30年前のヒップホップ名作・生誕ラッシュ!パブリック・エネミーとアイス・キューブが相次いでリリースした1990年春のこと
ヒップホップやR&Bなどのブラックミュージックを専門に扱う音楽情報サイト『bmr』を所有しながら音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベントなど幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第18回は、ちょうど30年前の1990年の4月と5月に発売となったパブリック・エネミーの『Fear of a Black Planet』とアイス・キューブ『AmeriKKKa’s Most Wanted』という二つのヒップホップの歴史的な名盤について解説頂きました。
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『サタデー・ナイト・ライブ』で、こんなコントがあった。
架空のサウンドクラウド系ラッパーであるLil Doo Doo――アリアナ・グランデの元ボーイフレンドとしても知られるピート・デイヴィッドソンがリル・パンプを模して演じている――が、「俺はオールドスクールも聴くよ」と発言する。しかし!彼にとってのオールドスクールとは「ソルジャー・ボーイとかバウ・ワウとか」なのだ……!
もちろん、これはコント。しかし、誕生から40年以上が経った今でも若者のカルチャーで(も)あり続けているヒップホップにおいて、こういった認識のズレが世代間にあるのは当然だろう。
だが同時に、若い世代に歴史を学ぶことを推奨し、「クラシック」という言葉が「古い」ではなく「時代を超えてリスペクトされる」を意味するのもヒップホップの特徴である。常に更新され続けながら、しかし、受け継がれていくコミュニティの音楽として。
だから、折に触れてクラシックなヒップホップ・アルバムを振り返るのは、とても有意義なことだと思うのだ。。今回は、この2020年春にリリース30周年を迎えた2作について、である。
1990年前後のブラック・ミュージック・シーンは、とても興味深い。
その頃、西海岸ではN.W.A.に代表されるギャングスタ・ラップが勃興していたのはご存じの通り。そして、キース・スウェット~ボビー・ブラウン~ガイらのヒットに先導され、全米どころか全世界のダンスフロアを熱くするニュー・ジャック・スウィングの大流行も同時期だ。
さらに! その2つと同時に、パブリック・エネミーに代表されるプロテスト/メッセージ/ブラック・パンサー/アフロセントリズム系ヒップホップも大爆発していたのだから……トゥーマッチにもほどがある、過剰なまでにモリモリな時代だったのだな。
PEことパブリック・エネミーが本格ブレイクを果たし、「時代の旗手」的な地位を獲得したのは、1988年6月28日リリースのセカンド・アルバム『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』によって。
だが、ここで取り上げるのは次作、1990年4月10日にリリースされた『Fear of a Black Planet』のほう。旗振り役としてプロテスト系ヒップホップを推し進めるオピニオン・リーダーとしてリリースしたアルバムである。
先の『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』と、この『Fear of a Black Planet』。どちらがより「PEの代表作」なのか? 世間に与えたインパクトで言えば、『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』だろう。だが完成度では……わたしは『Fear of a Black Planet』に軍配を上げたい。
とはいえ、「N.W.A.の2作はどちらがいいか」論と同様に、結局は「各リスナーがどちらを好むのか?」という問題なのだ。原石の輝きか、より練り込まれた円熟か。PEには(もちろんN.W.A.にも)「円熟」という表現が似合わないことはわかっているのだが。
プロフェッサー・グリフの反ユダヤ的発言と、それに続く脱退と復帰とアレコレと。それらをめぐるとても複雑な状況は、とても複雑なアルバムに結実した。プロデューサーのボム・スクワッドの一部には「もっといいものが作れたはずだ。あんな騒ぎさえなければ」という意見があるようだが、ヒップホップは世間との関わりがあってこそヒップホップなのだ。この世界では、社会の動向と音楽業界の流行、時代の文脈によって「クラシック」が定義づけられるのだから。
先ほど書いた「とても複雑なアルバム」という表現は、サウンド面にも当てはまる。暑く、口数も音数も多く、速く、過剰で、やかましい。サンプルにサンプルを重ね、物凄い重層構造で迫り来る、ボム・スクワッドらしい音の塊。
サビに行き着くまで約2分! 長すぎる1st verseで魅せる「Welcome to the Terrordome」。
当局側による露骨な人種差別を告発する「911 Is a Joke」。
アメリカ映画界における黒人描写のステレオタイプを糾弾する「Burn Hollywood Burn」には、ビッグ・ダディ・ケインとアイス・キューブが参加。今では当たり前になったヒップホップ・クルーを超えての共演の先駆けの一つ。
そしてもちろん、スパイク・リー監督の89年作の映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』のテーマソング的なシングルにしてPEの代表曲のひとつ、「Fight the Power」もここに収録されている。
とはいえ、このアルバムのテーマの一つは、Frances Cress Welsingという黒人女性学者が提唱した「白人はアフリカを追われた劣等アルビノ人種の子孫であり、レイシズムは彼らが生き残るための戦略」というトンデモ系セオリーと聞く。これは竹内久美子なみに非科学的で、それ自体が非常に有害なレイシズムであることは指摘しておきたい。
アイス・キューブ『AmeriKKKa’s Most Wanted』
「俺はドクター・ドレーに参加してもらいたかったが、ジェリー・ヘラーが反対した。もちろんイージーEだって賛成しなかったろう。それでも、ドレーはプロデュースしたがっていた。あの状況の中では不可能だったが」
N.W.A.脱退後、ソロ・アルバムを作る際に直面した困難を、後年になって語ったのはアイス・キューブだ。
たぶん1989年後半、ニューヨークに居を移したキューブは、N.W.A.加入前に組んでいたグループ「CIA」での同僚(にしてドクター・ドレーの親戚)サー・ジンクスと制作を開始。だが、そんな折に実現したのが、先に触れたPEとの共演曲「Burn Hollywood Burn」である。こうしてボム・スクワッドと繋がったキューブは、彼らに「ソロ・デビュー作で何曲かプロデュースしてくれないか?」と頼む。
それに対するボム・スクワッド側の回答は「アルバム丸ごとだったらプロデュースする」であり、それこそキューブが予測&期待していた答えだった。ま、正確には「ほぼ全曲」となったが。
こうして『Fear of a Black Planet』の後を追うように、約1ヶ月後の1990年5月16日のリリースされたのがアイス・キューブの『AmeriKKKa’s Most Wanted』である。
アルバムの大半を占めるのは、例によってボム・スクワッド流儀、さまざまな曲からのサンプリングが重層的に組み合わされたトラック。そこにちょくちょくN.W.A.の曲が含まれているあたりが、古巣への嫌がらせとして理想的だ。チャック・Dやフレイヴァー・フレイヴがラッパーとして適宜参加していることも大きい。ボム・スクワッドと出会う前、サー・ジンクス主導でほぼ完成していたと思しきトラックは、サー・ジンクスがメイン、ボム・スクワッドが共同プロデューサーとしてクレジットされていることで判別がつく。ジンクス制作曲の方が圧倒的にサンプリング数が少ないし。
印象的なのは……
ボム・スクワッド流儀ながら西海岸モードを意識したソリッドなビートで迫る代名詞ソング「The Nigga Ya Love to Hate」。
サー・ジンクス主導でファンク全開に迫る「Once Upon a Time in the Projects」。同じくジンクス中心で、遅めのファンクが今の耳にも好ましい「Who’s the Mack?」。
クルーの紹介的な「Rollin’ Wit the Lench Mob」や、Yo-Yoを招いて女性の意見も反映した「It’s a Man’s World」、など。
ボム・スクワッド&PEと組んだことで「史上最強の東西共演」を成し遂げたアイス・キューブは、「白人至上主義との対決」を示唆するタイトルを冠したこのファースト・アルバムで「意識高いのにギャングスタ、思慮深いのに凶暴」という矛盾を矛盾としないイメージを全米に広め、ソロ・アーティストとしての地位をあっという間に確立する。
もっとも1990年代後半から、ラッパーとしてのキューブは「西海岸をレプリゼントするギャングスタ」的な立ち位置に回帰していく。だが、それと同時に「実はコンプトン出身ではなく、全くもってギャングスタでもない自分」をさりげなくさらけ出したコメディ映画『Friday』を起爆剤に俳優としての芸風を広げていけたのも、ソロ・デビューの時点で「西海岸ギャングスタ・ラッパー」の呪縛から逃れ得ていたからではないか。そう思えてならない。
Written by 丸屋九兵衛
パブリック・エネミー『Fear of a Black Planet』
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アイス・キューブ『AmeriKKKa’s Most Wanted』
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5月30日(土)
15:00:2パック、西郷どん、キム・ジョンナム。珍説・俗説・都市伝説
17:30:アジア系アメリカ人が歩んだ道
6月6日(土)
15:00:KICKS FOR KICKS! 足もとを見て知るスニーカー史
17:30:殿下のようで殿下とちゃう!feat. 西寺郷太
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- 第17回:『Please Hammer, Don’t Hurt ‘Em』から30年。MCハマーの軌跡を振り返れ!
- 特別編:トークイベント「ブラックカルチャーと命名哲学」文字起こし
- 特別編:トークイベント「S差別用語の基礎知識:Nワード編」文字起こし
■著者プロフィール
丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)
音楽情報サイト『bmr』の所有者/音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2020年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズを展開。他トークイベントに【Soul Food Assassins】や【HOUSE OF BEEF】等。
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