【徹底解説】ケンドリック・ラマーのスーパーボウル・ハーフタイムショー: 反骨精神と資本主義の間で

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NFL YouTube : Kendrick Lamar's Apple Music Super Bowl Halftime Show

日本時間2月10日に開催された、第59回スーパーボウルのハーフタイムショー「Apple Music Super Bowl LIX Halftime Show」にケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)が出演を果たした。この模様は現在Apple Musicや、NFLの公式YouTubeなどでアーカイブが公開となっている。

このパフォーマンスについて、ライター/翻訳家の池城美菜子さんに解説頂きました。

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黒人のアンクル・サム

「やぁ、私はサム、みんなのサムおじさんだよ。で、これが偉大なアメリカのゲームだ」

昨秋、南部のニューオーリンズでの開催ながら、西海岸代表のケンドリック・ラマーがヘッドライナーに決まり、物議をかもした第59回スーパーボウル「Apple Music Super Bowl LIX Halftime Show」。ラッパーとしてグラミー賞全勝という偉業を成し遂げた1週間後の2月9日(日本は10日)、前半戦は3連覇を狙うカンザスシティ・チーフスにフィラデルフィア・イーグルスが23-0と大差リードをつけるまさかの展開になったあと、ショータイムへ。

真っ赤なシーザーズ・スーパードームの屋根のショットから、カメラは会場内へ移った。ケンドリック待ちのファンの目の前に出てきたのは、名優サミュエル・L・ジャクソンだ。彼が扮するアンクル・サム(Uncle Sam)は頭文字がアメリカ合衆国(US)と同じ、アメリカという国を擬人化したキャラクター。通常は、星条旗のモチーフを全身にまとった白髪の「白人男性」で、これを黒人のサミュエル(サム!)・L・ジャクソンが扮している点からして、ケンドリックと彼のチーム、pgラングの企みが透ける。

 

「この革命はテレビで放映される」

アリーナの中央に置かれたのは。最新作のタイトルでもあるビュイックのGNX車。「wacced out murals」のイントロに乗り、車体の上にしゃがんで現れたケンドリックは、アルバム発売時に出したティーザー(前宣伝)と同じトラックで新しいヴァースをラップした。

運転席から赤、青、白とやはり星条旗の色の衣装をつけたダンサーたちが次々と降りてくる。「この革命はテレビで放映される。タイミングはばっちりだけど、人選でしくじったね」と煽るケンドリック。

階段をしつらえたステージに赤いセットアップの女性のダンサーたちと並び、まずは『GNX』のファースト・シングルの「squabble up」を披露。「ケンカしようぜ」という意味の曲を、肩をいからせて全員が黒人のダンサーたちとパフォームした。

一般的なアメリカ人の声を代弁する、狂言回しのサムおじさんは、「ダメだ、ダメだ、ダメだ。やかましいし、向こう見ずだし、ゲットーすぎる(no no no, too laud, too reckless, too ghetto)」とダメ出し。「ケンドリック・ラマー、ゲームを引き締める用意はできてるか?」とけしかけられると、ピューリッツァー賞を受賞した2017年の『DAMN.』収録の「HUMBLE.」へ。ダンサーたちが星条旗を形作るマスゲームの演出が美しく、あいかわらずセンスがいい。続いてやはり『DAMN.』から「DNA.」のヴァースを挟む。

 

演出という芸術で中指を立てる

ここでステージをライトで長方形に仕切り、ドレイクへのディスソング「Euphoria」を投下。「これがK.D.O.Tだ」と吐き捨ててから、最新作からの「man at the garden」につなぐ。聖書に出てくるアダムに自分を重ね、「俺はそれだけ値する」とラッパーとしての成功を祝いながら、不平等を強いられてきた黒人たちは対価を支払われるべきだ、と主張する曲である。

毎回、最高視聴率をとるスーパーボウルの放映権は各テレビ局の持ち回りであり、今年はたまたまFOXだった。右派のキャスターが多い局であり、ケンドリックは『DAMN.』の「BLOOD.」の頭に、同局のジェラルド・リベラによる「ここ数年のヒップホップは、若い黒人へ人種差別以上の害を与えてきた(Hip Hop has done more damage to young African Americans than racism in recent years.)」というコメントをサンプリングしていた。

このコメントは、BLMのアンセムになった「Alright」のBETアワードのパフォーマンスに対して、リベラがニュースで発したもの。白いセットアップのダンサーたちが群がる電灯で「Alright」のMVのセットをほうふつさせたあたりに、ケンドリックの狙いがある。自分たちの文化を貶めたテレビ局の最高視聴率の番組に出演しながら、演出という芸術で中指を立ててみせたのだ。このまま「Alright」に行くかな、との予想を裏切り、「peekaboo」になだれこんだ。「(ほかのラッパーは)何も意味のあることを言っていない」とのフックで踊るダンサーたちは、無意味なラップをする同業者への当てつけだろう。

不穏な空気が濃くなったところで、女性ダンサーに向かって「みんなのお気に入り曲をやりたいけれど、彼らは訴えるのが大好きみたいだから」と「Not Like Us」のイントロを流しながら言い放つ。じつは、ドレイク陣営は改めて裁判を起こす姿勢を見せている。ここでルーサー・ヴァンドロスの歌声が流れると、赤いレザーのセットアップのSZAが座って登場。

妹分でもあるR&BシンガーのSZAとは、ツアーが予定されている。ふたりは三角形のステージから円形のステージに移り、「All the Stars」へ。2018年のマーベル作品『ブラックパンサー』の主題歌だ。故チャドウィック・ボーズマンが主演を務め、黒人キャストが活躍した同作はスーパーヒーローものにしては珍しく、アカデミー賞の作品賞にノミネートされた。当然、会場中がよく知っている曲であり、SZAが堂々と歌い上げたコーラスで歓声が上がっていた。

 

40エーカーズとラバ1頭

再びサムおじさんが出てきて、「これだよ! 俺が言っていたのは。アメリカはナイスで落ちついているのが好きなんだ。そろそろおしまいだから、無茶をしないで‥」と言ったところで、「Not Like Us」のイントロが流れた。びっくりした顔で引き下がるおじさん。ケンドリックは「ほんとうにやるの?」とダンサーたちに聞かれたところで、「40エーカーズとラバ1頭、これは音楽よりデカいんだ」と意味深に答えるケンドリック。

“40エーカーズとラバ1頭 (40 acres and a mule)”は、南北戦争のあと、解放奴隷に補償を約束したものの、アメリカ政府が果たさなかった史実を意味する。ケンドリックが敬愛するスパイク・リー監督の制作会社の名前も「40 Acres and a Mule Filmworks」であるのは、ブラック・カルチャー好きなら常識だ。ここでケンドリックはドレイクへのディスに紛れて、真の意図があることを明らかにしたのだ。歴代の大統領で初めて、スタジアムでのスーパーボウル観戦をしたトランプ大統領の目の前で、黒人を巡る人種差別の問題は終わっていない、と示唆したのだ。

続けてケンドリックは「彼らはゲームを不正に操作しようとしたけど、影響力はごまかせないよね(They tried to rig the game but you can’t fake influence)」と笑い、「Not Like Us」を披露した。会場から歓喜と驚きが混ざった歓声が上がった瞬間だった。

「ペドファイル」の箇所はラップしなかったものの、未成年を意味する「Aマイナー」は大合唱になった。ちなみに、彼がつけていた小文字の「a」のチェーンも、ドレイクへのディスだとインターネットが沸騰している最中だ。

次のサプライズはドレイクと短い間交際していた、テニス選手のセリーナ・ウィリアムズ。彼女はMVでケンドリックのパートナーであるホイットニーが踊っていたクリップス・ダンスを、青いテニスウェアで披露。クリップスはLAのギャングだが、昨年以来、ケンドリックはギャング文化に新しい意味を見出そうとことあるごとに画策している。

最後の曲は、「テレビを消せ」と煽る「tv off」。トラックを作ったマスタードが登場、昨年、ミーム大会になった「マスターーード!」でフットボールを片手にケンドリックと並んだ。

最後にこの曲を持ってきたのは、ゲーム・オーバー、つまりビーフの終わりを告げるためか。清涼飲料水にビール、ファストフードなどあまり健康的とはいえない「アメリカ的なもの」がまたCMに並んだ今年のスーパーボウル。ケンドリックは熱心なファン以外も喜ばせるような、よく知られたヒット曲をあえて並べなかった。セットリストの半分を新作からの曲にしたのは、宣伝もあるだろう。だが、スーバーボウルこそ資本主義の象徴なのだから、そこに乗っかるのはまちがっていない。そして、ケンドリック・ラマーとは、反骨精神の塊でもあるのだ。

最後の最後に、GNXの車体にパレスチナの旗と、内戦が続くスーダンの旗が登り、ダンサーの衣装がBLMを意味する黒いフーディーに変わっていたのは、テレビには映らなかった。それでも、彼の革命はテレビ放映され、完全勝利で終わった。

Written by 池城美菜子 (noteはこちら)



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