レコード・ストア・デイ共同創設者マイケル・カーツ氏、独占インタビュー(後編)
4月の第3土曜日と言えば、毎年世界中の音楽ファンが心待ちにするレコード・ストア・デイ。その第11回目を前に、共同創設者のマイケル・カーツ氏が来日した。普段はデパートメント・オブ・レコード・ストアズ(北米最大のインディペンデント・レコード店の団体)の会長を務める彼を中心に企画されたこのイベントは、音楽のデジタル化が進む中で苦戦を強いられた独立系・個人経営のレコード店を支援するべく誕生。敢えてアナログ盤にフォーカスし、大物アーティストたちの協力のもとに、趣向を凝らした限定タイトルを多数ラインナップして、今ではグローバルな音楽の祭典へとスケールアップしたことは、ご存知の通りだ。日本でもここにきてすっかり定着。参加店も、国内アーティストによるタイトル数も増えている中、改めてイベントの歴史、そしてカーツ氏自身の音楽人生を語ってもらった。(前編はこちら)
──レコード・ストア・デイ(RSD)は、アナログ盤の劇的な復活の立役者でもあります。そもそもなぜ、アナログ盤の限定タイトルを販売しようと思いついたんですか?
レコード店のオーナーたちの間では「なぜ全タイトルをアナログ盤にする必要があるのか?」と疑問視する声が多かった。当時レコード店で扱っていた商品の95%はCDだったからね。でもアーティストたちがアナログ盤を望んだんだよ。彼らがRSDに参加したがるのは、アナログ盤を作れるからなのさ。大半のアーティストは、アナログ盤で自分たちの音楽を聴いて欲しいと願っている。アナログ盤に音楽を刻んで、ターンテーブルに乗せて聴いて欲しいと。本来そうやって聴くべきものなんだ。とはいえ僕自身、結果的にファンが受け入れてくれたことに驚いたけどね。10年が経った今、レコード店が扱うアナログ盤の数は増え続けて、中には100%アナログ盤という店もあるよ。
──それにしても、未だにアナログ盤のセールスはどんどん増加しています。あなたはどこに理由があると考えますか?
僕が思うに、RSDの成功はあまりにも奇妙な出来事で、マスコミの注目を浴びたことが始まりだったんじゃないかな。レコード店は消え去るはずだった。なのに、消えなかったどころか、アナログ盤ビジネスが復活した。RSDは『ニューヨーク・タイムズ』紙の一面で紹介され、CNNの取材を受け、テレビのバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライヴ』のネタにさえなった。英国ではBBCやSky Newsが大きく取り上げたし、どこの国でも同じようなことが起きた。そんな風に騒ぎが大きくなるにつれて、人々は「アナログ盤で聴いたほうがいいのかな?レコード屋に行ってみよう」と考え始めた。そしてレーベルに自信を与え、さらにたくさんのアナログ盤が生産されるようになり、同時にターンテーブルの売り上げもアップして……と、全てはごく自然に起きたんだよ。それにもちろん僕たちもRSDにありったけの情熱を注いだ。アーティストたちも然りで、「レコード店に行こうよ」とファンに呼びかけた。その影響は大きかったと思う。しかも大物たちがこぞって協力してくれたからね。ポール・マッカートニーにトム・ウェイツ、エルトン・ジョン、ニール・ヤングという具合に。
──過去にリリースしたタイトルの中で、特に個人的な思い入れのあるものはどれでしょう?
2013年のザ・ドアーズの『Curated By Record Store Day』かな。僕はドラマーのジョン・デンスモアと親しくなって、彼の著書の出版を手伝ったりしたこともあって、RSD用にザ・ドアーズのアルバムを制作することになったんだ。レコード店のオーナーたちに、ザ・ドアーズのお気に入り曲を挙げてもらって、彼らのエンジニアだったブルース・ボトニックがアーカイヴから各曲のレア・ヴァージョンをセレクトして収めるという、こだわりの1枚だったよ。
──RSDのタイトルは、ユニークな仕掛けがなされたものも多いですよね。あなたから見て、最もクレイジーな試みと言うと?
関係者一同を困惑させたのはやっぱり、ザ・フレーミング・リップスの『The Flaming Lips and Heady Fwends』の、血の混ざったアナログ盤だね(笑)。何かヒューマンな要素を加えたいと言って、メンバーが工場を訪れて、そこで指を切って原料に直接血を混ぜたんだ! チェスのセットを添えたウータン・クランのGZAの『Liquid Swords』も面白かった。意外に思えるかもしれないけど、ウータン・クランの面々はチェスが大好きなんだ。光を当てるとホログラムが浮かび上がるジャック・ホワイトの『Lazaretto』も面白かったし、例を挙げ始めるとキリがないよ。マシュマロの匂いがする、映画『ゴーストバスターズ』のサントラも良かったね(笑)。
──単に聴くだけでなく、色んな意味を持たせて、ひとつの体験として楽しんでもらうという狙いが窺えますね。
ああ。音楽以外にも、何か得られるものがあるんだ。クリエイティヴィティを駆使して作られていて、クオリティも極めて高い。そういう意味で、日本で東洋化成という素晴らしいレコード製造メーカーの協力を得たことは、非常に喜ばしいことだよ。RSDが必要とする特殊な技術を備えているからね。
──今年も400タイトル以上が用意されていますが、あなたが狙っているタイトルは?
たくさんあり過ぎて困ってしまうけど、やっぱり、デヴィッド・ボウイの3枚組のライヴ・アルバム『Welcome To The Blackout (Live London ‘78)』だね。ボウイ関連のタイトルはこれまでもハズレがなかった。彼は生前からRSDにいつも協力してくれて、最後のアルバム『Blackstar』を発表する前に、収録曲のラフなヴァージョンを収めたEPを提供しているんだ。あまり知られていないんだけどね。つまりRSDで新作の予告をしたのさ。あとは、ジャズ・アーティストのグラント・グリーンのタイトルも気になるし、実はテイラー・スウィフトのアルバムも欲しい。アナログ盤と聴くと、なかなかいいんだ(笑)。あとはザ・ポリスの『Roxanne』のピクチャー・ディスクみたいな遊び心のあるタイトルも気になるし、レッド・ツェッペリンの『Friends/Rock And Roll』の7インチ・シングルもぜひ手に入れたいね。これまで長い間、彼らに参加してもらいたくてアプローチしていたんだ。そうは言っても、当日は僕もみんなと同じように並ばなくちゃいけないから、欲しいもののうち、5枚入手できたら満足だよ(笑)。
──レッド・ツェッペリンについてはどうやって口説いたんですか?
ジミー・ペイジは、ソロ名義のシングルを英国のRSDでリリースしたことがあるんだ。だからイベント自体は以前からサポートしてくれていて、一緒に食事をする機会を得た時も、RSDについて色んな話をして盛り上がったものだよ。そしてロバート・プラントも過去にソロで参加してくれている。ただレッド・ツェッペリンとしては、タイミングが合わないということで、なかなか話がまとまらなくてね。こっちも、あまりしつこく頼むと嫌がられると思って(笑)、しばらく大人しくしていたんだ。そうしたらふと、今年実現したのさ。やっぱりタイミングだったんだよ。
──最後に、まだアナログ盤を手にしたことがないという若い音楽ファンに、どんなことを伝えたいですか?
もし君が音楽を愛しているなら、とにかくターンテーブルとアナログ盤を手に入れて欲しい。アナログ盤で音楽を聴くことは本当にパーソナルな体験だし、同時に、友達と一緒に聴いて楽しみを共有することもできる。ジャケットのヴィジュアル要素、アナログ盤そのものの感触、そして音、全てが独特で、ほかにはない体験ができるんだ。若い頃はみんな安物のターンテーブルからスタートして、少しずつ性能のいいものに買い替えていく。僕もこの年になって上質のサウンドシステムを揃えることができて、改めてアナログ盤の音の美しさに驚愕させられているよ。昔のアナログ盤の音も良かったけど、どんどん進化を遂げて、途方もないクオリティに到達している。かといってストリーミングを否定しているわけじゃないよ。僕自身も使っているしね。ただアナログ盤とストリーミング音源ではマスタリング方法なんかも違って、全く音が異なる。その違いは、コンサートを実際に体験するのと、映像で見ることの差に近いんじゃないかな。映像も悪くないが、僕ならやっぱりナマを選ぶよ(笑)。
Interview & Written by 新谷洋子