テイラー・スウィフト『evermore』解説:パンデミックの日常から生まれたアコースティックの追求

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2020年7月24日に事前予告なくサプライズで新作アルバム『folklore』を発売したテイラー・スウィフト。その約5か月後となる12月11日にまたもやサプライズで新作『evermore』を発表しました。

テイラー本人が‟姉妹アルバム”と呼ぶこの作品『evermore』について、テイラー・スウィフトの過去ほとんどの国内盤CDでライナーノーツを担当してきたライターの服部のり子さんに解説いただきました。

テイラー・スウィフト過去作品深堀レビュー
『Taylor Swift』: 他とは違う存在であることを証明した天才カントリー少女のデビュー作
『Fearless』: メインストリームに飛び出した2枚目のアルバムとタイトルが持つ意味
『Speak Now』: 最もパーソナルな感情を歌った音楽的に冒険心に溢れた3rdアルバム
『Red』: かつてないほどポップに近づいた変化過渡期のアルバム
『1989』: ポップという芸術の並外れた頂点
『reputation』: その伝説を挑戦的に突き進める理由
『Lover』:決して飽きさせることがない2019年最高のポップ・アルバム
『folklore』解説:コロナ禍でどう生まれ、何が込められ、過去作と何が違うのか


 

今年2度目のサプライズ発売

テイラー・スウィフトの9枚目のアルバム『evermore』が2020年12月11日にリリースされた。前作『folklore』よりわずか5か月、世界中のファンがディズニープラスで配信になったばかりの映像作品『folklore:ロングポンド・スタジオ・セッション』を楽しみ始めたところの、まさに予期せぬサプライズ発表だった。

「いつの間に」という疑問と共に頭に浮かんだのは、11月23日のアメリカン・ミュージック・アウォードの授賞式を欠席したことだった。その理由として、「過去の作品を再レコーディングしている最中だから」と伝えられて、ファンの喜ぶ声が聞こえたが、本当はそれ以上にうれしい新作を制作していたのだ。

制作の理由として、本人がインスタグラムで、「簡潔に言うと、曲を書くのをやめられなかった。詩的に表現するならば、フォークロアの森の端に立っていた私達は、ここで引き返すか、もっと深く音楽の森を探求するか。2つの選択肢が見えていた。そのなかで、もっと奥深くへと足を踏み入れることを選びました」と綴っている。

探求の旅に寄り添ったのは、アーロン・デスナーだ。ジャック・アントノフがテイラーとの共同で手懸けた「gold rush」を除く全曲をアーロンがひとり、または共同でプロデュースし、多くの楽器を演奏している。なぜ組む相手がアーロンで、曲作りをやめられなかったのか。演奏とトークで構成された前述の『folklore:ロングポンド・スタジオ・セッション』にそれを紐解くヒントがいくつかあった。

ポップ・スターとロックダウン

3月のロックダウン後、最初の3日間こそ無力感に苛まれたものの、自宅でボーイフレンドのジョー・アルウィンと映画を観たり、読書したりして過ごすなかで、テイラーは、自分の想像力が稼働し始めたのを感じた。雑誌のインタビューで、『パンズ・ラビリンス』や『L.A.コンフィデンシャル』などを観るなかで、作るつもりが全くなかったアルバムの構想が膨らんでいったと語っている。そして、思い出されたのが約1年前にザ・ナショナルズのライヴに行った際に耳にしたアーロンの言葉だった。「僕らはみんな別々の場所にいるから、僕は曲を作ってはマット(ヴォーカル)に送っているんだ」というもの。それであれば、リモートで制作が出来る。

そうして、前作『folklore』の制作は、前々作『Lover』でも組んだプロデューサーのジャックが加わった布陣で始まったが、初めて組むアーロンがテイラーのインスピレーションを大いに刺激した。2人がトークする場面で、アーロンは「テイラーから奇妙なアイディアでも全部送ってとお願いされた」と明かし、テイラーは、その曲にインスパイアされて歌詞を書いていった。アーロンは、その歌詞、とりわけ初期に書かれた「invisible string」の歌詞を耳にした時に、「不思議な化学反応を感じた」と語っている。

いつもの相手とは異なる“不思議な化学反応”が2人をさらなる音楽の森の探求に駆り立てた理由だろう。加えてもうひとつ、「hoax」の歌詞をテイラーが珍しく明確なテーマを持たず書き始めたことで、これでいいのかと不安を抱いたが、アーロンに「確信がないところがいい味になっている」と言われたことが新たな領域の感触を知るきっかけになり、そこを掘り下げてみたいと思ったのではないか。

3人のパフォーマンスは、ニューヨーク州北部にあるロングポンド・スタジオで行われた。緑に囲まれた水辺に建つロッジ風の居心地良さそうなスタジオは、アーロンがオーナー。そこで3人による初めてのパフォーマンスの撮影が行われたのは9月のこと。そこから続けて新作のレコーディングに入ったのだろう。アルバムのクレジットにこのスタジオの名前があるので、今回はリモートではなく、ここで一緒に行われたのだ。

テイラーは、新作『evermore』について『folklore』との「姉妹アルバム」と説明している。初めての連作は、共に彼女の経験ではなく、実在の人物が登場することもあるが、多くの歌詞が架空の物語であることがこれまでとの大きな違いだ。そこに登場する“あなた”も、物語も、聴き手がどう捉えるかで、見えてくる風景が変わってくる。曲と曲の関連性を指摘する声もある。リアルな共感を超えたところのイマジネイティヴなおもしろさが新たな魅力となった。

‟姉妹アルバム”『evermore』の楽曲たち

アルバムは、1stシングル「willow」から始まるが、ポエティカルな表現に映像と主人公の心情が頭に浮かびつつ、私は“人生は柳 / Life was a willow”の言葉に心を撃ち抜かれた。さまざまな解釈が出来るなかで、腑に落ちるというか、人生を振り返るなかで肩の荷が下りたような感覚を憶えた。そういうハッとする言葉がちりばめられている。この「willow」のミュージック・ビデオは、テイラー自身が監督を務めた。白いドレスが憶測を生んでいるが、それよりも金色の糸がポイントだ。運命の糸に手繰り寄せられていることを表現していると思う。

前作では祖父の物語を描いた曲「epiphany」があったが、今回は、オペラ歌手だった祖母マージョリー・フィンレイに捧げる「marjorie」がある。仲良しのハイムをゲストに迎えた「no body, no crime」は、犯罪ドキュメンタリーにインスパイアされた曲で、“彼はやったと思うけれど、でも、証明はできない”と繰り返し歌う。全てに人々と歌をつなぐ物語があり、それを自分なりに咀嚼するにはまだ時間がかかりそうだ。

ゲストはハイム以外に、USインディーロックの面々が参加している。フィーチャリングされている人で言うと、「coney island」ではアーロンのバンド、ザ・ナショナルが各地から参加し、ヴォーカルのマット・バーニンガーとデュエット。「evermore」では前作に続き、共作もしているBon Iverをフィーチャーしている。

ミュージシャンは、前作同様にアーロンの仲間が動員されていて、ザ・ナショナルのメンバーであり、アーロンの双子の兄弟、ブライスがストリングスなどを手懸け、同じくメンバーのブライアン・ヴェンドルフがドラムを演奏。また、「cowboy like me」にはマムフォード・アンド・サンズのマーカス・マムフォードがバックボーカルで参加している。これにはちょっと驚いたが、ボーイフレンドを介してマムフォード夫妻と知り合い、親交を深めているとか。さらに前作同様にその彼がウィリアム・バウリー名義で「champagne problems」「coney island」「evermore」の3曲を共作し、最後の1曲ではピアノも演奏している。

ファンの間では3部作になるのではという噂があったが、それは本人が否定した。『folklore』と『evermore』は、2020年だからこそ生まれた作品、パンデミックで沈みがちな気分、止まった日常生活から自然発生したもので、テイラーのターニングポイントになったのは確かだけれど、人気スターの新作に付きもののスタジアムでの大規模ツアーが出来ないことが可能にした作品でもある。

前作『folklore』で、新たな未来図が拓けたと書いた。それは、アーティストとしてのものだった。今回は、アーロンとガッツリと組んだことで、実験的なことを含めて、アコースティックな音の追求が存分に出来たはず。新作を聴きながら思うのは、彼女のなかでひとつの区切りがついたのではないか。30代をアーティストとして生きるための道標がこれで出来たのではないかということだ。

リリースの2日後、12月13日でテイラーは、31歳になった。自分のラッキーナンバー”13”を逆にした31歳に子供の頃から特別な想いを抱いてきたという。2021年は、プライベートで未来図が大きく動き出すのではないだろうか。

Written By 服部のり子



テイラー・スウィフト『evermore』
2020年12月11日発売
CD&LP / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music




 

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