映画『メイキング・オブ・モータウン』レビュー:4つの視点で見るヒットの作り方

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日本では2020年9月18日に公開となったドキュメンタリー映画『メイキング・オブ・モータウン』。昨年、設立60周年をむかえたアメリカ音楽業界を代表するレーベルや創設者ベリー・ゴーディについて迫るこの映画について、音楽性をライター/翻訳家である池城美菜子さんに解説いただきました。

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スモーキー・ロビンソンの言葉

「いままで何曲作ったか、って? 覚えていないな。8年くらい前にEMI出版からカタログが届いて、それには4,000曲くらい登録されていたよ。そのうち、どれくらい残っているかは分からないけど‥どの曲も同じだけの労力と集中力を注ぐよ。書く時は、その曲と一体化しようとする。あと、何かしら意味があることも大事だね。ソウルって、そういうものだから」

2009年、モータウン・レコードが50周年を迎えた際に、ニューヨークでスモーキー・ロビンソンにインタビューしたときの言葉だ。モータウンの副社長でもあった、伝説のシンガーである。ヨーロッパの新聞記者とふたり一組の、ラウンド・テーブルと呼ばれる対面取材。この記者がマイケル・ジャクソンのことしか聞かない(もしくは、知らない)人で私の質問とまったく噛み合わず、内心煮えくり返ったのだが、スモーキーは終始、例の歌声のような滑らかな語り口で話してくれた。

「50年の歴史で、もっともよかったことは?」と尋ねたら、「モータウンが50年も持ちこたえて、君たちが興味を持ってこうやってインタビューしてくれること。それ自体がお祝いだ」と返ってきた。リップサービスとわかっていても、痺れた。私は一生、スモーキーの悪口は書けない。

Photo: Motown Archives

王道のドキュメンタリー

それから10年経った2019年。60周年を記念してドキュメンタリー『メイキング・オブ・モータウン』が公開された。原題は、『Hitsville: The Making Of Motown』。1959年のスタート前後から、1972年にロサンゼルスに移転するまでの初期、デトロイト時代に区切った内容だ。ゆえに、出発点となった西グランド通り2648番地に位置した一軒家のニックネーム「ヒッツヴィル(ヒットが生まれる場所)」がタイトルで、「モータウンの作り方」が副題。モータウンを題材にした本やドキュメンタリーはいくつかあり、ダイアナ・ロスがいたシュープリームスをゆるくモデルにしたミュージカルやそれを映画化した『ドリーム・ガールズ』も大ヒットした。それでも、何を語り、見せるのかをしっかり取捨選択した『メイキング・オブ・モータウン』は、詳しくない人にはモータウンのエッセンスが伝わり、長年のファンには新しい発見があった。

ドキュメンタリーの構成としては、直球だ。関係者と影響を受けた人々のコメントをベースに、テープで残されている当時の会話に貴重な映像を織り交ぜ、「奇跡の起こし方」を立体的に見せる。制作は、有料ケーブルテレビ局のショウタイム。メディアの多様化、競争の激化にともない、ここ10年でのアメリカのドキュメンタリー作品の充実ぶりは凄まじい。『メイキング・オブ・モータウン』は、モータウンという第1級の素材を活かすために、ことさらドラマティックにせず、いくつかの視点を提供することで視る側に考える余地を残す。私が汲み取った4つの視点から、解説したい。

視点1:起業ストーリーとして見る

モータウン・レコードとは、創業者のベリー・ゴーディの夢そのものである。彼の理念は「白人にも聞かれる音楽を目指した」と枝葉をざっくり切り落として紹介されることが多いが、1929年11月、世界恐慌を引き起こしたブラック・チューズデーの翌月に生まれたゴーディは優れたビジネスマンであり、鋭い耳を持っていた。戦争から帰ってきてから、曲を書きつつフォードの自動車工場を勤めるなど職を転々とし、音楽業界での成功を虎視眈々と狙っていた。

このドキュメンタリーの土台は、「自動車工場で学んだ、一つ一つの工程を経て自動車を作るやり方を音楽作りに生かした」というゴーディの発言だ。ゴーディは、ヒットやスターを作り出すために、才能の発掘と育成、イメージ管理などの「パーツ」を徹底した。1分でも遅れると参加できなかったと語られる制作会議をはじめ、ミュージシャンや従業員の意見を取り入れ、多数決を重視したことが語られる。この部分は、エンターテイメント業界に身を置く人はもちろん、新しく事業を起こしたい人も、少なからず参考になるだろう。

 

視点2:ヒット・ファクトリー解析する

スティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、若き日のマイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス&シュープリームス、テンプテーションズなどなど。現在、神様や先駆者として崇められるアーティストたちが、一軒家を改築した小さなレコード会社に同じ時期に肘を突き合わせていた。そして、多くが原石から光り輝く大スターになったのだから、伝説にしても出来すぎだ。原石時代の映像、とくにデビュー直後のスティーヴィーとマイケル・ジャクソンの歌声は、震えがくる。

時代を経た、伝説の真価を語るのはヒップホップ・プロデューサーのドクター・ドレーや、R&Bの第一人者となったジョン・レジェンド、そして映画版『ドリーム・ガールズ』でゴーディがモデルのカーティスを演じたジェイミー・フォックス、ミュージシャンとして短い間モータウンにいたニール・ヤングなど。また、受付嬢からシンガーになったマーサ・リーヴスや、アルバムのクレジットで散々見てきたプロデューサー・チームのホーランド=ドジャー=ホーランドといった、舞台裏に詳しい人の思い出話も貴重だ。

私がとくに引き込まれたのは、テンプテーションズの「My Girl」の有名なイントロのギターリフがどうやって生まれたのか、マーヴィンの「What’s Going On」がどう音を重ねていったのかなど、視覚的につまびらかにする場面。今夏、ヒップホップ・プロデューサーのロード・フィネスが、モータウンの音源をクラブ向けにリミックスした『Motown on My Mind』をリリースした。その際、「(リミックスするために)マルチトラックでもらったことで、それまで気がつかなかった曲の構造に気がついたり、埋もれていた音を発見したりしたよ」と取材で言っていたのが追体験でき、唸った。

 

視点3:アメリカ史を学ぶ

『メイキング・オブ・モータウン』のコメントを、1960年という激動の時代の生き証人の声として捉えるのもありだ。ただし、ベリー・ゴーディは、よく言えば人種の壁を気にしない、言い方を変えると保守的な人物であり、それは社風にも反映された。モータウンが早いうちから白人や女性のスタッフを雇っていたのは有名な話だが、その一方で政治的な曲は好まなかった。

たとえば、期間がばっちり被っているにもかかわらず、大規模な1967年のデトロイト暴動の話には触れない。キング牧師に連帯を持ちかけられた美談や、「モータウン・レビュー」と呼ばれたツアーで、人種差別が激しかった深南部に行った際、ロープで区切られていたのを見て愕然とした話などは、時代が同じでも地域によって違う経験をしていることがわかる。

先日、米ローリング・ストーン誌によるベスト・アルバム500が刷新され、マーヴィン・ゲイの『What’s Going On』が1位に選ばれた。このアルバムが世に出るまでのマーヴィンとベリー・ゴーディの葛藤、再評価にたいするゴーディの想いは、興味深い。実は、モータウンの姿勢や音楽は、変革の時代には保守的だと非難されたこともあったのだ。それが、時を経てアメリカン・スタンダードとして再評価されていることも、このドキュメンタリーの背景にある。

 

視点4:ゴーディとスモーキーの友情物語として見る

最後に、私がもっとも好きな視点について語りたい。ドキュメンタリーの冒頭で、ゴーディ自身が「私に言わせれば、これはベリー・ゴーディとスモーキー・ロビンソンの話だ」といきなり核心を突いてしまう。監督のイギリス人のベンとゲイヴ・ターナー兄弟も、ふたりの友情こそモータウンの核だと看破したようで、ワチャワチャしている場面は多く、見ていてとても楽しい。

ふたりには11の年の差があり、ゴーディにいたっては今年11月で91才なのだが、怪物並みに若々しいのだ。ネタバレめいたことを書くと、モータウンには出来がいまひとつの社歌があり、所属アーティストたちがすっとぼけて歌わないのに、ゴーディとスモーキーがノリノリで合唱するのが、ハイライトである。

モータウンの歴史はミュージカル「Motown -The Musical」にもなっている。私は、2015年にブロードウェイで鑑賞した。ベリー・ゴーディ自身の肝入りの作品で、彼の栄光と挫折を振り返る、暗めのストーリーだった。90年代以降、モータウン・レコードはゴーディの手から離れるのだが、その後もボーイズ2メンやブライアン・マックナイト、エリカ・バドゥなどのヒット作を出し、神通力は衰えなかったように思う。それらの歴史をひっくるめて、ゴーディとスモーキーはモータウン60周年を祝っているように思う。

2009年のスモーキー・ロビンソンのインタビューに、話を戻す。

ビヨンセが主役を務めた映画版『ドリーム・ガールズ』の話になった際、朗らかだったスモーキーが、ゴーディがモデルとなっているカーティスがひど過ぎる、と怒りを露わにした。この後、映画会社が正式に謝罪したのだが、このときのスモーキーのゴーディへの友情の強さに驚いた。

「あなたとゴーディ氏には特別なケミストリーがあり、それがモータウンの成功につながったように思います」と言ったところ、スモーキーは「その意見には賛成だね」と、機嫌を直してくれた。「私と彼の間に起きたことは、とてもスピリチュアルだったと思う。会った瞬間から、ずっと親友なんだ。今日まで52年間ずっと親友のままだから、特別な関係としか言えないよね。しょっちゅう、話しているんだよ」。

天才とかレジェンドといったファクターを抜きにしても、だれもが羨む関係だろう。

『メイキング・オブ・モータウン』を観たあとに、名曲の数々を聴いたらいままで以上に身近に感じた。音楽好きに、ぜひ体験してほしいドキュメンタリーだ。

Written By 池城美菜子(ブログはこちら


映画『メイキング・オブ・モータウン』
2020年9月18日日本公開

監督:ベンジャミン・ターナー、ゲイブ・ターナー
出演:ベリー・ゴーディ、スモーキー・ロビンソン
2019/カラー/5.1ch/アメリカ、イギリス/ビスタ/112分
原題: Hitsville: The Making of Motown
字幕翻訳:石田泰子 監修:林剛 配給:ショウゲート
©2019 Motown Film Limited. All Rights Reserved
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国劇場にて公開中

映画公式サイト


映画『メイキング・オブ・モータウン』オリジナルサウンドトラック
Hitsville: The Making of Motown (Original Soundtrack)
2019年8月16日配信
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music



 

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