ニルヴァーナと映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』の関係:“孤独を歌うロック・アイコン”の激突
ニルヴァーナの「Something In The Way」が現在公開中の新作映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』の劇中で印象的に使用されて話題を呼び、日本を含めてストリーミングの再生回数が急上昇している。
この楽曲、そしてニルヴァーナが映画にどうのように影響を与えたかについて、ライターの長谷川町蔵さんに解説いただきました。
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新たな角度から描いたバットマン
犯罪都市ゴッサム。名門ウェイン家の御曹司ブルースは、覆面のヒーロー「バットマン」としての活動を始めてから2年目を迎えようとしていた。そんな時、市長が惨殺される事件が発生。犯行声明を行った人物は、“リドラー”を名乗り、バットマンに謎めいた挑戦状を叩きつける……。若き日のバットマンを描いたそんな『THE BATMAN-ザ・バットマン-』は、今年3月に公開されるや否や世界中で熱狂を巻き起こしている。
これまでティム・バートン、ジョエル・シュマッカー、クリストファー・ノーラン、ザック・スナイダーといった映画作家が取り組んできたコミック・アイコンを今回、新たな角度から描いたのは、あの『猿の惑星』シリーズを『猿の惑星:新世紀(ライジング)』(2014)、『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』(2017)で全く新たな伝説として再構築してみせたマット・リーヴス。彼は、長年にわたる伝統にリスペクトを払いながら、映画の随所に新たなテイストを持ち込んでいる。たとえば都市としてのゴッサムの描写。地理が観客にも分かるようなリアルさは、怪獣に追われる主人公たちがマンハッタン島の中を逃げ回る『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2008)を撮ったリーヴスならではのものだ。
「Something In The Way」の使用
ロック・チューンの使用も、リーヴスの意向である。『バットマン』シリーズといえば、かつては第一作『バットマン』(1989)の全曲を手がけたプリンスに始まり、シール(彼の代表曲「Kiss From A Rose」は『バットマン フォーエヴァー』[1995]サントラで知られるようになった)やU2といった有名アーティストの楽曲提供が売りになっていたものだが、「ダークナイト」三部作(2005〜12)以降は途絶えてしまっていた。
しかし『THE BATMAN-ザ・バットマン-』では、ニルヴァーナの1991年曲「Something In The Way」が予告編や本編で効果的に使用されている。結果、静けさと不穏さを同時に漂わせた同曲の再生回数は急上昇。Spotifyのアメリカチャートでは最高で2位まで上昇し、再生回数は1200%UPを記録した。
ニルヴァーナの代表作であり、1990年代を代表するロックアルバム『Nevermind』の実質的なラストを飾る同曲の歌詞は、こんな内容だ。
橋の下/防水シートが水漏れしてきた
俺が罠にかけた動物は全て俺のペットになった
草と天井から垂れてくる水で 俺は生き繋いでいる
魚を食うのは問題ない /魚には感情がないからだ
何かが邪魔をしている/何かが行く手を塞いでいる
橋の下、防水シートというワードでわかる通り、曲で歌われているのはホームレスから眺めた世界である。リリース時にはバンドの中心人物カート・コバーンがホームレスだった時期に書いたと噂されたものだが、実際はイマジネーションによって書かれたものである。グラマラスなパーティ・ライフを謳ったLAメタル全盛期にこんな曲を作ってしまうコバーンの感性と、グランジロックの概念を自らズラしたかのようなチェロを導入したアレンジの妙には、今聴いても唸らされる。
ブルース・ウェインとカート・コバーン
それにしても何故ニルヴァーナなのか。実は『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のブルース・ウェインのキャラクター自体がカート・コバーンに強くインスパイアされているのだ。
リーヴスは監督に選ばれた際に、ブルースを「プレイボーイの大富豪」というそれまでのイメージとは一線を画した人物にしたいと考え、「幼いときに両親を目の前で惨殺されたブルースは、富豪である以前に心に傷を負った孤児にちがいない」と思いを巡らしたらしい。すると、目の前にガス・ヴァン・サント監督作『ラストデイズ』(2005)におけるカート・コバーンのヴィジョンが浮かびあがったというのだ。
『ラストデイズ』におけるカートは、森の中の寂れたコテージで静かに死を待つ孤独な男として描かれている。当時この映画はニルヴァーナのファンから批判されたものだ。というのも、1994年にシアトル市内の自宅でショットガン自殺した現実のコバーンとは事実関係が大きく異なっていたからだ。
しかしこうした批判に対してガス・ヴァン・サントは「本作はカートにインスパイアされた物語(事実、マイケル・ピット扮する主人公は“ブレイク”という別の名前である)なんだよ」と語っている。カートが「Something In The Way」の中でホームレス生活を送ったように、ガス・ヴァン・サントもまた死の直前のカートの内面を映画というメディアで再構築したというわけだ。そしてそんなカートを、マット・リーヴスは新しいブルース・ウェインのプロトタイプとして選んだ。真のクリエイションとは、現実とは異なる想像の連鎖によって生じるのかもしれない。
ウェインを、ロバート・パティンソンが演じることになったことにも理由がある。もともと『トワイライト』サーガでアイドル人気を博したパティンソンだったが、近年は『ライトハウス』(2019)や『悪魔はいつもそこに』(2020)といったアート系映画で癖のある人物を演じて俳優としての評価を高めていた。こうした作品群のひとつであるサフディ兄弟監督作『グッド・タイム』(2017)を観たリーヴスが、パティンソンの中にカート・コバーン的なものを見出し、ブルース役にエントリーしたのだ。ブルース役の最終オーディションには、ニコラス・ホルトやアーロン・テイラー=ジョンソンといったアメコミ映画経験者やアーミー・ハマーも残っていたというが、リーヴスにとっての最有力候補は一貫してパティンソンだったらしい。
リドラーとブライアン・ウィルソン
そんなウェインを『THE BATMAN-ザ・バットマン-』で苦しめるメイン・ヴィランが、リドラーである。『バットマン フォーエヴァー』(1995)以来、二度目の登場となるが、前回のリドラーはハイテンションなマッド・サイエンティスト・キャラで、演じていたのがジム・キャリーだったこともありコミカルな面が強調されていた。しかし本作のリドラーはゾディアック事件の犯人を思わせる孤独なシリアル・キラーとして描かれている。
こうしたリドラーのキャラクターを創るにあたっても、マット・リーヴスはあるロックスターにインスパイアされたという。その人物とはザ・ビーチ・ボーイズのリーダー、ブライアン・ウィルソン。カリフォルニアの青春を体現するポップチューンを量産した陰で、孤独を訴え続け鬱やドラッグに長年苦しんだ彼の才能が真にアメリカで評価されたのは、ドキュメンタリー映画『駄目な僕-I Just Wasn’t Made For These Times』が公開されて以降のことだ。同作が公開されたのは1995年なので、リーヴスにとってウィルソンもカート・コバーン同様に1990年代的なアイコンなのかもしれない。
リーヴスは、そのウィルソンの伝記映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(2015)における、自らの才能に囚われ他者とのコミュニケーションに苦闘するウィルソンの姿に、ネット越しでしか他者と繋がれないリドラーを見出したという。映画ファンならもう気づいたはず。この『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』で若き日のブライアン・ウィルソンを演じた俳優こそが、今作でリドラーに扮したポール・ダノなのだ。
つまり『THE BATMAN-ザ・バットマン-』とは、カート・コバーンとブライアン・ウィルソンというロック史に残る「孤独を歌うロック・アイコン」が激突する映画なのである。はたしてカートとブライアン、どちらの孤独が他者を上回るのか? アメコミ映画には興味がないロックファンにもこの戦いの結末を見届けてほしいものだ。
Written By 長谷川町蔵
2021年11月12日発売
国内盤:Super Deluxe Edition (5CD + Blu-Ray)
国内盤:2CD / 輸入盤 / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
『THE BATMAN-ザ・バットマン-』
2022年3月11日(金)日本公開
オフィシャルサイト:http://thebatman-movie.jp/
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