23年ぶりのリバイバル・ヒットを生み出した映画『Saltburn』と劇中の音楽
ソフィー・エリス・ベクスター(Sophie Ellis-Bextor)の楽曲「Murder On The Dancefloor」が映画『Saltburn』にて印象的に使用されたことを受け、世界的に楽曲の再生回数が急上昇を記録し、2024年1月12日に公開された全英シングルチャートにて2位を記録した。アメリカではSpotify Viralチャートで1位を獲得し、自身初の全米シングルチャート(Billboard Hot 100)入りも果たしている。
このヒットを生み出した映画『Saltburn(ソルトバーン)』、そして「Murder On The Dancefloor」を中心に劇中で使用されている楽曲について、音楽ライター/ジャーナリストとして活躍されている粉川しのさんに寄稿いただきました。
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23年ぶりのリバイバル・ヒット
2024年の年明け早々、UKチャートではちょっとした異変が起きていた。ソフィー・エリス・ベクスターの「Murder On The Dancefloor」が、突如チャートを上昇し始めたのだ。ソフィーは2000年代のUKポップ・シーンを代表するシンガーであり、80Sのディスコ・ポップにインスパイアされた「Murder On The Dancefloor」は、2001年のリリース当時ヨーロッパ全土で大ブレイク。彼女の最大のヒット曲となったナンバーだ。
それが実に23年ぶりにリバイバル・ヒット、1月12日付のチャートではついに2位に付けたのだった(※2001年当時の最高位も2位)。また、同曲はイギリスから少し遅れてアメリカでも火が付き、ソフィーにとってキャリア初のビルボード100入りを達成。1月18日付けのチャートでは前週の98位から58位まで急上昇しており、さらなるリバイバルの伸び代を予感させている。
2000年代後半の英国が舞台の映画『Saltburn』
「Murder On The Dancefloor」のリバイバル・ヒットは、映画『Saltburn』の劇中で同曲がフィーチャーされたのがきっかけだった。2023年に公開され、日本でもAmazon Primeで視聴可能な『Saltburn』は、今まさに話題沸騰中の一作と言っていい。
『プロミシング・ヤング・ウーマン』で知られるエメラルド・フェネルの監督作であり、『イニシェリン島の精霊』や『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』で強烈な印象を残した注目の若手個性派俳優バリー・コーガンや、ドラマ『ユーフォリア/EUPHORIA』でブレイクしたジェイコブ・エロルディ、ロザムンド・パイクやキャリー・ミリガンらが出演する『Saltburn』の舞台は、2000年代後半のイギリス。
奨学金でオックスフォード大学に入学したオリヴァー(コーガン)は、大学で人気者の美青年フェリックス(エロルディ)に強く惹かれる。とあるきっかけでフェリックスと親しくなったオリヴァーは、夏休みに実家の邸宅に招待されることに。貴族階級に属するフェリックスの風変わりな家族に囲まれ、禍々しいほど美しく壮大なイギリスの大邸宅で過ごす一夏は、オリヴァーの人生を一変させるものとなったのだが……。
嫌悪感と快感が隣り合う作品のバイラル化
あらすじの段階では、往年の『モーリス』や『アナザー・カントリー』を彷彿させる、階級社会と因習を背景とした、いかにも英国的なブロマンス映画を予想した方も多かったはずだ。しかし、さすがはフェネル監督作だけあって物語の運びは一筋縄ではいかない。ネタバレに繋がる詳細は避けるが、次々に予想を裏切る展開が、ショッキングな光景が観る者を襲い、最終的には「どうしてこんなことになってしまったのか…」と呆然とするような場所に連れて来られたことに気づくのだ。
グロテスクなものと美しいものが、嫌悪感と快感が隣り合う『Saltburn』の世界は極めて中毒性が高い。公開当時の興行収入や評論家のスコアはそこまで高いものではなかった同作が、バイラルで瞬く間にブレイクしたのも納得だ。近年のあらゆるカルチャー・バズはTikTokを起点とする構造になりつつあるが、『Saltburn』現象もまたTikTokなしには語れない。同作の関連動画の再生回数は実に40億回(!)以上と、『バービー』のようなブロックバスターと比較しても遜色のない桁外れの数字を叩き出している。
『Saltburn』とTikTokの親和性の高さは、オリヴァーを演じるコーガンのアクが強すぎて目が離せない存在感や、フェリックスを演じるエロルディの眩しいほどの美しさ、あまりにも絵になる謎めいた一瞬や、禁忌を孕んだ危うい一瞬一瞬の多さと無関係ではないだろう。劇中にイースターエッグのように散りばめられたそれらを、自己流のエディットで見せたくなるのも理解できる。
@shxoza (late night post) – I cant stop editing him. #felixcatton#felixcattonedit#saltburn#saltburnedit#jacobelordi#jacobelordiedit ♬ original sound – ★ SHXOZA
物語のハイライト「Murder On The Dancefloor」
そして、そんな『Saltburn』のバイラルの目下最大の動力となっているのが「Murder On The Dancefloor」だ。物語のハイライトであるオリヴァーのダンス・シーンでフル・コーラス流れる同曲は、まさにテーマ・ソングと呼ぶに相応しい位置付けのナンバーとなっている。
オリヴァーのダンス・シーンは、『Saltburn』に周到に仕込まれた「毒」を最後の最後で明らかにする象徴的な場面でもある。サイコホラー的とすら言える彼のそのダンスを、「毒」に相応しいダークなBGMにのせて見せるのではなく、あくまで心浮き立たせるダンス・ポップの「Murder On The Dancefloor」と共に表現するのがエメラルド・フェネルの真骨頂であり、その相反する光景にこそ、観客は心をかき乱されながら魅了されるのだ。
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ブラックなユーモアに満ちたポップ・ソング
そういう意味でも、「Murder On The Dancefloor」は単なる劇中曲ではなく、『Saltburn』のテーマに直結した特別な一曲であるのは間違いない。そもそも「Murder On The Dancefloor」は「ダンスフロアの殺人、でもグルーヴは殺さないでおいて」と歌うブラックなユーモアに満ちたポップ・ソングであり、ソフィーがダンス大会で勝つために手段を選ばず相手を蹴落としていく様を描いたMVも含めて、『Saltburn』の「毒」と予め相性が良いナンバーだったのかもしれない。
「Murder On The Dancefloor」はオリヴァーのダンス・シーンの膨大なパロディ動画やファン・エディットのBGMとして、昨年冬頃から猛烈な勢いでTikTokを席巻。ソフィーが「Murder On The Dancefloor」の再ヒットの兆しに気付いたのはクリスマスの頃だったそうだが、大晦日だけでSpotifyで150万回以上ストリーミングされるなど、年末のパーティー・シーズンに同曲の需要がさらに高まったのは想像に難くない。
https://www.tiktok.com/@millakedzierska/video/7318466448588868897?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7250425857507640834
インディー・スリーズ
2006年のイギリスの上流社会の若者たちを描いた『Saltburn』には、「Murder On The Dancefloor」以外にも注目の劇中曲がひしめき合い、そのプレイリストもまた人気だ。物語の舞台にふさわしく、劇中曲の多くは2000年代UKの若者たちが好んで聴いていたダンス・ポップやインディー・ロックが占めている。
劇中のパーティーやバカンスのシーンで流れるキラーズやMGMT、ブロック・パーティーetc.は、俗にインディー・スリーズ(indie sleaze)と呼ばれていたY2Kのサブカルチャーを象徴する曲群で、「Murder On The Dancefloor」もまた、当時のクラブ・シーンでは必須の一曲だった。
近年のY2Kブームの流れを受けて、インディー・スリーズの音楽やファッションは今再びトレンドになっている。享楽的で、どこかニヒリスティックで、ラグジュアリーなものと薄汚いものがごちゃ混ぜになって輝いていたインディー・スリーズの青春像は、禁欲的であることを強いられたパンデミックの反動もあって、今の若者たちにとって新鮮に映るのだろう。
『Saltburn』現象と「Murder On The Dancefloor」のリバイバル・ヒットは、そんな2020年代前半の空気をビビッドに反映したものだったのかもしれない。実際、イギリスの大学生の間では「Saltburn Look」でカレッジ・パーティーに繰り出すのがブームになっているという。そのパーティーで「Murder On The Dancefloor」が必須なのは言うまでもない。
Written By 粉川しの
ソフィー・エリス・ベクスター『Murder On The Dancefloor』(EP)
2024年1月12日発売
Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
ソフィー・エリス・ベクスター『Read My Lips』
2001年8月27日発売
Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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