デビューから現在までのサム・スミスの変遷を辿る:何が変わって何が変わっていないのか
2023年1月27日に発売されたサム・スミス4枚目のアルバム『Gloria』は、キム・ペトラスをゲストに招いたシングル「Unholy」がサムにとって初の全米シングルチャート1位を獲得したこともあり、全英チャートでは3作目の1位、全米チャートでも4作連続のTOP10入りのヒットを記録している。
今回のアルバムの発売にあわせて、サム・スミスのルックスの変化が言及されることが多くなっているが、そんなサムがデビューのころから何が変わって、何が変わっていないのか、ライターの木津 毅さんにサムの歌詞にフォーカスした解説を寄稿いただきました。
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第65回グラミー賞で、サム・スミスとキム・ペトラスの「Unholy」が最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞を獲得したのは間違いなくこの年のハイライトだった。ペトラスはこの賞を受賞した初のトランスジェンダー女性となり、ハイパーポップのオリジネイターでありトランスジェンダー女性のアーティストのソフィーや、長くLGBTQ+のコミュニティから支持されてきたマドンナに感謝を捧げる感動的なスピーチをおこなったのだ。「Unholy」はトランスジェンダーとノンバイナリーを公言するアーティストとしてはじめて全米シングルチャート首位に輝いた楽曲としてすでに話題になっていたが、またしても新たな記録を打ち立てることとなった。
サム・スミスは2014年にゲイ男性として、2017年にジェンダークィア(ジェンダー・アイデンティティを男性と女性のどちらかに定めていないこと、流動的であること)として、そして2019年にノンバイナリー(ジェンダー・アイデンティティを男性・女性のどちらかに当てはめないこと、当てはまらないこと)としてカミングアウトし、段階的にジェンダー・アイデンティティを変えてきた(ジェンダー・アイデンティティやセクシュアル・オリエンテーションは当事者個々人の認識によるので、本稿はサム・スミス本人の発言に従っている)。また、代名詞はジェンダー・ニュートラルなthey/themを現在使用している。
それに伴うようにして、スミスは表現においてよりクィアネスを増している。ジェンダーに囚われないメイクやドレスアップをし、よりダーティにセクシュアルな内容を歌うようになったのだ。“クィア”は近年比較的フラットに性的マイノリティの総称として使用されることも多い言葉だが、もともとは“変態”という意味の侮蔑語だったものを性的マイノリティ当事者が戦略的にひっくり返したものだ。そこには異性愛規範やシスジェンダー規範から主体的・実践的に逸脱する意志がこめられているのである。
Unholy (2022)
いかがわしいイメージをたっぷり使いつつ風俗通いをする浮気男をコケにするダンスポップ「Unholy」は、まさに近年のスミスのクィア表現のひとつの達成と言えるだろう。“良識的な”人びとを怒らせそうなほど淫らな光景が描写されるが、それは積極的に世のなかの決まりごとや綺麗ごとから逸脱する行為でもあるのだ。これだけ堂々とクィアネスを謳歌する楽曲が大ヒットしている事実は、ポップミュージック・シーンにおいて性的マイノリティ当事者の表現が広く受け入れられるようになったことを象徴してもいるだろう。
しかしながら、挑発的な態度で楽しんでいるよう見える「Unholy」にも切実な痛みや悲しみが含まれている。同曲は浮気をする身勝手な男に傷つけられる誰かの歌でもあって、ここでは“パパ” “ママ”という表現が使われているものの、ジェンダーやセクシュアリティに関わらず共感しうるものだ。そしてまた、そうした痛みや悲しみにまつわるシンパシーはスミスがずっと歌ってきたことでもある。
Mummy don’t know Daddy’s getting hot
At the Body Shop
ママは知らない パパが“ボディ・ショップ”で
アツくなりながらいかがわしいことをしているって
A lucky, lucky girl
She got married to a boy like you
幸運なラッキー・ガールだね
君のような男と結婚するなんて
Stay With MeとI’m not the Only One (2014)
デビュー・アルバム『In The Lonely Hour』(2014年)からの大ヒット・シングルである「Stay With Me」では一夜限りの関係に傷つく様が、「I’m not the Only One」ではパートナーの不倫に苦しむ様がモチーフとなっていた。
より具体的には前者の主人公はゲイ男性、後者は(ミュージック・ビデオのイメージもあり)結婚している異性愛の女性だと判断できるが、ジェンダーやセクシュアリティに関係なく多くのひとが恋愛において経験していることだ。スミスはずっとクィアであることをオープンにしてきたアーティストであり、歌のテーマやモチーフにおいて自らのセクシュアリティ(男性への恋心)を隠すことはなかったが、特定のアイデンティティに限定されない普遍的なラブソングを歌ってきたシンガーでもある。
Oh, won’t you stay with me?
‘Cause you’re all I need
This ain’t love, it’s clear to see
But darling, stay with me
そばにいてくれない?
あなたが必要だから
これが愛じゃないってわかっているけど
あなたにそばにいてほしい
And you say I’m crazy
‘Cause you don’t think I know what you’ve done
But when you call me “baby”
I know I’m not the only one
馬鹿げてるってあなたは言うけど
あなたがしたことをわたしが知っているって あなたは思いもしないでしょう
だけど あなたがわたしをベイビーって呼ぶとき
それがわたしだけじゃないことはわかってる
Palace (2017)
スミスのそうした普遍性はとりわけバラッドにおいて真価を発揮する。『The Thrill Of It All』(2017年)収録の「Palace」はシンプルな言葉と芯のあるメロディを軸にした王道のスローバラッドで、失恋の痛みに浸ることを聴き手に許すエモーショナルなソウルナンバーだ。
I’m gonna miss you
I still care
Sometimes, I wish we never built this palace
But real love is never a waste of time, mmm
きみが恋しくなるだろう
いまも気にかけているんだ
ときどき わたしたちがこの城を築かなければよかったのにと思う
けれど本物の愛はけっして時間の無駄なんかじゃない
To Die For (2020)
ノンバイナリーであることをカミングアウトしてからのリリースとなった『Love Goes』(2020年)からの「To Die For」もスミスらしい切ないバラッドで、さらに根源的な人間の孤独を描き出している。スミスは聴き手のアイデンティティや環境によらずに胸に迫る痛みや悲しみをつねに歌ってきたアーティストだが、ここではもはや恋愛に限定しない情景を浮かび上がらせているようにも思える。“死んでいいと思える誰か”は恋人かもしれないし親友かもしれないし、家族的な絆を結びうるひとかもしれないのだから。
Sunshine livin’ on a perfect day
While my world’s crashing down
I just want somebody to die for
太陽が輝く完璧な一日
だけどわたしの人生はボロボロ
死んでいいと思える誰かがほしい
Love Me More (2022)
そんな風に一貫してリスナーを限定しないポップソングをずっと歌ってきたサム・スミスだからこそ、これだけ濃厚なクィアネスを表現している現在も多くのひとに支持されているのだろう。最新作『Gloria』(2023年)のオープニングを飾る「Love Me More」はスミスが得意とするゴスペル調のナンバーで、そこでは自分自身でいることの尊さがたたえられる。
自分自身を愛そう、というセルフラブやセルフケアは現代のポップスとしては常套句だが、伝統的にクィアポップが掲げてきたメッセージでもある。LGBTQ+の人びとに対する差別や偏見は長く当事者を苦しめてきたし、状況は大きく進歩したとはいえ、またまだ世界に存在するものだからだ。痛みや悲しみに向き合い自分自身を癒すことは、クィアポップのもっとも重要なテーマでもある。
Love me more (Just a little bit)
Love me more (Love me more)
ほんの少しだけでいい もっと自分を愛そう
ああ、頑張ってみよう 自分をもっと愛せるように
サム・スミスはひとりのクィアアーティストとしていまこそ“自分らしい”表現を繰り広げていて、そのことで性的マイノリティだけでなくすべてのリスナーを励ましている。その普遍的な愛の歌は、クィアネスと一体化することでさらに強力なものとして響いているのだ。
Written By 木津 毅
最新アルバム
サム・スミス『Gloria』
2023年1月27日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
2014年5月26日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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