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ファンタジーとロックをつなぐイラストの巨匠たち:HR/HMやプログレに欠かせないジャケ世界
ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第52回。
今回は、ハード・ロックからヘヴィ・メタル、そしてプログレッシヴ・ロックのジャケット写真を彩ってきたイラストを描く巨匠たち4名をご紹介。
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過日、ジョン・サイクスの訃報に衝撃を受けたわたしは、ヘヴィ・メタルやハード・ロックが好きな門外漢。こんなわたしにとって、彼のキャリアの中で特筆したいのはタイガース・オブ・パンタンとシン・リジィだ。そして、この2バンドを強調するのは理由がある。
いま書いた通り、わたしは門外漢ながらもヘヴィ・メタルやハード・ロックが好きなのだが(メインストリームのロックはわかりません)、同時にファンタジー(とSF)愛読者でもある。そんなわたしから見ると、ジョン・サイクスはいわば「ファンタジー・エリート」なのだ。というのも、タイガース・オブ・パンタンもシン・リジィも、ジャケットのイラストを通じてファンタジーや神話と縁が深いから。
ハード・ロックやヘヴィ・メタル、そしてプログレッシヴ・ロックと親和性が高いファンタジーや神話、SFの世界。その親和性を視覚的インパクトで後押ししてくれるのが、アルバム・ジャケットを彩るイラストというものではなかろうか?
というわけで本稿では、それらのアートを手掛けてきたイラストレーション界の匠(たくみ)たちと、彼らの作品について紹介したい。
1. ロドニー・マシューズ/Rodney Matthews
そもそも「タイガース・オブ・パンタン」という名前の起源は、マイクル・ムアコックのファンタジー小説『エルリック』シリーズにある。同シリーズの主人公、メルニボネ最後の皇帝エルリック8世と対立する邪悪な魔術師の島「パン・タン」には軍用の虎部隊なるものが存在するのだ。つまり、そのまま「タイガース・オブ・パンタン」。スペルをTigersではなくTygersとしたのは、メンバーによる差別化だろうか。
これが「なんと深い縁だろう」と感じられるのは、ジョン・サイクス在籍時の1981年にタイガース・オブ・パンタンがリリースしたアルバム『Crazy Nights』のジャケットはロドニー・マシューズが描いたものだから。『エルリック』シリーズの表紙で有名な名匠である。
1945年、イングランド生まれのロドニー・マシューズはファンタジー系イラストレーションの大家であり、同時にヘヴィ・メタル/ハード・ロック/プログレッシヴ・ロック等のアルバム・ジャケットでも知られる。タイガース・オブ・パンタンでは2012年の『Ambush』も手がけたが、特に関わりが深いバンドはプレイング・マンティスとマグナムだろうか。
ダイヤモンド・ヘッドの『Borrowed Time』も印象深い。あのジャケットで右手に巨大な剣を持ち左の拳を築き上げているのがエルリック8世である。ちなみに、その巨大な剣は名前を「ストームブリンガー」という(そう、第3期ディープ・パープルのアルバム・タイトルの由来)。
また、マグナムの『Chase the Dragon』ジャケットも『エルリック』シリーズに登場する城を描いたものだ。
なお、『エルリック』の著者ムアコックはホークウィンドで作詞を担っていた準メンバーのような存在だが、ホークウィンドについて書き始めるとモーターヘッドにまで広がって収拾がつかなくなりそうなので、このあたりで。
2. ジム・フィッツパトリック/Jim Fitzpatrick
タイガース・オブ・パンタンの後でジョン・サイクスが加入したシン・リジィも、有名イラストレーターと縁が深いバンドだ。
その名はジム・フィッツパトリック。1944年、ダブリン生まれのアイルランド人。赤をバックに白黒で描いたチェ・ゲバラの肖像画が最も有名だろうが、シン・リジィ作品では『Vagabonds of the Western World』『Nightlife』『Jailbreak』『Johnny the Fox』『Black Rose: A Rock Legend』『Chinatown』のジャケットを担当した。つまり、「シン・リジィのジャケットがイラストなら、それはジム・フィッツパトリック画」ということだ(なお、『Fighting』から使われているロゴも彼の作)。
彼の画風は時としてコミック的なのだが、それでいてマジック・リアリズムというかなんというか、神話的で呪術的でもある。このタッチは、おそらく彼の出自と結びついたものだ。
先のロドニー・マシューズに比べると画集は少ないが、ジム・フィッツパトリックは超絶美麗イラスト入りのアイルランド神話再話本を出している。トゥアハ・デ・ダナーン神族のアイルランド来航を語る『The Book of Conquests』と、神族のメンバーである「銀の腕のヌアダ」がフォモール族と戦う『The Silver Arm』だ。これら2冊はほぼ全てのページが、見ていてクラクラするほど絡み合ったケルト紋様で彩られている。シン・リジィ作品で言えば、『Johnny the Fox』のジャケットでキツネのジョニーを囲んでいるアレだ。
そんなジム・フィッツパトリックにとって、シン・リジィとの関わりは思い出深いもののようだ。仕事の記憶だけでなく、友としてのフィル・ライノットも。今も彼は折に触れて、SNS(主にインスタグラム)でフィル・ライノットに関して投稿し続けている。
3. ロジャー・ディーン/Roger Dean
先に挙げたロドニー・マシューズは90年代にエイジアやリック・ウェイクマンのジャケットも描いているが、プログレッシヴ・ロックというジャンルのアルバムを最も印象深く彩ってきたイラストレーターといえば、やはりロジャー・ディーン以外にいないだろう。
彼は1944年、イングランド生まれだが、多感な少年期を香港で過ごしたことが、東アジア的なエッジを彼の作品に与えたのかもしれない。そうそう、映画『アバター』シリーズをインスパイアしたと言われる「空に浮かぶ島」も、どこかアジア的だ。
プログレッシヴ・ロック界での業績はとにかく物凄いが、特に1971年の『Fragile』に始まるイエスとの縁は濃く深く長い。顧客と職人という間柄を軽々と飛び越えて共生関係に近いものとなり、「第6のメンバー」とまで呼ばれるようになった。あの有名なロゴを1972年にデザインしたのもロジャー・ディーン、90年代にイエスの別ロゴ(書道風)をデザインしたのもロジャー・ディーン。スティーヴ・ハウのソロ作ジャケットもいくつか担当した。
そのハウが参加したスーパーグループ「エイジア」に関しても、最初の3枚『Asia』『Alpha』『Astra』と5作目『Aria』はロジャー・ディーンがジャケットを手がけている。先に触れた通り、ところどころにロドニー・マシューズ作が入ってくるのが興味深い。
4. フランク・フラゼッタ/Frank Frazetta
アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『コナン・ザ・グレート』で知られるロバート・E・ハワードによる小説シリーズ『コナン・ザ・バーバリアン』は、もともと1930年代に書かれたもの。それが1960年代にペーパーバックで再発される際に、そのイメージを決定づけたのがフランク・フラゼッタによる表紙イラスト各種だ。このフラゼッタも、ロック界と縁が深い。
1928年にニューヨークで生まれ2010年にフロリダで没したフラゼッタが手がけたアルバム・ジャケットには、イングヴェイ・マルムスティーンの『War to End All Wars』やナザレスの『Expect No Mercy』もあるが、最も有名なのはモリー・ハチェットの初期3作、『Molly Hatchet』『Flirtin’ with Disaster』『Beatin’ the Odds』だろう。
しかし彼らはサザン・ロックのバンド。つまり、イラストの鬼気迫るイメージに対して、だいぶ陽気な音楽性で、むしろ「ミスマッチの美学」とでも形容すべきものかもしれない。
ただし、「フラゼッタが手がけた」と書いたが、モリー・ハチェットの初期3作ジャケットは全て、既存のフラゼッタ作品をモリー・ハチェットが転用したもの。
セカンド『Flirtin’ with Disaster』はカール・エドワード・ワグナーのダーク・ファンタジー小説『Dark Crusade』の表紙、サード『Beatin’ the Odds』は件のロバート・E・ハワードによるコナン小説『Conan The Conqueror』の表紙だった(後者の絵のオリジナルを所有しているのはメタリカのカーク・ハメットらしい)。
一方、モリー・ハチェットのデビュー作『Molly Hatchet』の表紙を飾るフラゼッタの”Death Dealer”は、ファンタジー系イラスト界で最も高名な作品だろう。その陰鬱にして勇壮なインパクトは、この絵の印象を元にした小説シリーズまで生んでしまったほどだ。
さらに、上記小説とは別にグレン・ダンジグ(ミスフィッツ〜サムヘイン〜ダンジグ)もオリジナル・ストーリーを考案、彼自身のコミック会社「Verotik」から4冊の『Death Dealer』シリーズを出している。
Written By 丸屋九兵衛
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