『アヴィーチー: アイム・ティム』レビュー:スパースターDJの栄光とその裏にあった苦悩を超えて

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2024年12月31日よりNetflixで配信となったアヴィーチーの新しいドキュメンタリー映画『アヴィーチー: アイム・ティム』(原題:Avicii – I’m Tim)についてポップ・カルチャー・ジャーナリストのJun Fukunagaさんによる解説を掲載。

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アヴィーチーの理想と苦悩

2024年12月31日よりNetflixでアヴィーチーの新しいドキュメンタリー映画が公開された。

『アヴィーチー: アイム・ティム』(原題:Avicii – I’m Tim)と題されたこのドキュメンタリー映画は、アヴィーチーとして世界的な名声を獲得したプロデューサー、作曲家、スーパースターDJの半生を、本人のナレーションで追った作品となっている。

特筆すべきは、本作には多数の貴重なアヴィーチーの映像が収録されている点だ。その中でアヴィーチーの音楽制作へのアプローチや、彼が持つメロディーへの非凡な才能がクリス・マーティンやデヴィッド・ゲッタなど大物アーティストや友人、業界関係者の証言とともに映し出される。その一方で、悪名高い2013年のUltra Music Festivalでの大ブーイングや、スターダムにのし上がった後もレーベルからさらなるヒット曲を求められ続けるなど、自身の理想とする音楽と現実とのギャップに苦悩する姿も描かれている。

また、本編では、母親の胎内にいる時のエコー写真や幼少期の映像、そして2018年にオマーンで最期を迎える直前に瞑想する姿まで、アヴィーチーの28年の人生の重要な節目も丹念に記録されている。さらにその中には日本のファンにとって印象深い場面も含まれている。

2016年、ツアーからの引退を決意したアヴィーチーは、最後のワールドツアーの一環として来日を果たした。3度のキャンセルを経て“4度目の正直”でようやく実現したこの来日では、大阪と幕張での公演に多くのファンが詰めかけ、大きな話題となった。本作では、当時Instagramに「日本に恋した」と投稿していたアヴィーチーの思い出の場所である鎌倉の大仏や電車の座席で眠る姿など、日本での穏やかな時間を過ごす彼の素顔も映し出される。このようなオフショット映像は日本のファンにとって、特別な意味を持つはずだ。

そんな本作の魅力を紐解く上でカギとなるのが、監督を務めたヘンリック・バーマン監督の言葉の一部だ。

「彼は『もし僕のドキュメンタリーが作られるなら、このインタビューを使ってほしい。アルコールのことも、人生の悪い部分についても話さなければならない』と語っていました。私はその言葉を手がかりに、ティムという人間と、アーティストであるアヴィーチーという人物のパズルを組み立てようとしていたのです」

その言葉どおり、本作ではアヴィーチーという稀代のスーパースターDJの成功を描くとともに、その裏では、成功の代償により、葛藤しながらもがく生身の人間“ティム・バークリング”の姿が描かれる。それはさながら成功という光の部分をアヴィーチーが、その現実と自身の理想とのギャップに喘ぐ闇の部分をティムが担当し、あたかもB2BのDJセットのように交互にそれらを出し合うように構成されているのだ。

このような監督の視点を通して、本作では様々な対比的な演出が作品全体を通して描かれている。では、ここでその作品構成の肝となっている対比的な演出の例をいくつか見ていこう。

 

光と闇、才能と限界

まず一つ目の例として挙げられるのが、キャリアの軌跡における光と闇の対比だ。アマチュア時代の音楽仲間が当時の成功の裏で徐々にアルコールやドラッグに落ちぶれていく一方で、着実にキャリアを積み上げていくティム。しかし、音楽仲間が語るように数年後、ティムは同じようなどん底の状態に陥ってしまう。

キャリア初期の代表曲「Levels」でブレイクしたことで瞬く間にアーティストとしてのキャリアを駆け上がったが、元々内向的で不安を感じやすい性格だと自称するティムは、その頃からステージに上がる前にアルコールを飲んで“リラックス”し、アヴィーチーという“ペルソナ”を演じなければならない状態なってしまう。その混乱がさらに彼を蝕み、過度な飲酒を続けた結果、膵炎を患ってしまう。その過程は成功後に膨大な数のツアーや制作に忙殺されるティムの姿を通して描かれるが、見た目にもどんどんやつれていく姿はのちの彼の人生に暗い影を落とすことを見るからに示唆している。

二つ目の例は、アーティストとしての才能と限界の対比だ。ティムはナイル・ロジャースなど音楽シーンの大物にも認められる天性のメロディーメイカーであるが、実はプレイヤーとしては卓越した演奏スキルはもちあわせていない。その“持たざる者”を支えたのが現代の音楽テクノロジーだ。

ティムは音楽制作ソフトを駆使することで、頭の中にあるその卓越したメロディーを曲に落とし込んでいく。その結果、「Levels」や『True』のような人々を熱狂させる名作が生まれたわけだが、実は本編では物語の早い段階で「歌を歌えないため、アーティストになれると思っていなかった」というティムの発言が取り上げられている。これはのちにティムにとっての一種のコンプレックスになり、成功を収めた後の『Stories』制作期には以前のように音楽制作ソフトでメロディを書くのではなく、自ら鍵盤を弾き、コラボレーターたちにそれを伝えるようになる。これは「本物のアーティストは楽器で語る」という考えに対するティムの固執であり、心の奥にあるコンプレックスの現れだ。

実際に作中、仕事仲間のひとりは、ティムには素養はあるものの拒絶されることを怖がっていたと語るシーンがある。これはある意味で非常に残酷なシーンのように思える。なぜなら本人はそのことに喘ぎ、克服のためにそうしていたものの、結局自身が理想とするプロの演奏には到達できていないことを指すからだ。そこに埋めようのない現実とのギャップに苦しむティムの見えない心の叫びが見て取れる。

一方で、『True』期でのアロー・ブラックとのセッション時には、プロデューサーとして的確な指示で自身の希望を伝え、アロー・ブラックに実現させている姿が映し出されている。そのプロデュース能力を含むティムの才能は、作中、普通の人が5年かけて稼ぐお金を一晩で稼ぎ、晩年には5000万ドル(約78億円)もの資産を持つと言われるほどの破格の成功をもたらした。しかし、それでも彼の心の中ではこのコンプレックスが心のどこかにはずっと引っかかっていたのだろう。それ故に本人は音楽で大金を稼ぐことに執着することよりも、自身の理想とする音楽、あるいはアーティストとしての姿を追求し続けていた。その様子はさながら求道者のようでもある。このような自身が持つ才能と求める才能とのギャップを通して、アヴィーチーとティムの姿が対比的に描かれている。

三つ目の例が、楽曲に込められたメッセージの進化だ。本作では晩年のティムがこれまで以上に歌詞に深みを持たせるようになった姿も描かれる。この時期にはツアーと作曲漬けの生活から解放され、一見するとティムは自分を取り戻したかのように見えた。しかし、仕事仲間はその姿から彼の脆さを感じたと語るなど、その言動には常に影がちらついている。

そのようなティムの本音を代弁するかのように「SOS」は、他人には伝えられないまさに自身が苦しみから救ってほしいという、まさに“SOS”を発信する歌詞となっている。そして、それをもっと早くにしっかりと受け止めることができたらと後悔を口にするアロー・ブラックの言葉が印象的だ。結果的にそういった多くの関係者の楽観が後にティムの悲劇的な最期につながってしまうわけだが、等身大の自分を捉えた内省的な歌詞を自身の最大の武器であったメロディーに込めたことで、アヴィーチーの楽曲はより人々の心を揺さぶるものとなった。そして、そのメッセージを受け取った人々により、ティムの死後もアヴィーチーの音楽は一過性のトレンドとして消費されることなく聴かれ続け、今では「Levels」や「Wake Me Up」など桁違いの再生数を誇る代表曲をはじめ、多くの楽曲が、ティム自身が希望した“タイムレス”な音楽として、ファンの間で愛され続けている。

このように本作では、アヴィーチーの成功とティムの苦悩を通して、アーティストという存在の本質、そして現代の音楽業界における成功と幸福の意味を問いかけているのだ。

俯瞰的に見ると本作のほとんどは成功の裏で苦悩するティムの姿で占められているため、見ていて正直しんどい気持ちになる。しかし、晩年のティムは短い間だけかもしれないが少なくとも自分を取り戻していたのだろう。それは本作のエンドロールで流れる自身の葛藤や孤独感を描きながら、失ったものへの感謝と前進する力を表現した「Without You」の世界観を見ると想像に難くない。こうしたティム自身が辿り着きながらも実現しなかった希望のビジョンが、気持ちがしんどくなる時間を超えた先に示されることは救いだ。そして、そこに監督が描きたかったアヴィーチーとティム・バークリングの真実があったのではないだろうか?

その意味で本作はスーパースターDJの栄光と生身の人間としての苦悩の対比的な物語でない。ティム・バークリングという人間が苦しみ、もがきながら生きた人生の先に導き出されたメッセージを伝えるための物語となっている。

Written by Jun Fukunaga



アヴィーチー『True』
2013年9月13日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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