髄はライブ。奇跡の来日公演、必須予習曲はこれだ!

パルプはそのライブ・パフォーマンスにおいても、90年代から現在に至るまで圧倒的な実力と評価を誇ってきたバンドだ。例えば1995年のグラストンベリー・フェスティヴァルのヘッドライナーは、今なおグラストンベリー史上最高のステージの一つと評されているほど。

今回の再結成ツアーもジャーヴィス・コッカーのショーマンシップと、燻銀のベテランでありつつもパンキッシュな躁状態をキープできるバンドに促され、会場を揺るがすシンガロングと共に、毎晩のように多幸感のマックスに到達している模様だ。

「rockin’on sonic」のタイムテーブルを確認すると、ヘッドライナーのパルプの持ち時間は約90分あり、かなり充実したセットリストが用意されるはずだ。例えば2024年のプリマヴェーラを参考にすると、アンコールまで含めて全17曲で、その約半数を彼らの代表作にして90年代UKロック屈指の名盤『Different Class』のナンバーが占めている。

2025年は『Different Class』30周年の記念年でもあり、やはりこのアルバムのナンバーがセットの中核を担うのは間違いないだろう。「Common People」「Disco 2000」辺りはパルプを初めて観る若いオーディエンスにもぜひ一緒にシンガロングしてほしいキラー・アンセムだ。

そんな鉄板のアゲ曲の一方で、ザ・キンクス的なギター・もたまらない「Something Changed」や「Sorted For E’s & Wizz」は、ジャーヴィスのソングライティングの素晴らしさが際立つナンバーで、『Different Class』の普遍性は、これらのミッドテンポの歌曲が担っているとすら言える。

『His ‘n’ Hers』からも「Babies」や「Do You Remember〜」はマストでやっており、祝祭としての再結成ライブにふさわしく、代表曲を惜しみなく連打するベストヒットなセットになっていると言えるだろう。

そんな中で個人的に注目したいのが「Sunrise」で、直近のショウでは本編ラストを飾ることが多いことが多いようだ。スコット・ウォーカーをプロデューサーに迎え、オーガニックなサウンドに舵切った『We Love Life』(2001)収録のナンバーだが、ライブではさらにトリッピーでグルーヴィー、ど迫力のエンディングを演出している。これぞパルプのライブの真骨頂!と叫びたくなる瞬間になるはずだ。

パルプは先日、ラフ・トレードと新たに契約を結んだことを発表。直近のUSツアーでは「Spike Island」「My Sex」「Farmer’s Market」と3曲の新曲を披露していることからも、2025年には『We Love Life』以来となるニュー・アルバムも期待できるかも? そんな2025年に、彼らは真っ先に日本にやってきてくれる。27年ぶりの来日公演は、パルプと私たちの新たな始まりの合図でもあるのだ。

Written By 粉川しの


来日公演予習プレイリスト公開中

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