サーシャ・アレックス・スローン、初来日公演レポート。サッド・ガールと合唱し没入する観客たち

Published on

Photo by Masanori Naruse

2024年5月17日に自身3枚目となるアルバム『Me Again』を発売し、7月27日には渋谷WWW Xにて自身初の来日公演を実施した。米シンガーソングライターのサーシャ・アレックス・スローン(Sasha Alex Sloan)。

音楽ライターの松永尚久さんによるソールドアウトとなった本公演のライヴレポートとその直前におこなったインタビューを掲載します。

<関連記事>
セイント・ヴィンセント、ペルソナをはぎとった生身の新作を本人が語る
セイント・ヴィンセントが語る、父が出所したという意味のアルバム


 

ソールドアウトとなった初の来日公演

普段なかなか表現しづらい感情を繊細に描いたサウンドと、心に優しい光を照らすような歌声で魅了させている、サーシャ・アレックス・スローンの初来日公演は、観客と彼女の密接なつながりを感じさせるハートウォーミングなものとなった。日本で初めてパフォーマンスをする際、欧米の観客との熱狂の温度差に驚く(戸惑う)ミュージシャンが多いなか、サーシャはライヴをすることを楽しみにしている様子だった。

「これまでに何度もアジア地域でパフォーマンスしているので、温度差はなんとなくわかっています。曲の合間に流れる沈黙は、観客のみなさんが音楽に対しての敬意だということも。実は、私自身もライヴはパフォーマンスをじっくり堪能したいタイプですし、それほど違和感を抱くことはないと思います」

しかし、蓋を開けてみると、これが日本でのパフォーマンスかと思うほどの熱狂や一体感が生まれたのだった――。チケットはソールドアウトしただけあり、会場の隅々まで埋め尽くされた人々の熱い視線を集めながら、ステージに登場したサーシャ。その反響にうれしそうな表情を浮かべながら、2024年5月にリリースされた最新アルバム『Me Again』に収録された「Cowboys Cry」を披露。

野球の日本代表ユニフォームと、LAドジャースのキャップを被ったドラマーと、キーボード/ベーシストと共に、繰り広げるサウンドは、アルバムで表現されていた透明感とは異なる躍動感のある音へと進化。また、彼女が暮らすナッシュビルの風も感じることもできた。

「アルバムで表現するものと、ライヴでパフォーマンスする音は別物ですね。ソングライティングをしている時って自分は完全に孤独で、曲を耳にした人がどう感じるかを気にしていない状態。でも、ライヴを通じて世界には自分と同じ気持ちを共有している人がいるということを実感できる。基本的に私はひとり没頭して曲を作る時間が好きなタイプなのですが、ライヴをやっているとそれも楽しいなという気分になるのです」

その後も、最新アルバムの楽曲を中心に次々と披露してくれた彼女。孤独を起点に紡ぎ出される美しい余韻のある旋律に、誰しもが心を奪われた様子だった。だが、「ここからはハッピーな時間の始まり」と、「Lie」など、これまで発表してきたダンサブルな楽曲を軽やかにパフォーマンス。会場に一体感を生んだのだった。

 

合唱し没入する観客

ライヴ中盤では、サポート・メンバーと共にステージ中央に集結し、アコースティック・セッションで最新作から「Highlights」をパフォーマンス。楽曲の持つ、思い通りにいかない恋愛のもどかしさを丁寧に表現する姿に魅了されたと同時に、サビを含め彼女と一緒に楽曲を流暢に歌う観客が多くいることに驚かされた。

その後の「Rest」では、合唱と同時に自然とスマートフォンのライトをかざす観客が増えていき、会場は幻想的な雰囲気に。それを見たサーシャも「グレイト・ジョブ」と喜びの表情を浮かべていたのが印象的だった。

「スタジオで集中していると、徐々にテクニカルなことに頭がシフトしていき、徐々に自分がどういうきっかけで楽曲を作ったのか、本質を見失ってしまうことがあります。でも、ライヴでたくさんのみなさんが私と一緒に口ずさんでくださる姿を見ていると、楽曲の原点を思い出させてくれるというか。自分が本来どういう思いで楽曲を制作していたのか、ということを振り返らせてくれるのです」

特に最新アルバムに収録された、別れのせつない心情を丁寧に描いた「Glad You Did」は、ライヴをすることで、楽曲の本質を再確認できたと語る。

「今回のアルバムのなかで、一番プロダクションにこだわった楽曲なのではないかと思います。だからこそ、自分がどういう心境で作った楽曲なのかということを徐々に忘れていたのですが、ライヴで涙を流しながら口ずさんでいるオーディエンスの姿を見て、それが蘇ったというか。音楽を作る喜びを再確認できた気がします」

実際、今回のライヴでバンド・セッションに戻り披露すると、楽曲の世界に没入しているオーディエンスの姿を多数目撃できた。またサーシャ自身、ライヴを通じて今回のアルバムに対する思いに変化があった様子だ。

「個人的な感情をモチーフに楽曲を制作しているのですが、実はそれって普遍的なものなのではないかって感じるようになったのです。これらは、自分だけが経験した特別なものではなく、音楽というフィルターを通すと、リスナーの方々それぞれの人生を彩るドラマになるということを。シチュエーションは異なるかもしれませんが、人間はみんな感情を共有できるのです」

確かに、会場に詰めかけていた観客は、言語や世代、物事の価値観など、バックグラウンドはさまざま。しかし、サーシャの音楽を通じて、不思議(自然)とそのバリケードは外れ、同じ景色、もしくは陶酔感を頭のなかで描いているような雰囲気が伝わってきた。

 

孤独と対峙しながら、さまざまな人々の人生に寄り添う

ライヴ終盤には、チャーリー・プースをフィーチャーしヒットした「Is It Just Me?」や、最新作よりなかなか思い通りにいかない人生を表現したインディー・ロック調の「Deep」などをパフォーマンスし、会場をさらに盛り上げた、サーシャ。さらにアンコールでは、機材トラブルで演奏が中断してしまったバンド・メンバーが偶然誕生日だったようで、それを祝うバースデイ・ソングが会場から自然に巻き起こるなど、満杯でありながらも終始和やかな雰囲気に包まれていた、90分におよぶステージ。

「自分には音楽的にもパーソナルな部分でも、いろんな表情がある。それを伝えるステージにしたいと思いました」

と、今回のセットリストについて語っていたが、これまでのキャリアを振り返りながらも、さらに未来に向けてより深みのある音楽を作っていきそうな姿もうかがえた。

「私にとって何よりインスピレーションになるのが、いろんな世界を旅して、さまざまな人々とつながることなのです。きっと、今回の来日公演で得られたとても親密な関係によって、良いアイディアが生まれることでしょう」

そうしたら、次はポジティヴなエネルギーのある楽曲を制作するのか尋ねると「それはどうかな?」と苦笑いしている姿も印象的だったサーシャ。会場では、笑顔を浮かべながら手を合わせて深くお辞儀をしてステージを去っていった彼女であったが、最後に日本のファンへメッセージを残してくれた。

「私の音楽を楽しんでくれてありがとうございます。これからも、みなさんに喜んでいただけるようなものを届けたい。また、日本のみなさんの前でショーができる日が待ち遠しいです」

これからも、孤独と対峙しながら、さまざまな人々の人生に寄り添う音楽を届けてくれるはずのサーシャ。とりあえず、最新アルバム『Me Again』を通じて描かれた繊細な心模様を通じて、それぞれの日常で巻き起こる出来事をドラマのように感じていただきたい。

Written By 松永 尚久 / Photo by Masanori Naruse



サーシャ・アレックス・スローン『Me Again』

2024年5月17日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



 

 

 

 

Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了