新たな代表作『folklore』がもたらした、テイラー・スウィフトのネクストステージ
2020年7月24日に事前予告なくサプライズで発売されたテイラー・スウィフトのアルバム『folklore』。史上初の全米シングルチャートとアルバムチャートの両方で初登場1位を記録し、その後、8週連続1位を記録したこのアルバムについて、音楽・映画ジャーナリストの宇野維正さんに解説頂きました。
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7月の終わりにリリースされた当初は、これまでの作品の流れから「異色作」として大きな話題となったテイラー・スウィフトにとって8作目のスタジオアルバム『folklore』。あれから1ヶ月半が経過した今、『folklore』は様々な記録を更新しながら、テイラーの「新たな代表作」としての地位を確固たるものにしつつある。まずは、その記録について触れておこう。
米ビルボードのアルバムチャートでリリース初週初登場1位となった『folklore』は、9月12日付の最新チャートで6週連続1位に。ビルボードで同一作品が6週連続して1位になるのは、2016年のドレイク『Views』以来4年ぶりのこと。その時点でテイラーは全キャリアを通じてアルバムチャートで46回の1位を獲得したことになったわけだが、これはホイットニー・ヒューストンが長年保持していた女性ソロアーティスト歴代1位の記録に並ぶもの。30歳にして、テイラーはアメリカのポピュラーミュージックの歴史にその名を刻みつけることとなった。
『folklore』について、多くの批評家や音楽ファンは――そのアルバムタイトルからの連想もあってのことだろう――ジャンルとしての60年代フォークミュージックとの関連性を指摘した。あるいは、ザ・ナショナルのアーロン・デスナー、ボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンといった、今回テイラーの作品に初参加したミュージシャンたちの文脈から、同時代のインディロックへの接近というアングルでも語られた。これまでも「カントリーからポップへ」という、(特にアメリカ国外の)多くのリスナーに浸透させる上で非常に優れたスローガンで語られてきたテイラーの音楽だったが、その延長上で今回の作品も特定のジャンルの名の下に、その音楽的野心が回収されてしまう可能性もあったかもしれない。
しかし、トレンドを先取りして狙い澄ましたヒットチューンを世に送り出すことや、満員のスタジアムのオーディエンスにシングアロングを促す曲を作ることから解放されて、Quarantine(感染予防のための隔離)期間中にひたすら音楽制作に没頭することができたテイラーが『folklore』で成し遂げたのは、もっと大きなことだった。それは、ポピュラーミュージックの音楽家としてのオーセンティシティの獲得と言ってもいいのではないだろうか。
I’m doing good, I’m on some new shit
Been saying “yes” instead of “no”
最近は上手くやってる 新しいことにも取り組んで
「ノー」と言う代わりに「イエス」と言うようにしてる
ピアノとゆったりとしたリズムに導かれて、アルバム1曲目の「The 1」の冒頭のフレーズが歌い出された瞬間、自分が思い浮かべたのは『Tapestry』や『Music』の時代のキャロル・キングだった。
一方、ベースラインに絡みつくように下降していく歌メロを持つ「peace」における特徴的な歌い回しは、明らかにジョニ・ミッチェルを意識したものだろう。ちなみに、2012年にはテイラーが映画(『Girls Like Us』)でジョニ・ミッチェル役を演じるというニュースが報じられたこともあった。結局その企画は脚本の仕上がりと、テイラーが自分を演じることに強い難色を示したジョニ・ミッチェル本人によってキャンセルされたのだが、そのことを知っていると、本作におけるテイラーの果敢さというか、負けん気の強さに恐れおののくしかない。
『folklore』から聴こえてくるのは、そうした偉大な女性シンガーソングライターたちの系譜だけではない。中でも音楽的なシグネチャーとしてあからさまなのは「betty」における、まるでブルース・スプリングスティーン「Thunder Road」を思わせるハーモニカの音色だ。
スプリングスティーン(及び三人称のストーリーテリングに長けた偉大な男性シンガーソングライターたち)からの影響が気のせいではないことは、その「betty」の歌の主人公が、ガールフレンドに浮気を懺悔する17歳の少年であることも示しているのではないか。テイラーは『folklore』の大半の曲において私小説的なソングライティングから三人称によるストーリーテリングへの移行を試みているが、「cardigan」「august」「betty」という10代の少女と少年の三角関係を歌った連作は、本作において最もチャレンジングかつ、最も芸術的到達点の高い3曲と言っていいだろう。
テイラーのオーセンティシティへの希求は、ミュージックビデオの方向性にも表れている。マーティン・スコセッシの近作をすべて手がけているメキシコ人撮影監督ロドリゴ・プリエトのサポートのもと、自身が監督に乗り出した前作『Lover』からの最後のシングルカット曲「The Man」(先日おこなわれたMTV Video Music Awardsで監督賞を受賞)に続いて、再びロドリゴ・プリエトの手を借りてソーシャル・ディスタンシングに配慮して作り上げられた「cardigan」のミュージックビデオは、ピアノを弾くテイラーがまるでクリストファー・ノーラン監督『インセプション』のように夢の階層を下りていく様子を絵画的に描いた見事な作品となった。また、『folklore』のアートワークは、昨年のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞したフランスのセリーヌ・シアマ監督『燃ゆる女の肖像』(2020年12月日本公開予定)をモチーフにしていると指摘されていて、近年のテイラーへのアートハウス系映画への傾倒がうかがえる。
そのような『folklore』におけるテイラーの意識の変化は、これまでのようなアルバムごとのモードチェンジの延長上では語れない、かなり抜本的かつ本質的なものなのでないかと自分はとらえている。前作『Lover』のタイミングで受けた2019年のRolling Stone誌(September 18, 2019)のインタビューで、彼女はこんなことを言っていた。
「ずっと勝ち続けることはできないし、周りもそれを望んでいない。結局みんな新しいものが好きだから。周りから担ぎあげられて、しばらく旗振り役をつとめると、周りは『待てよ、こっちの新しい旗のほうが本当は好きなんだよね』ってなるわけ」「それでも音楽を続けて、なんとか生き残って、周りとの繋がりを保っていると、結局また担ぎあげられて、また引きずりおろされて、また担ぎあげられる。音楽業界の場合、男性よりもとくに女性にこういうことが多い」
その構想は以前からあったとも言われているが、直接的には新型コロナウイルスによるQuarantineという、半ばアクシデントによって生まれた『folklore』。その反響の大きさは、どこまでが計画通りで、どこまでが予想以上のものであったかはわからないが、結果的にテイラーにとって、「新しいものを作り続けなければいけない」という呪縛から逃れる大きなきっかけになるかもしれない。
『folklore』というタイトルは、特定の時代のフォークミュージックへの目配せではなく、言葉そのままの「民間伝承」のことであり、その役割をポピュラーミュージックの世界で引き継いできた過去の偉大なソングライターたちの意志を継承する覚悟を示しているのではないだろうか。もちろん、『folklore』は単に懐古主義的なアルバムなどではなく、作品の随所で効果的に鳴らされているアーロン・デスナーならではの微かなグリッチ音をはじめとして、全編に2020年代の作品であることを主張する音響処理が施されたモダンな作品でもある。きっとこれからも、テイラーはポップカルチャーの最先端を走り続けるポップアイコンでもあり続けるだろう。しかし、『folklore』で音楽面においてもリリック面においても「現在」よりも「歴史」に、「私小説」よりも「物語」にシフトして、圧倒的な成功を手にしたテイラーは、ポップカルチャーはポップカルチャーでもハイカルチャー寄りのポップカルチャーという、アーティストとしてのネクストステージに突入した。
Written By 宇野維正
テイラー・スウィフト『folklore』
2020年7月24日発売 / 国内盤CD 8月7日発売
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