オリジナル版挿入曲への愛とリスペクトが漂う仕上がり『メリー・ポピンズ リターンズ』のサントラの魅力とは? by 長谷川町蔵

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日本では2019年2月1日に公開された1964年の映画『メリー・ポピンズ』の続編映画『メリー・ポピンズ リターンズ』。ロブ・マーシャルが監督、エミリー・ブラントが主役のメリー・ポピンズの務めたこの作品の音楽について、映画や音楽関連のライター・評論だけではなく、初の小説「あたしたちの未来はきっと」も発売されるなど幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに寄稿いただきました。


 

大恐慌時代のロンドン。三人の子どもを持つマイケルは、愛する妻を失った悲しみで意気消沈の日々を送っていた。姉のジェーンはそんな弟を心配でならない。ある日、ふたりのもとに、子どもの頃に彼らを世話した不思議なナニー、メリー・ポピンズが再びやってきた……。

ディズニー製作のミュージカル映画『メリー・ポピンズ リターンズ』は、あの『メリー・ポピンズ』の25年後の世界を舞台にした続編である。大ヒット映画の続編自体は珍しいものではない。しかし本作が凄いのは、1964年に公開されたオリジナル作の54年も後に製作されたこと。なのに違和感を感じさせないのだ。

オリジナル版のロバート・スティーヴンソンに代わって今回メガホンを取ったのは、ブロードウェイ出身で『キャバレー』のリバイバル版の演出(サム・メンデスと共同)で名を挙げ、『シカゴ』(2002年)でミュージカル映画を復興させたロブ・マーシャル。ディズニーではミュージカル映画『イントゥ・ザ・ウッズ』 (2014年)を大ヒットさせており、そこでの仕事が評価されて監督を任されたのだろう。


監督のロブ・マーシャル

ジュリー・アンドリュースに代わってタイトルロールを演じたのは、その『イントゥ・ザ・ウッズ』(2014年)で見事な歌唱力を聞かせていたエミリー・ブラント。同作からはメリル・ストリープも特別出演している。そもそもメリルはエミリーのアメリカ映画進出作『プラダを着た悪魔』(2006年)でも会社の上司を演じていた旧知の仲なので、ふたりの共演シーンは息がぴったり。加えてエミリー・モーティマーとベン・ウィショーが、オリジナル版でメリーが世話したジェーンとマイケル姉弟の成長した姿を演じている。

そんなキャストの中でもひときわ輝いているのは、前作でディック・ヴァン・ダイクが演じていた何でも屋のバートにあたるキャラ、ジャックを演じたリン=マニュエル・ミランダだろう。何しろ映画の冒頭とラストに登場するのは彼であり、ダンスパートでもメインで活躍するのだから。「無名のくせに歌もダンスも激ウマなこの人は一体何者?」そう思う映画ファンもきっと多いはずだ。


リン=マニュエル・ミランダ

実はミランダ、2015年初演の『ハミルトン』では脚本・作曲・作詞・主演の四役を手がけてトニー賞を11部門で受賞するなど、ブロードウェイ・ミュージカル界では至宝ともいえる存在なのである。ディズニー・アニメ『モアナと伝説の海』(2016年)では「どこまでも~How Far I’ll Go〜」をはじめとする挿入曲を作っており、本作で満を持しての実写映画参戦となった。

監督と俳優が、このようにディズニー映画で過去に何らかの実績を収めていることを考えると、『メリー・ポピンズ リターンズ』の音楽担当者は意外な人選だったといえる

オリジナル版『メリー・ポピンズ』の挿入曲を手がけたのは、ロバートとリチャードのシャーマン兄弟。彼らは『ジャングル・ブック』(1967年)のスコアや、ディズニーパークのアトラクション「イッツ・ア・スモールワールド」のテーマ曲も作曲しており、音楽面におけるディズニーの作風を創りあげたレジェンドでもある。

普通なら、『リトル・マーメイド』(1989年)から『魔法にかけられて』(2007年)まで多くのディズニー作品に関わってきたアラン・メンケンや、『アナと雪の女王』(2013年)と『リメンバー・ミー』(2017年)を担当したクリステン・アンダーソン=ロペス&ロバート・ロペスといったディズニーの作風の継承者が続編を手がけるはず。しかし本作で重責を任されたのは、部外者であるマーク・シャイマンとスコット・ウィットマンのコンビだった。


左スコット・ウィットマン、右マーク・シャイマン

作詞・作曲家であるマーク・シャイマンは1959年ニュージャージー生まれ。ミュージカルに目覚めたのはロック・ミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』(1975年)がきっかけで、親友のサル・ピロと75回も鑑賞。今も世界中で観客が行う傑作リアクションの多くを作り上げたという。

その後、ベット・ミドラーやピーター・アレンの伴奏者としてニューヨークのキャバレー・シーンに入った彼は、長寿お笑い番組『サタデー・ナイト・ライブ』で知り合ったビリー・クリスタルの主演作『シティ・スリッカーズ』(1989年)や『恋人たちの予感』(1991年)のスコアを手がけるようになった。

ミュージカル作曲家として注目されたのは、トレイ・パーカーと劇中曲を共作した『サウスパーク無修正映画版』(1999年)から。些細なことからアメリカとカナダが戦闘状態に入る破天荒なストーリーと、本格的なミュージカル・ナンバーの落差が笑いを巻き起こす同作で、シャイマンはその才能を覚醒。「ブレイム・カナダ」は1999年のアカデミー賞主題歌賞にノミネートされたのだ。

またジョン・ウォーターズのカルト映画『ヘアスプレー』のブロードウェイ・ミュージカル版の挿入曲を手がけ、トニー賞で8部門を獲得。同作は2007年にアダム・シャンクマンの監督で映画化もされて大ヒットを記録した。スコット・ウィットマンは、こうしたシャイマンの活動を作詞面でサポートしてきた人物だ。

『ロッキー・ホラー・ショー』、キャバレー、『サウスパーク』、ヘアスプレー。こうしたキャリアでもわかる通り、シャイマンは相当カルトなバックグラウンドを持つ人物である。だからエンタメの王道を行くディズニーが『メリー・ポピンズ リターンズ』を彼に任せたのは一見驚くべきことなのだけど、出来上がった作品を観ると、シャイマンたちにしか出来なかった仕事であることがわかる。

『ヘアスプレー』における彼らの仕事がなぜトニー賞を独占するほど絶賛されたのか? それは物語の舞台が1960年代前半のアメリカであることを反映して、「1960年代前半にリリースされていたら大ヒットしていたであろう曲を新しく作る」困難なミッションをやってのけたからだ。

シャイマンたちは『メリー・ポピンズ リターンズ』でも同じことをやってみせた。彼らは「シャーマン兄弟が25年後に続編を依頼されていたら、どんな曲を作ったか?」というお題に対して最適解を出すべく、曲作りに才能のすべてを注いだのだ。

その結果、楽曲の至るところに、オリジナル版挿入曲への愛とリスペクトが漂う仕上がりとなった。オープニング曲「愛しのロンドンの空」は、「チム・チム・チェリー」を彷彿とさせるワルツ・ナンバー。やはりワルツ・ナンバーで、マイケルの一家が凧に乗って空に上がっていくシーンで歌われる「舞い上がるしかない」の間奏パートで「凧をあげよう」のフレーズが挟み込まれるあたりは、粋としか言いようがない。

 

ベスト・トラックは、二次元の世界に入り込んだメリーとジャックが劇場で歌い踊る「本は表紙じゃわからない」だろう。オリジナル版の「お砂糖ひとさじで」を彷彿とさせるメロディを持つこの曲では中盤以降、ジャックのキレの良いラップが飛び出す。

シャイマンたちはこの曲において、今聴くとラップのようにも聞こえるオリジナル版の挿入曲「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」の方向性を推し進めながら、『ハミルトン』が全編ラップだったことも踏まえてリン=マニュエル・ミランダの見せ場も用意したのだ。

 

伝統をリスペクトしながら、時代に合わせてアップデート。これこそが『メリー・ポピンズ リターンズ』が目指したものであり、それが可能になったのもシャイマンたちの楽曲があってこそだ。彼らの鮮やかな仕事ぶりをぜひ眼と耳で楽しんでほしい。

Written By 長谷川町蔵


ヴァリアス・アーティスト
『メリー・ポピンズ リターンズ オリジナル・サウンドトラック』
発売日:2019年1月30日

日本語盤 / 英語盤 / デラックス盤(日本語盤+英語盤)
iTunes / Apple Music


映画『メリー・ポピンズ リターンズ』
2019年2月1日公開

公式サイト

彼女の魔法は“美しい”。世界中を魅了した、あの“魔法使い”が帰ってくる!2月1日(金)全国ロードショー!舞台はロンドン、ミステリアスで美しい魔法使いのメリー・ポピンズが、母を亡くし、窮地に陥った家族の元に空から舞い降りた。エレガントでマナーに厳しい彼女の“上から目線”の言動と美しくも型破りな魔法によって、家族は再び希望を取り戻し始めるが…。幸せを運ぶ魔法使いメリー・ポピンズがディズニー史上最高のハッピーを届ける、極上のエンターテイメントが誕生した。



 

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