音楽の力によって『ワンダヴィジョン』は今後も傑作として語り継がれていく。その理由を探る

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Disney+(ディズニープラス)にて2021年1月から3月まで全9話が配信されたマーベル・スタジオ初のドラマシリーズ『ワンダヴィジョン』。その表現方法や物語に注目が集まり世界中で話題となったが、このドラマの魅力を支えていた音楽について、映画・音楽関連のライター業だけではなく小説も出版されるなど、幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに解説頂きました。

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時代はおそらく1950年代。ニュージャージー郊外の住宅街「ウエストヴュー」に新婚カップルが引っ越してきた。ふたりの名はワンダとヴィジョン。それぞれ超能力者と人造人間のふたりは正体を隠して普通の夫婦としてコミュニティに溶け込もうとする。でもおせっかいなアグネスをはじめとする愉快な隣人たちのせいで、正体がバレそうになってしまい……ちょっと待った! ふたりは現代で活躍するスーパーヒーロー集団「アベンジャーズ」のメンバーだったはず。しかもヴィジョンは『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)で死んでいたはずでは?

Disney+が2021年1月に配信開始したMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のドラマシリーズ第一弾『ワンダヴィジョン』は、「これを第一弾にするのか?」とマニアもびっくりするほど“攻めた”内容になった。

何しろ第一話は、演技、服装、セットに至るまで1950年代産シットコム(アメリカで人気の一話完結のコメディ・ドラマ)そのもの。それだけではない。第二話以降の回も1960年代から2000年代まで、それぞれの時代のシットコムの典型的なパターンを完璧にトレースしてみせるのだ。もちろんふたりがシットコムに出演している理由が徐々に明らかになってくるのだが、トレースが見事だからこそ謎の正体が鮮烈に見えるというわけだ。

そんな『ワンダヴィジョン』の完成度に一役も二役も貢献しているのが、各回で主題歌として使われたオリジナル・テーマ曲である。作詞作曲を手がけたのは、クリステン・アンダーソン=ロペスとロバート・ロペスの夫婦コンビ。もともとクリステンは女優、ロバートはミュージカル『ブック・オブ・モルモン』の楽曲でトニー賞を獲得するなどブロードウェイ畑で活躍していたのだが、『ファインディング・ニモ』ミュージカル版の仕事を評価したディズニー上層部が『くまのプーさん』(2011)の挿入歌作りに招聘。ズーイー・デシャネルが歌った「ソー・ロング」はグラミー賞にノミネートされた。

しかしふたりの名声を決定づけたのは、何といっても『アナと雪の女王』(2013)だろう。同作でふたりは壮麗なバラード「Let It Go」をはじめ、「Love Is an Open Door(とびら開けて)」 「In Summer(あこがれの夏)」といった名曲群を提供。もちろん続編『アナと雪の女王2』(2019)の主題歌「Into the Unknown」もふたりのペンによるものだ。またディズニー傘下のピクサー製作のアニメ『リメンバー・ミー』(2017)では、メキシコ民謡の哀愁フレイバーを織り込んだ同名主題歌を提供している。

こうした実績があるだけに、『ワンダヴィジョン』への参加はてっきりディズニー上層部からのオファーかと思っていたのだが、実際は同作の監督マット・シャンクマンとロバートがイェール大学時代からの友人だったという個人的な交友関係によるものだそうだ。また『ワンダヴィジョン』のクリエイター兼脚本家のジャック・シェイファーも『アナと雪の女王/家族の思い出』(2017)でふたりと仕事をしていたことから、『アナと雪の女王』のスコアを担当していた作編曲家クリストフ・ベック(彼は『アントマン』シリーズで既にMCUに関与)も含めたチームとして起用されたようだ。

もともとロペス夫妻は相当なテレビオタクで、古いシットコムにもかなり詳しかったそうだが、曲作りにあたってはあらためて何千もの主題曲を一挙に聴く「シットコム・ブートキャンプ」を敢行したのだそう。結果、ふたりはいかにも各時代の番組のオープニングに流れそうな「それっぽい」主題歌を書き下ろしたのだった。その完成度は元ネタを知る者なら戦慄せずにはいられないレベルである。

ジャズ・オーケストラによる演奏がリッチなムードを振りまく第一話テーマ曲「A Newlywed Couple」は、『ザ・ディック・ヴァン・ダイク・ショー』(1961〜66)と『パティ・デューク・ショー』(1963〜66)のマッシュ・アップ。オープニングのアニメが『奥様は魔女』(1964〜72)そのままだった第二話主題曲は、同作を意識したラウンジー・チューンだ。ラテンっぽいリズムをライバル番組『かわいい魔女ジニー』(1965〜70)の方から引用する洒落っ気にもヤラレる。

時代が1970年代に下って、ふたりに子どもが生まれる第三話のオープニングでは、ファミリー向けシットコム『ゆかいなブレディー家』(1964〜74)で人気者になった子役たちが結成したコーラス・グループ、ザ・ブラディ・ バンチのヒット曲を彷彿とさせるソフトロック・チューン「We Got Something Cooking」が楽しめる。

1980年代を舞台にした第四話の主題歌「Making It Up As We Go Along」は、男女ヴォーカルの掛け合いやシンセとハードロック・ギターのコンビネーションが、当時栄華を誇ったパワーバラードの王道をいく仕上がりだ。ロペス夫妻によれば、『パンキー・ブリュースター』(1984〜88)やレオナルド・ディカプリオの出世作『愉快なシーバー家』(1985〜92)のテーマ曲を意識したとのこと。なお『愉快なシーバー家』のスピンオフドラマ『Just the Ten of Us』 (1988–1990)には、子役時代のマット・シャンクマンがレギュラー出演しており、その経験を買われて本作で監督に抜擢されたそうだ。

1990年代編のポップパンクっぽい第五話主題歌「Let’s Keep It Going」は、ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツが歌った『マルコム in the Middle』(2000〜06)のオープニング曲を思い出さずにはいられない出来だけど、この曲にロペス夫妻はスペシャル・ゲストを招いている。なんとライオット・ガールムーブメントのオリジネイターであるビキニ・キル〜ル・ティグレのキャスリーン・ハンナがリード・ヴォーカルをとっているのだ。そのせいか元ネタよりパンキッシュなのがおかしい。

そしてワンダとヴィジョンがカメラに向かって独白するドキュメンタリー的演出が明らかに『ジ・オフィス』(2005〜13)を意識している第六話は、誰がどう聴いても『ジ・オフィス』そっくりのテーマ曲で幕を開ける。しかしこの回はそれだけでは終わらない。なんとそれまで単なるサブキャラと思われたアグネスが終盤、自ら魔女アガサ・ハークネスであることを告白し、自らのテーマ曲「Agatha All Along」を熱唱するのだ。

アグネス/アガサを演じたキャスリン・ハーンはミュージカル経験が豊富で、そのひとつにクリステンの兄弟が舞台スタッフとして関わっていた作品があったらしい。このためロペス夫妻は以前から知っていた彼女の歌唱力を生かすべく、特別にテーマ曲を書き下ろしたというわけだ。

モンスターの家族を主人公にした二大シットコムである『マンスターズ』(1964〜66)と『アダムス・ファミリー』(1964〜66)の主題歌をミックスしたロッキンな「Agatha All Along」は大反響を巻き起こし、iTunesのサウンドトラック部門で首位、ビルボードのデジタル・ソング・チャートでは最高36位を記録し、Spotify再生数は1,700万回を突破するヒット・チューンとなった。

こうしたオリジナル曲を続けて聴いてみると、曲調やサウンドプロダクションがバラバラにもかかわらず不思議な統一感があることに気づく。その秘密の正体は、モチーフとなったメロディ。どの曲にも「EBDA」もしくはそのバリエーション「EE(8vb)A#B」が用いられているのだ。このメロディにコードをつけようとすると、どうやっても明るいコードにならないことは楽器を弾いてみれば分かるはずだ。

そう、ロペス夫妻は、朗らかで爽やかなはずのシットコムの主題歌にわざと奇妙で不安感を誘う要素を忍びこませている。そしてこうしたメロディとハーモニーは、シットコムの幻覚(ヴィジョン)に逃避するワンダの悲嘆を視聴者に仄めかす役割を果たしているのだ。MCUは今後も次々とドラマシリーズを配信していくことだろう。でも音楽の力によって、『ワンダヴィジョン』は今後も傑作として語り継がれていくにちがいない。

Written by 長谷川町蔵


記事で言及された楽曲をまとめた
長谷川町蔵さんによるプレイリスト
“References of Wandavision”


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『ワンダヴィジョン』サウンドトラック
エピソード1~9まで配信中

 

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