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アヴィーチー『Stories』:EDMの革新者が示す傑作『True』以降の進化の可能性
2025年5月16日にアヴィーチー(Avicii)初のベスト・アルバム『Avicii Forever』が発売されることが発表となった。これを記念して、ポップ・カルチャー・ジャーナリストのJun Fukunagaさんに改めてアヴィーチーとはどういった存在だったのか短期連載として解説いただきました。
また公式サイトではこのアルバムの発売を記念して、楽曲人気投票が実際されている。
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音楽的進化と深い内省
2013年のデビューアルバム『True』で、EDMとフォーク、ブルーグラス、カントリーなどのアメリカの伝統音楽を融合させた独創的なサウンドにより、ダンスミュージックの新境地を切り開いたアヴィーチー。そのデビューアルバムで提示した自身の音楽性をさらに推し進めたのが2015年にリリースされた2ndアルバム『Stories』だ。
『Stories』の制作体制は、前作『True』で成功を収めたコライト形式が基本として継承されている。複数の作家・アーティストが相互に影響を与え合いながら楽曲を作り上げていくこの手法は、本作でもサレム・アル・ファキール、マーティン・ギャリックス、カール・フォークなど多彩なプロデューサー陣の参加により、さらなる発展を見せている。
また、『True』同様、様々なバックグラウンドを持つアーティストとのコラボレーションも本作の重要な特徴となっている。特筆すべきは、コールドプレイのクリス・マーティン、ワイクリフ・ジョン、ザック・ブラウン・バンドのフロントマンであるザック・ブラウンといった著名アーティストの参加だ。また、レゲエシンガーのマティスヤフ、スウェーデンのシンガー兼ラッパー、ダニエル・アダムス・レイ、イギリスのロックバンドであるチェリー・ゴーストのサイモン・オルドレッドなど、幅広いジャンルのアーティストが参加している。
一方で、『Stories』では、アヴィーチー自身が「すべての曲をアコースティックギターによって作曲した」と語るように重要な制作上の革新も見られる。このアプローチの変化の背景には、地元ストックホルムで8万人の前でパフォーマンスを行った高揚感や、『True』ツアーのチケット50万枚を販売した後に病気でその年のほとんどのツアーをキャンセルせざるを得なかった経験など、前作以降の2年間の出来事が大きく影響している。
そのため、アヴィーチーは、当時「前作は完璧だと思えなかったが、『Stories』はより洗練されて、以前よりも曲に深みが出てきた」と語っているが、それは音楽的な進化だけでなく、アーティストとしての深い内省を経た結果を示唆している。
このような制作背景を持つ『Stories』の特徴の1つが、生楽器とエレクトロニックサウンドの融合という『True』で示された音楽性の発展だろう。
ジャンルをより横断したアプローチ
『Stories』では、「Broken Arrows」や「Trouble」といった前作の「Wake Me Up」に代表されるカントリー/フォーク/ブルーグラス+ダンスミュージック路線をより洗練した楽曲が収録されている。また、『True』での「Lay Me Down」にも通じる「Talk To Myself」と「Touch Me」といったディスコ/ファンクポップ曲といった楽曲が収録されているがこれも『True』で示された音楽性の発展系だと言える。
そして、『True』でその片鱗をみせていた様々なジャンルを横断するアプローチの拡大も『Stories』の特筆すべき点だ。その例としてまず挙げられるのが「For A Better Day」だ。同曲の前半では、アレサ・フランクリンの「I Say A Little Prayer(小さいな願い)」を彷彿とさせるゴスペル風のピアノとソウル系のボーカルが印象的だが、後半ではそこにダンサブルなビートが加わることで、アヴィーチーらしい”フォーキーなEDMサウンド”の発展系が示されている。
また、「True Believer」は、ソウルの要素を強く持ちながらも、EDM的な構成を持つ楽曲に仕上げられており、同様に『True』からの進化を感じさせる。
一方、『Stories』では、先述したような前作の文脈を踏襲した進化、つまり、EDMを軸にしたダンスミュージックというスタイルにとどまらず、そこから脱却した実験的なアプローチも試みられている。ブルース要素を取り入れるというよりは完全にそこに接近することでダンスミュージックの枠から離れた「Ten More Days」は、その最たる例だ。
また、レゲエ調のボーカル、ブーンバップ系のヒップホップビート、カントリー/フォーク調のギターが印象的な「Can’t Catch Me」、Gファンクとトラップの要素を大胆に取り入れたローテンポのビートトラック「Pure Grinding」など複数のジャンルが融合させながら、非EDMに仕上げた楽曲の収録もアルバムの特徴のひとつと言える。
リリース当時、批評家の間ではこうしたジャンルを横断する本作の内容に対する評価が分かれた。しかし、このようなアプローチこそが、”生楽器とエレクトロニックサウンドの融合によって生まれるダンスミュージック”という、アヴィーチーが確立した自身の音楽性のイメージを打破するために必要だったのではないだろうか?
興味深いことにこうしたジャンル横断的なアプローチと関連するのが、各楽曲に迎えられたゲストシンガーたちの特性だ。「Broken Arrows」で迎えられたザック・ブラウンは、バンドでもカントリーミュージックの枠を超えて活躍していることで知られる。そのことを踏まえるとこの人選はカントリーとEDMの融合の可能性を追求する意味では最適だ。
また「Can’t Catch Me」では、マティスヤフとワイクリフ・ジョンが迎えられているが、前者はレゲエ、後者はレゲエ、R&B、ファンク、ヒップホップの融合で知られるヒップホップグループ・フージーズの元メンバーというバックグラウンドを持つ。
そして、アヴィーチーの故郷への想いを表現した「Somewhere in Stockholm」では、トラップの3連符フローを思わせる特徴的な譜割りのボーカルが印象的だが、同曲でボーカルを務めたダニエル・アダムス・レイはシンガー兼ラッパーだ。このように楽曲ごとにゲストシンガーの背景を生かすかたちで自身の音楽性を拡張している点も『Stories』の特徴のひとつと言えるだろう。
重要な転換点となった作品
ボーカルの効果的に活かすことでポップス的なキャッチーさを演出する手法は、『True』でも見られたが、『Stories』では、このようなアプローチによって、アヴィーチーは、自身が手がかる歌モノトラックの幅の拡張に取り組むことで、『True』以上にポップスとしての強度を高めることに成功した。
そのため、”EDMのスーパースターであるアヴィーチーのアルバム”という視点で本作を見ると確かにダンスミュージックの作品としては、物足りなさは少なからずあるのかもしれない。
しかし、『Stories』に含まれる様々な音楽性には当時のEDMシーンのトレンドもしっかりと含まれており、全くのEDM文脈から外れた作品というわけではない。
例えば、アルバムのリード曲「Waiting For Love」は、当時「Animals」の世界的ヒットでアーヴィーチーに続く”EDMシーンのワンダーボーイ”となっていたマーティン・ギャリックスとコラボレーションした楽曲であり、ビルボードのダンス/エレクトロニックソングチャートでトップ10入りを果たしている。このことは同曲がダンスミュージックとしても高く評価されている証左だ。
また、この頃にはそれまでEDMシーンを席巻していたジャンル「ビッグルーム」のブームがひと段落し、次のムーブメントとして、トロピカルハウスに注目が集まっていたが、その要素は「Talk To Myself」や「True Believer」で見受けられる。
さらに「Pure Grinding」は、ヒップホップ色が強い楽曲だが、『Stories』に先駆けてリリースされヒットしたデヴィッド・ゲッタの「Hey Mama」との類似性が見られる。このことから『Stories』は、EDMに止まらない音楽性が追求されている一方で、当時のEDMシーンのトレンドともリンクした音楽性が見出せる。
生前最後のスタジオアルバムとなった『Stories』は、ビルボードのアルバムチャート17位、イギリスのアルバムチャート9位を記録するなど、一定の商業的成功を収めてはいるものの、世界各国のアルバムチャートを席巻した『True』のように商業的にも大成功した作品とは言い難い。
しかし、EDMプロデューサーとしての出発点から、ジャンルを超えた表現者としての姿勢を明確に打ち出した本作はアヴィーチーにとって音楽的にもキャリア的にも重要な転換点となった作品だった。その意味ではEDMの歴史を変えたアヴィーチーが、『True』以降にアーティストとして見ていたビジョンが示された作品だと言えるだろう。
Written by Jun Fukunaga
アヴィーチー『Stories』
2015年10月2日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
アヴィーチー「Avicii Forever」
2025年5月16日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify
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