『ソウルフル・ワールド』レビュー: ジャズ・ミュージシャンを丁寧に描き、演奏全てが素晴らしい映画
2020年12月25日にディズニープラスで配信されたディズニー&ピクサー最新作『ソウルフル・ワールド』。ジャズ・ミュージシャンが登場するこの映画の音楽について、音楽評論家の柳樂光隆さんに解説頂きました。
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ディズニー映画とジャズ
ディズニーはジャズとの関係がかなり強いことで知られています。
ジャズとディズニーで最も有名なのは「いつか王子様が」とジャズの関係ではないでしょうか。1937年の映画『白雪姫』の挿入歌で、白雪姫の声優を担当したアドリアナ・カセロッティが歌ったこの曲は1957年、人気ピアニストのデイブ・ブルーベックがリリースした『Dave Digs Disney』でこの曲をカヴァーし、それをきっかけにこの曲はジャズのスタンダード=定番曲となりました。その後、ビル・エヴァンスの名盤『Portrait In Jazz』やマイルス・デイヴィス『Someday My Prince Will Come』など数多くの名演が生まれましたし、今に至るまでずっと演奏され続けていて、キース・ジャレットやティグラン・ハマシアンらが個性的な演奏を残していることでも知られています。
ジャズ・ミュージシャンによるディズニー曲集だと1968年のルイ・アームストロングによる『Disney Songs The Satchmo Way』がジャズ・リスナーにはお馴染みです。ジャズ・ミュージシャンによるディズニー曲集だと、企画盤も多くつくられていて、アメリカ制作の2010年『Disney Jazz Volume 1 Everybody Wants To Be A Cat』はロイ・ハーグローヴやエスペランサ・スポルディング、カート・ローゼンウィンケルらが、ヨーロッパ制作の2016年『Jazz Loves Disney』ではグレゴリー・ポーターやジェイミー・カラム、メロディー・ガルド―が現代的なカヴァーを披露していて、どちらも上質なジャズが聴けます。
ここで触れておきたいのが、1988年に奇才プロデューサーのハル・ウィルナーが手掛けた異色のディズニー曲集『Stay Awake (Various Interpretations Of Music From Vintage Disney Films)』。ニーノ・ロータ、セロニアス・モンク、クルト・ヴァイルに続き、ハル・ウィルナーが取り上げたテーマがディズニーで、ここではベティ・カーターやビル・フリゼール、サン・ラ・アーケストラが起用されていたこもあり、ジャズ・リスナーにとってもよく知られています。
そもそもディズニー映画では劇中でも『ジャングル・ブック』『わんわん物語』など様々な作品でジャズが使われています。21世紀以降にも2009年の『プリンセスと魔法のキス』ではランディ・ニューマンが手掛けたニューオーリンズ音楽が大胆に使われていて、その中ではトランペッターのテレンス・ブランチャードが起用されていて、ニューオーリンズ独自のオールドタイムなジャズが聴けたりもします。以上のように軽く振り返っただけでも、アメリカが生んだ屈指の芸術“ジャズ”と屈指のエンターテインメント“ディズニー”がとても相性がいいことがわかるのではないかと思います。
『ソウルフル・ワールド』でのジャズの使われ方
そんなディズニーがピクサーとともにジャズ・ミュージシャンを主人公にした映画を作ったとしてジャズ・ミュージシャンたちの間でも話題になっていたのがこの『ソウルフル・ワールド』です。
実はジャズと映画はここ数年でいくつかトピックがありましたが、どれもジャズ・ミュージシャンやジャズ・リスナーにとっては評判がよくありませんでした。デイミアン・チャゼル監督の『セッション』『ラ・ラ・ランド』はその最たる例で、映画内でのジャズの使われ方には多くのジャズミュージシャンやジャズリスナーが頭を抱えました。ただ、この『ソウルフル・ワールド』に関しては、明らかに好評を博しているように感じています。実際にSNSでのジャズ・ミュージシャンからの評判はかなり好意的で、この映画に関わったジャズ・ミュージシャンも胸を張って告知をしています。それは細部に至るまでジャズや現在のジャズ・シーン、N.Y.のジャズの状況などを丁寧にリサーチし、実情に沿う形でジャズを描いているからです。
この映画の主人公はジャズ・ピアニストのジョー・ガードナーで、彼の演奏部分を担当するのはジャズ・ピアニストのジョン・バティステ。ジョン・バティステはアメリカ南部のニューオーリンズやニューヨークでジャズを学び、戦前のジャズから21世紀以降の最先端までを弾き分けることのできる名手です。まず素晴らしいのはこの映画内の演奏がすべて素晴らしいこと。そして、それが正しい文脈の中で使われていることです。ジャズが使われたときに違和感を感じる部分がないことはこの映画の価値を大きく引き上げていると言えるでしょう。
そもそもジョー・ガードナーの演奏シーンでは、あらゆる所作がとてもアニメとは思えないほどに自然で、しかも、ピアニストならではの指使いやその指の動きの躍動感までが完璧に再現されています。
同じことはバンドで演奏される場合にも言えます。ジョー・ガードナーが憧れていたサックス奏者のドロシア・ウィリアムズのバンドの演奏も生身のジャズ・ミュージシャンそのものと思えるような自然な動きと、多少のデフォルメはあるものの、バンドの内での演奏における対話のような部分も「こういうのあるよね」って思える自然な展開が描かれています。“美は細部に宿る”とはこのことかと思うような細やかな配慮の積み重ねがこの映画に力を与えています。
このバンドの演奏はベースはパット・メセニーやファビアン・アルマザンなどのバンドでの来日経験もあるリンダ・メイ・ハン・オー。ドラムは名ドラマーのロイ・ヘインズの孫でチック・コリアやヴィジェイ・アイヤーと来日しているマーカス・ギルモア。サックスはジョン・バティステのバンドのEddie Barbashとショーン・ジョーンズなどの起用されるストレートアヘッド系の名手Tia Fullerの2人。トップ・プレイヤーたちの演奏のクオリティは言うまでもなく素晴らしいもので、「スペースメーカー」「エピック・カンバセーショナリスト/ボーン・トゥ・プレイ」などで聴けるオーセンティックな演奏とミュージシャン同士の掛け合いからはジャズの魅力がほとばしっています。
音楽担当ジョン・バティステの“演技”
その中でもジョン・バティステの演奏には特筆すべきものがあります。この映画ではジャズの“即興演奏の魅力”が描かれています。それはリスナー側からの見たパフォーマンスの魅力だけでなく、プレイヤー側から見た即興演奏をすることそのものの魅力についても上手く表現されていて、自分らしい演奏をその場のひらめきで行うことの楽しさやそこに没入していく=ゾーンに入ることの快感が描かれています。サウンドトラックにも収められているジョン・バティステの演奏の中にはそのゾーンに入ったときの演奏がいくつか収録されていて、それがどれも実に個性的。「ボーン・トゥ・プレイ」「ビガー・ザン・アス」「青い天空」がそれにあたる曲ですが、どれもスタイルが微妙に違うのも面白いところ。
左手をがんがん打ちつけながら、右手ではころころと転がるようにスウィングするゴスペル的なフィーリングもあり、アート・テイタムあたりを想起させるオールドスクールなスタイルが楽しい「ボーン・トゥ・プレイ」、ミシェル・ペトルチアーニあたりを思わせるかなり現代的な「青い天空」、そして、マッコイ・タイナーあたりを感じさせるモーダルな演奏から徐々に(ジョン・バティステがショパンをジャズ解釈した際のような)クラシック音楽を感じさせるところに辿り着くスピリチュアルジャズと呼んでも良さそうな熱演曲「ビガー・ザン・アス」と、時代もスタイルもバラバラで、それぞれに強烈に個性的。これを映画の中の“演技”のような枠の中に入れ込んでいること自体が映画的には異例だと思います。
特に「ビガー・ザン・アス」の演奏は、グラミー賞を受賞した映画『グリーンブック』の終盤のドン”ドクター”シャーリーが黒人ばかりのバーの中で熱い演奏をしたシーン(演奏はジャズ・ピアニストのクリス・バワーズ)にも匹敵する名演奏だと思います。全体のストーリーから見ると、この映画はジャズ・ミュージシャンが主人公ではありますが、ジャズがテーマの映画ではありません。あくまでジャズ・ミュージシャンが主人公の映画に過ぎないとは思いますが、それでもジョン・バティステの素晴らしい“演技”に耳を傾けるだけでも楽しい映画だと思います。
ちなみにとあるシーンでドロシア・ウィリアムズがジャズ・ミュージシャンであることはどんなことであるかを端的に語るシーンがあり、そのシーンもまたジャズ(とジャズ・ミュージシャン)の本質を突いている気がします。そんな“気付き”がいたるところにある映画であることも素晴らしい映画である理由だと思っています。
そう言えば、この映画では演奏シーンやNYの街角のいくつかのシーンではアコースティックのジャズのサウンドが使われていますが、“生まれる前の世界”での多くの場面ではトレント・レズナーとアッティカス・ロスによるエレクトロニックなサウンドが使われています。シンセサイザーによる幻想的な音色が効果的なサウンドは、近年の音楽シーンのトレンドでもあるニューエイジ(もしくはヒーリング)を思わせるどこか瞑想的でスピリチュアルなものです。現実世界をアコースティックなサウンドで、超越的/非現実的な世界をエレクトロニックな響きで表現するのはジブリ映画での久石譲などにも見られる定番手法ですが、ここではそのどちらもが素晴らしい効果を発揮しています。
2020年の5月、ジョン・バティステはギタリストのコーリー・ウォンとのコラボで『Meditations』というアルバムを発表しました。このアルバムはこれまでアコースティックなサウンドが多かったジョン・バティステがコーリー・ウォンのエフェクティブなギターや、サム・ヤヘルのオルガン、更にはそれぞれの楽器の揺らめくような残響などを印象的に使った正に瞑想的なサウンドで、ジョン・バティステとしては新境地を感じさせるものでした。もしかしたら、『ソウルフル・ワールド』の物語そのもの、もしくはトレント・レズナーとアッティカス・ロスによるエレクトロニックなサウンドがジョン・バティステに新たなチャレンジを促したのかもしれないと映画を観てから、改めて『Meditations』を聴いてみて感じました。
例えば、スパイク・リーの数多くの映画での仕事から多くを学んだトランペット奏者テレンス・ブランチャードのバンドを経たデリック・ホッジやケンドリック・スコットといったシネマティックなサウンドに長けた才能が出てきたように、この映画の仕事から刺激を受けたジョン・バティステのアウトプットから何かが生まれるかもしれない、そんなことも妄想してしまう素晴らしい映画だったと思います。
最後に、個人的にこの映画で最も美しい名演はジョー・ガードナーの見せ場ではなく、とあるトロンボーン奏者の演奏だったと僕は感じました。もしかしたらそう感じる人は僕以外にもいるような気がします。おそらくこの映画の美しさはそんなこととも関係しているはずです。
Written by 柳樂光隆(Jazz The New Chapter)
『ソウルフル・ワールド オリジナル・サウンドトラック』
2020年12月18日海外版 / 12月 23日発売日本版発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music
映画 『ソウルフル・ワールド』
Disney+(ディズニープラス) 12月25日(金)より独占配信
『トイ・ストーリー4』『リメンバー・ミー』のディズニー&ピクサー史上“最も深い“感動の物語。 日常の中で<人生のきらめき>を見失っている全ての人へ贈る、”魂”を揺さぶるファンタジー・アドベンチャー! 生まれる前の魂(ソウル)たちの世界で、「やりたいこと」が見つけられず何百年も暮らす“こじらせ”ソウル・22番と、この世界に迷い込んだジャズ・ピアニストを夢見る音楽教師・ジョーによる奇跡の大冒険が始まる!
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