ラッパー達の盛られたイメージ戦略:いたずらに強調されるゲットーとギャングスタ

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Photo: Rich Fury/Getty Images for BET

ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第40回。

今回は今年8月11日で50周年を迎えるヒップホップについて開催されたオンラインイベントを抜粋して文章化したものをお届け。第1回第2回第3回は公開中。

ヒップホップ生誕50周年を記念したプレイリストも公開中(Apple Music / Spotify / YouTube)。

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お笑いラップ・グループの真実

わたしが好きなお笑い系ラップ・グループ「ザ・ノトーリアスMSG」は2002年結成。その音楽性は、ずばり”アジア系アメリカ人ギャングスタ・ラップ”だ。

リーダーはホンコン・フィーヴァー、もちろん香港出身。声が高いダウン・ロウ・メインは台湾出身。かつてはフトマキという日本出身のメンバーがいたが強制送還されたため、中華人民共和国出身のファンキー・ブッダが加入した。のちにファンキー・ブッダが亡くなり、韓国出身のヒューマン・ボムが入った……のだが、これらの「出身地」は信用していいものだろうか?

まず、香港・台湾・日本・中国・韓国でバランスが良すぎる。そして、プロフィールに名がある初代メンバー「フトマキ」は、写真すら残っていない。その後釜であるファンキー・ブッダは、なんと「フッドもの」映画名物のドライヴ・バイ・シューティングで殺されたことになっている。

バイオを読むと、「それぞれ自国の貧民街を脱出するためにアメリカへ渡ったのに、アメリカでもゲットーに生きるしかなく、ギャングスタ・ラップを聴いて英語を覚えた」という……が、「実際には名門コーネル大学で結成された」という説もあり、そうなると出身地も強制送還もドライヴ・バイも疑わしくなる。とはいえ、そもそもがお笑い系ヒップホップ、コミック・バンドのようなものなので笑って許すしかない。

とにかく、ここでのキーワードは「ゲットー」と「ギャングスタ」だ。

 

映画『CB4』こそ先駆者だ!

ある時期から、ヒップホップを語る上でやたら強調されるようになったのが、「ゲットー」と「ギャングスタ」というもの。「ゲットー出身のギャングスタにあらずんばヒップホップにあらず」くらいの勢いで語られた時期もある。しかし、ごく初期の立役者たち、例えばランDMCとLL・クール・Jはどちらもニューヨーク市クイーンズ区の中流地域で生まれ育った。その両アーティストは、中流出身であることを強調はしないまでも、たぶん否定したことはない。

だが中流の青年がゲットー出身のギャングスタを気取り、出自を偽ってラップする、素晴らしい映画が存在するのだ。それがクリス・ロック主演の『CB4』。この1993年作は、『ハッスル&フロウ』にも『ストレイト・アウタ・コンプトン』にも先駆けた偉大なコメディ映画である。

カリフォルニア州のローキャッシュという街に住む仲良し3人組。ラッパー2人は中流出身だし、DJも家庭環境は悪くない。グループとしてなかなか芽が出なかった彼らだが、近所のヒップホップ系クラブを仕切る地元の顔役ギャングスタ「ガスト」が逮捕されたのをいいことに、そのギャングスタのペルソナを拝借することを思いつく。主人公アルバートは「MC・ガスト」と名乗り、グループ名も刑務所から取って「CB4」に。ギャングスタ・ラップ・グループとして人気が爆発するが、本物のガストが脱獄し、彼らに復讐を試みる……。

 

リック・ロス vs リッキー・ロス

この映画『CB4』の設定を地でいくようなラッパーがいる。それがリック・ロス。ドラッグ王のイメージでブレイクしたフロリダの巨漢だ。本名は全く違い、ウィリアム・レナード・ロバーツ2世だから、「リック」でもなく「ロス」でもない。その芸名の由来は実在の有名ドラッグ・ディーラー、”フリーウェイ”リッキー・ロス。高速道路のようなスピードでドラッグを供給してくれるのであろう(?)リッキー・ロスさんは、このリック・ロスのみならず、00年代前半から活動するフィラデルフィア出身のラッパー「フリーウェイ」の命名インスピレーションでもある。

それはそれとして、長期のオツトメの後、現在は塀の外にいる”フリーウェイ”リッキー・ロスさん、ラッパー「リック・ロス」に対してかなりご立腹の様子だ。その理由の一つは、「リック・ロスがかつて刑務官(いわゆる看守)として働いていた」という事実。長い年月を獄中で過ごした身としては、刑務所で権力側にいたものが元・囚人たる自分の名を騙るのは確かに腹立たしいだろう。

そういえば、映画『CB4』には、放送禁止用語を使った曲をコンサートでパフォームした罪で逮捕・収監された主人公たち(もちろんN.W.Aの故事に基づいている)に対して、看守たちが「実は俺たちもラップやってるんだ、ちょっと聴いてよ」と近づいてくるという展開があった。リック・ロスの出自を知ってからは、そのシーンがそれまでとは違うリアリズムで迫ってくるようになったのである……。

 

スヌープ・ドッグ、母校に帰る

さて、ここでリマインドしておくと、本稿は【嘘つきラッパー名鑑! イメージと実像の耐えがたき落差】と題して開催したオンライン・トークを文章化したものである。「嘘つきラッパー」の部分は確かにその通りで、ヒップホップ界に嘘つきさん——もしくは「ゲットー出身のギャングスタ」イメージをまといたがる人たち——が目立つのは事実。だが、「イメージと実像の耐えがたき落差」の部分に関して、それは落差なのか、本当にギャップなのか、と考えてみよう。

例えばスヌープ・ドッグ。例によってコンセプト負けというか企画通りには進まなかった(本来はゲスト・ラッパーもゲスト・シンガーも皆無のはずだった)2008年のアルバム『Ego Trippin’』のジャケット写真は——モノトーンで見ているとわからないが——緑と黄色の派手派手しい母校のスタジアム・ジャンパーを着たスヌープが、校庭に停めたかつての愛車ダットサン(派手なオレンジ色)の前にしゃがんでいるものだった。

スヌープの出身高校はロングビーチ・ポリテクニック・ハイスクール、通称「ポリテック」。後輩にはキャメロン・ディアスがいて、スヌープ先輩からマリファナを買ったことがあるという。

「なんとキャメロン・ディアスも荒れた高校の出身だったのだなあ」……ではなく、このポリテック高校はロングビーチ地区のフラッグシップ的な進学校。「カリフォルニア州内の他のどんな高校よりも、カリフォルニア大学(UCLAなど)に進む学生が多い」という秀才高校である。ここ30年ほどギャングスタ・ラッパーの代名詞であり続けているスヌープ、実は「進学校の不良」だったわけだ。

 

重鎮ラッパーは演劇天才

そしてバン・B(UGK)。ユーモラスな塗り絵&切り抜き遊び本『Rapper Coloring and Activity Book』を出したり、最近ではハンバーガー屋さんを開店したりしているテキサスの重鎮ラッパーは、かつて評判の演劇人だったという。真面目な黒人演劇少年が必ずと言っていいほど通る『陽なたの干しぶどう(A Raisin in the Sun)』にも出演、結果として勉強面と演劇面、両方で大学への奨学金をオファーされた……が、ラッパーの道を選んだわけだ。

かつてわたしがラジオ収録時にバン・Bの写真を見せて「演劇青年だった」と説明したら「イメージできないです」というコメントが返ってきたことがある。「目くじらを立てるものでもないコメント」と思う向きもあるかもしれないが、わたしに言わせれば物凄いイグノランスだ。

かつてキー&ピール主演の猫ちゃん映画『キアヌ』に寄せられたカスタマー・レビューに、「この映画何が面白いかって主人公のレイとクラレンスが真っ当な一般人で全く黒人らしくないところ」というものがあった。この人がイメージする黒人には「真っ当な一般人」がほとんどいないらしい。我々の脳内にもこういうレイシズムが巣食っていないかどうか、折に触れて自戒したい。

詳しくはオンラインイベント『嘘つきラッパー名鑑!』の本編をご覧ください。

Written By 丸屋九兵衛


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