なぜライオンはアメリカのヒップホップ・コミュニティで愛されるのか?【丸屋九兵衛連載】

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ヒップホップやR&Bなどのブラックミュージックを専門に扱う音楽情報サイト『bmr』を所有しながら音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベントなど幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第14回は、百獣の王である動物のライオンがアメリカのヒップホップ・コミニティでなぜ愛されるのかについて解説頂きました。

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カリブ海にあるフランス海外県のマルチニーク島には、ドレッドロックスがかっこいいKaliというミュージシャンがいる。本名Jean-Marc Monnervilleから遠く隔たったそのアーティスト名は、Californiaの略称を尖った綴り(センセーショナル・スペリング)に変えたものに見える……だが! 実はアニメ『カリメロ』に由来するものだという。昭和世代にはおなじみ、タマゴのカラを被った黒いヒヨコの話だ。

というわけで、「クール・ジャパン」“でんでん”と騒ぎ出すずっと前から日本のアニメは世界的に名高い。だが海外での人気は、日本国内での人気や格付けとは比例しないものだ。

例えば、フィリピンでは『超電磁ロボ コン・バトラーV』よりも、地味めな後継番組『超電磁マシーン ボルテスV』が圧倒的な支持を誇る。フランスでは『マジンガーZ』ではなく『グレートマジンガー』でもなく、『UFOロボ グレンダイザー』がレジオンドヌール勲章級の人気。アメリカで『機動戦士ガンダム』はさほどメジャーでもなく、むしろ『ロボテック』こと『超時空要塞マクロス』が知られている、とか。

そんな中、アメリカ——の一部コミュニティ——で、我々日本人が驚くほどの勢いで愛されたアニメがある。

あなたが1990年代末からヒップホップ・リスナーで、当時、アメリカから輸入されるヒップホップ雑誌(例えば『The Source』だ)を購読していたとしたら。裏表紙(表4)に掲載された妙な広告を見たことがあるだろう。

そこでポーズを決めるのは、拳の部分がライオンの顔になっている不思議な人型ロボット。そう、『百獣王ゴライオン』である。

英語名は『Voltron』だ。

 

このゴライオン/ヴォルトロンの特徴は、なんといっても「5体のライオン型ロボットが合体して、1体の人間型ロボットになる」という無茶な設定(設計)にある。

そのゴライオンがスプライトを勧めているのだ。「喉の渇きに従え!」というキャッチコピー付きで。左手にはスプライトのペットボトル、右手にはマイクを握りしめ。

え、マイク?

そう、『The Source』に広告が載っていたのはダテではない。スプライトは、ヴォルトロンとタイアップすることで、ハッキリとヒップホップ・コミュニティ(特に黒人社会)をターゲットにしていた。

この時のCMが最高だ。敵との戦いはアニメで、各コクピット内の様子は実写で描かれる。ブルー・ライオンを操縦するのはグッディ・モブ(全員)! グリーン・ライオンを操縦するのはファット・ジョー! レッド・ライオンを操縦するのはコモン! イエロー・ライオンを操縦するのはマック10! 頭部となるブラック・ライオンを操縦するのはアフリカ・バンバーター&ジャジー・ジェイ(ソウル・ソニック・フォース)!

 

こんなCMが存在したこと自体が驚異だが、ヴォルトロンに夢中なのはパイロットを演じた連中だけではない。ウータン・クランもウォーレン・Gも、ネリーもエミネムも、バスタ・ライムズもジュエルズ・サンタナも、タリブ・クウェリもチャンス・ザ・ラッパーも、そのライムの中にヴォルトロンの名を読み込んできたのだ。

なんでこんなに人気があるのだ?

いま一度、ヴォルトロン/ゴライオンの勇姿を眺めていただきたい。

まずは、その色。パン・アフリカン・カラー/ラスタ・カラーたる「赤・黄・緑」も、マーカス・ガーヴェイが定めたパン・アフリカ旗のカラー「赤・黒・緑」(ア・トライブ・コールド・クエストの色)も両方入っている。それを指摘する声が、当のアフリカン・アメリカン・コミュニティ内からあったと聞く。

確かに、それもポイントだ。だが、さらに重要なのは、もちろん「ライオン」である。それは故郷アフリカを象徴する動物なのだから。

ただし。アフリカン・アメリカンの多くは西アフリカ(もしくはアフリカ西海岸)系。一方、ライオンの主な生息地はアフリカ東部から南部にかけてのサバンナや草原だ。つまり、ライオンの分布範囲は、奴隷として連れてこられた先祖の出身地と一致していない。それでも「総体としてのアフリカ」をレプリゼントしていれば、シンボルとしては充分なのだろう。

米黒人が民族意識を高揚させた60年代、同じく東アフリカの有力言語スワヒリ語が、彼らにとって「マザーランドの象徴」となったのと同様に。

余談:9月末、ニューヨークのブロンクス動物園で、黒人女性が安全フェンスを乗り越え、ライオンの囲いの中に乱入して踊る!……という珍事件があった。人騒がせな一件ではあるが、これも純粋なライオン愛から生まれた行動だと信じたい。インターネットでのヴァイラル現象を目指したものではなく。

『百獣王ゴライオン』というタイトルがまさに言い切っているように、ライオンは「地上最強の肉食獣」と見なされており、そこには「王」のイメージがついて回る。これもポイントだ。

ロック様ことドウェイン・ジョンソン演じるヘラクレスがライオンの毛皮(というか顔)をかぶっていたのも「最強より強いオレ」アピールだろう。マサイの皆さんによるライオン狩りも同じく。

中世ヨーロッパに目を移すと、戦場での勇猛果敢さで知られた12世紀のイングランド王リチャード1世は、通称Richard the Lionheart、つまり「リチャード獅子心王」。また、その先祖たるノルマンディー公の時代から21世紀の今に至るまで、イングランドの王室と王権を象徴するシンボルはライオンだ(ちなみにスコットランドはユニコーン、ウェールズはドラゴン……ファンタジー!)。

しかし。気候を考慮するとライオンとは縁遠いはずのブリテン島で、なぜ?

キリスト教の影響である。かつてライオンはアラビア半島やレヴァント地方、アナトリアやバルカン半島にも生息しており、そうした地域で育まれた聖書には馴染み深い動物だった。

特に11世紀ごろから「力」「勇気」「高貴さ」を強調された結果、ライオンは「キリストの隠喩」と見なされ、キリスト教を代表する動物となったのである。こうして確立された象徴性がのちに、敬虔なキリスト教徒となったアフリカン・アメリカン人口に与えたインパクトも小さくない。他方、ジャマイカでは20世紀に入ってから、旧約聖書を再解釈した黒人宗教「ラスタファリアニズム」が成立。ここでも、ライオンはシンボリックな動物だ。

そんな「ライオン」「王者」「アフリカ」の三位一体を最も見事に表現したのは「ヘヴィメタル・ファンク」なベーシスト、T・M・スティーヴンスかもしれない。ウォーウィック社が作った彼のシグニチャー・モデルは、その名も“Zooloo Warrior”。ボディにペイントされたラスタカラーとライオンのイラストがまばゆい逸品である。

 

ここ数年のTV界を見ると、ドラマ『Empire/エンパイア 成功の代償』がある。主役たるドワイト・ウォーカーがLucious Lyonと名を改めた……という展開も、「ライオン」という響きが醸し出す「王者」イメージ、そして「帝国」との親和性ゆえか。

また、同ドラマのジャマル・ライオン(嗚呼、ジャシーよ……)のモデルが、先に言及したイングランドの「獅子心王」ことリチャード1世——才能に溢れ母に愛されるが、父に疎まれた同性愛者——であることも忘れないようにしたい。

銀幕に目を向ければ、この2019年に実写(CG?)化された『ライオン・キング』がある。

 

監督はジョン・ファヴロー(わたしにとっては『デアデビル』のベン・アフレックの相方)だが、声優のキャストはかなりアフリカ系寄り。主役のドナルド・グローヴァー(チャイルディッシュ・ガンビーノ)に始まり、キウェテル・イジョフォーやアルフレ・ウッダード、そして先代ブラックパンサーことジョン・カニに、御大ジェイムズ・アール・ジョーンズ!

本編に声優として出演したビヨンセは、原典ミュージカルにはない新曲を発表したが、それだけでは止まらず。映画インスパイア系の大共演アルバム『The Lion King: The Gift』もリリースした。アフリカ系だけではなくアフリカ人アーティストもフィーチャーした同アルバムを見ると……「ライオン」の名の下に果たされたマザーランドへのホームカミング、21世紀の『Soul to Soul』と呼びたくなる。

Written by 丸屋九兵衛


丸屋九兵衛トークライブ


『ライオン・キング オリジナル・サウンドトラック』
発売日:2019年8月7日
英語版日本語版デラックス版(CD2枚組 英語+日本語)



連載『丸屋九兵衛は常に借りを返す』 バックナンバー


■著者プロフィール

丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)

音楽情報サイト『bmr』の編集長を務める音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2018年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズをサンキュータツオと共に展開。他トークイベントに【Soul Food Assassins】や【HOUSE OF BEEF】等。

bmr :http://bmr.jp
Twitter :https://twitter.com/qb_maruya
手作りサイト :https://www.qbmaruya.com/

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